知的漫遊紀行

2017/07/27(木)09:11

「人間と機械 AIが絶対できないこと」歴史社会学者・小熊英二氏筆・27日朝日新聞「論壇時評」欄

私:将棋AI「ポナンザ」の開発に携わった井口圭一氏は、幅広い分野で自律的に課題を発見・解決できる「汎用型」AIは、実現の見通しが立っていないという。  東大合格をめざすAI開発で知られる新井紀子氏は「AIで生産性を上げれば経済が成長する、というのは誤解で、AIで労働コストを削減し、それで生産性を上げることはできるが、それそのものは新しい価値や需要を生み出しません」という。   A氏:いわば現行のAIは、保守的な性格を持つともいえる。 「イノベーション」を説明する例え話として、「馬車をいくらつないでも鉄道にはならない」というものがあるが、同様に、馬車のビッグデータをAIに学習させても、鉄道の発明には直結せず、むしろそれは、馬車の改良を促してしまうだろうという。 AIにできるのは、過去の延長で未来を予測することだけだ。   私:雇用問題専門誌「POSSE」は、AIによる労務管理が普及すれば、かえって古い「日本型雇用」が強化されると指摘。 過去のデータから人事評価基準を作れば、従来型の働き方をしている社員の方が、高く評価される人事システムができるだろうからだ。 AIに変革はできず、AIが得意なのは、従来の構造を維持したまま、コストを削ることで、最悪の場合、AIで労働コストを削ることによって、古い産業や無能な経営者が延命するだろう。   A氏:低賃金で維持されている小売りチェーンなどの低生産性部門が、現状のままAIを導入した姿を想定すると、数人の社員が、多数の無人店舗を管理するべく長時間働き、「労働は減るが、長時間労働は減らないという状態になるだろうという。 これでは、失業とデフレと過労死が併存するだけだ。   私:つまり、AIそのものは新しい価値や成長を生み出すわけではなく、イノベーションを起こすには、新しい価値や、社会制度の変革が必要だが、それは、人間にしかできないというわけだ。 人間は昔から機械に負けていて、自動車より早く走れる人はいないが、そのことで、「人間は自動車に負けた」と嘆く人はいない。 それは、自動車を人間の補助として使いこなせるように、社会のあり方を革新(イノベーション)したからで、人間が機械に勝てるとすれば、機械と競争することによってではなく、機械と共存できるように社会を革新することによってだ。   A氏:その意味で、AIについても共存の方向で社会を変える試みがあるという。  米MIT教授のダニエラ・ラス氏は、自動運転でトラック運転手の仕事をなくすより、運転手が疲労や睡魔に襲われた際の安全装備として自動運転を使う方が現実的だと唱えた。  ドイツの労組は、政府や経済界と共同して、AI導入に備えた職業訓練制度を提起している。   私:この点で日本は対応が遅れぎみで、AIですごいイノベーションを起こせば逆転満塁ホームランが打てるという青写真を描こうとしている。   事務職の仕事の2割がAIに代替可能と予測され、人々を新しい職に移行させる能力開発と、貧困に起因する教育劣化への対策が急務だが、政府は、地道な対策に取り組むよりも、「ここは機械にホームランを打ってもらおう」と考えており、これが今のAIブームを支えているという。   A氏:新技術の導入だけで経済が成長するなどという期待は、高度成長への誤解に基づくノスタルジーにすぎず、古い社会や古い政治を延命するためにAIを使えば、多くの人が犠牲になる。 それこそ、「人間がAIに負ける」という事態にほからならない。 そうではなく、AIと共存できる社会に変えていくために、人間にしかない英知を使うべきだと小熊氏は指摘する。   私:この論壇の記事を小熊氏は、「将棋の藤井聡太四段は、AIに勝てるだろうか」という問いで書き始めているが、最後にその問いの答えを次ように書いている。  「彼はAIに勝とうとしていない。AIを相手に練習し、AIを自分を磨く道具にした。まるで、自動車と競争するのでなく、自動車を使いこなすべく社会を変えた人々のように。」    かって、養老孟司氏の講演会を聞いたとき、養老氏は、演壇で後ずさりで歩きながら、「情報は皆、過去のもの」と言っていたが、情報同様、AIを使いこなして、未来を作り出すのは人間の知恵ということだね。

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