先日の訪問診療で、気管切開の話が出た。
と言っても私はまだ呼吸は安定してると思っているし、
今すぐどーたらとはまるで考えてナッシング。
ただ、(大学病院の)先生は在宅のALS患者を多く見ていて、いつも言う。
フッと何が起こるかわからないと。
私には全てハッキリした言い方で話すけど、母にとってはとまどうようだ。
あとから、「あんなこと言うんだもん、お母さんわからないよ」と言う。
遠回しな言い方やオブラートに包んだ言い方なんて、
私には無意味だけど、母にとっては必要なのだろーか。
年齢的に、仕方ないのか。
先生に、「お母さんから何か(わからないこと)ありますか?」と聞かれて、
「娘に言われてやってる」とか言う(笑)
どうして質問とかしないの?と聞くと、「専門的なことなんてわからない」と言う。
誰も専門的なことなんて聞いてないのに。
これからも、言われれば介護をするのか。
言われなければ介護をしないのか。
私は「やらせてる」のか。
母なりの考えや意見はないのか。
私たちには現実を遠回しにしてるヒマはないのだけど。
だけど少し、母が可哀想に思えた。
胃ろうが終わって、次に考えるのは気切だと。
今大丈夫でも、誤嚥や肺炎とかで急激に呼吸状態が悪くなった時、
例えば本人の意思確認が出来ない場合、
どこまで処置をするか家族とよく話し合って決めておいて、と。
これはALSではよく聞く話。
本人と家族の希望が違ったら。
本人は気切して呼吸器を希望してても、家族が希望してなかったら?
本人は希望してないのに、家族は着けて生きて欲しいと思ってたら?
大体は本人次第、ということになると思うけど、内心、
例えば着けたいと言って「えー、着けるの?」と言われたらショックだし(笑)、
着ける気サラサラないと言って「着けて欲しい!」と言われたらすげー悩むし(笑)、
どーするかスゴイ悩んでる時「あなたの意思に任せる」と言われたら寂しいし(笑)
ワガママ(笑)
もちろん自分で決めるけどね(笑)