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2015.05.11
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政府国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産への登録を目指す「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」(福岡県など8県)について、ユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」が、登録をユネスコに勧告したね。

 

A氏:一連の資産1853年から1910年のわずか50年あまりの短期間で急速な産業化が達成された幕末、明治前期、明治後期の三つの段階を反映していること、が証明されているとしている。

 

は、同時に、敗戦で廃墟となった日本30年ほどで、はるかに技術的に優れていた米国の製品に追いつき、1968年に国民総生産(GNP)が自由主義圏で2になるという奇蹟もあげたいね。

 今朝の朝日新聞の「ナショナルと戦後の風景:4」欄で「旧敵国、背中追った」という見出しで、松下電器を例にその奇蹟をまとめているね。

 

A日本がまだ連合国軍の占領下だった1951松下電器産業(現・パナソニック)の社長だった松下幸之助氏は米国から、本社に「56歳にして初の海外渡航。家並みやネオンの美しさに感嘆し、店頭に並ぶ商品の豪華さに目を見張った。訪問した工場では、進んだ生産設備に驚いた。家電製品の普及ぶり、女性の社会進出にも感心した」と書き送ったという。

 

米国とたたかった太平洋戦争では、松下電器軍用の真空管や無線機を増産し、その体験と研究の成果は、戦後の民需生産再開に有形無形のプラスになった。
 しかし、戦争が終わってみると、かつての敵の生産力は段違い。多くの日本企業にとって米国は、仰ぎ見る存在だった。

 

A:それが、敗戦17年後米タイム誌62松下電器を5ページにわたって詳報し、「松下の高品質な輸出品によって、日本は安物の生産国だというイメージが払拭されつつある」と評し、表紙は幸之助氏が飾るまでになる

 

1970年代にはカラーテレビで、1980年代には自動車で、米国に追いつき、追い越したね。ジャパン・アズ・ナンバーワン」。米国の社会学者エズラ・ボーゲル79の著書でそう表現した。


 今はアジア勢の価格攻勢元気がない日本だが、アベノミクスの第3の矢で、明治と昭和の頃の日本の活力をとりもどせるかね。







Last updated  2015.05.11 11:10:12
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