知的漫遊紀行

2018/03/29(木)12:36

「原発の経済効果 『神話』に安住している間に」歴史社会学者・小熊英二氏筆・29日朝日新聞・「論壇時評」欄

私:小熊氏が、最近の沖縄を訪ねて感じるのは、沖縄のなかの那覇周辺域と名護市辺野古に代表される地域格差だという。    人口の半数が集中する那覇周辺域は、外国人観光客がめだち、有効求人倍率も高く、県の観光客数は昨年にハワイを抜き、米軍基地の返還跡地にできたショッピングセンターもにぎわっていて、種々の問題もあるにせよ、基地返還の経済効果を実感できる状況。    一方、米軍基地の建設が行われている名護市辺野古はこれと違い、活気があるとはいえない集落に、政府が県を通さず、交付金を直接に市や集落に交付して、立てた新しく立派な公共施設が立つ。   この2月、この名護市で、自民党と公明党が支援した新市長が、基地反対の前市長を破って当選し、当選後に新市長は、リゾートホテルの誘致や漁港の整備、各種補助金などの「御支援」の要望書を政府に提出。    小熊氏は、基地を歓迎する人はいないが、地域振興のために「迷惑施設」を受け入れる。これまでくり返されてきた図式だと指摘する。   「御支援」の要望書を政府に提出に対し、政府の経済官僚は「まずは自分たちで汗をかいてみる、自助努力でどこまでできるかやってみる。そんな当たり前の精神が欠けていると言わざるをえないです」とため息をついたという。   A氏:ここで、小熊氏は、こうした手法は本当に地域振興に役立つのか、「原発」に視点を変えているね。    柏崎刈羽「原発」の経済効果の調査報道によると、「原発」が地域経済に貢献するというのは「神話」だったという。    柏崎市の産業別市内総生産額、小売業販売額、民間従業者数などを分析すると、確かに「原発」の建設工事が行われていた1978年から97年に、それらの指標は伸びていたが、その伸び方は、県内で柏崎市と規模が近い市とほぼ同等。    柏崎市の指標が伸びていたのは、「原発」の誘致よりも、日本経済全体が上げ潮だった影響が大きく、柏崎市長を3期務めた西川正純氏は、このデータをみて「『原発』がない他の市と同じ歩みになるなんて」と絶句したという。   私:唯一、建設業だけは市内総生産額が顕著に伸びていたが、「原発」建設が終わるとその効果も消え、建設終了後の柏崎市は、人口減少が他市より激しく、一時的に増えた交付金や税金で建てた施設の維持管理で、財政が厳しくなっている。    よくあるハコモノの弊害だね。   ところが、柏崎商工会議所に属する100社を調査したところ、「原発」再稼働を願う回答が66社にのぼったが、柏崎市には「原発」と無関係な業種が多く、「原発」停止で売り上げが1割以上減ったのは7社だけ。   再稼働でどの業種が活性化するのか尋ねたところ、「飲み屋」という回答が最多で、再稼働の経済効果を具体的に示せる企業は少なかった。   なお、東電幹部は、「原発」が停止している方が、安全対策や維持管理の工事が多いため、再稼働すれば「原発」作業員が減ると認めている。   実際に柏崎の作業員は、全基停止していた2015年度の方が、稼働していた06年度より2割以上多い。 「原発」が止まると作業員が減り、地域にお金が落ちないというのは誤解。   A氏:なぜ、こうした根拠のない「神話」が流布したのか。   この調査報道を行った新潟日報の前田氏は、これまでのメディアの報道姿勢を批判していて、「原発」停止の影響を報じるとき、メディアは「原発」関連の仕事を受注する企業や繁華街の飲食店など、影響がありそうな会社を選んで取材しがちで、これが、「原発」停止の影響を過大に語るコメントが多い背景だった。   私:しかし、小熊氏は、無根拠な「神話」が生まれた最大の要因はメディアではなく、メディアは、すでに流布していたイメージに束縛され、先入観に沿って取材していただけで、最大の要因は、事態の変化を直視できない「心の弱さ」だと指摘する。    人間は、「あの星が出ていた時は町が栄えていた」ということを、「あの星が出れば町が栄える」と混同してしまいがちで、「原発」と経済に、実はさほど関係はなく、ただ、日本経済が上げ潮だった時期と、「原発」が建設されていた時期が重なっていたため、経済成長のシンボルになったにすぎないという。    本当の原因を直視して解決に努力するより、他の理由に責任転嫁した方が楽だから、経済が停滞し、社会が変化しているとき、人は「心の弱さ」から「神話」に逃避しやすいという。   だがそれは、状況から目をそらし、自ら努力する姿勢を奪ってしまう。   先に上げた、沖縄県名護の新市長の補助金の要望書のようにーーー。   私:「原発」に限っても、世界の変化に対する日本の停滞は著しい。 世界の風力発電設備容量は15年に「原発」を抜き、太陽光も「原発」に迫っている。 発電コストも大幅に下がり、日本が原発輸出を試みている英国でも、風力の方が新型原発より4割近くも安く、中国など他国が再生可能エネルギーに大幅に投資を増やすなか、日本の遅れが目立つ。   今月で「福島第一原発事故」から7年。   その間に世界は変わった。   各種の「神話」から脱し、問題に正面から向きあうときだと小熊氏は指摘する。    昨年11月には、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の説明会に、業者が謝礼を約束して学生を動員していたことが発覚。   「安全神話」をつくろうとする姿勢は続いている。          

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