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宿題=受験勉強ではない。
宿題の内容はどのレベルの質をほこるのか? その宿題は誰がどんな気持ちで出してくるのか? その宿題によって、今の問題は解決できるのか? 宿題の意図はますます不透明になってきている。 誰のために出すのか? 何のために出すのか? どんな内容を出すのか? だれが宿題の内容を管理するのか? その宿題に無駄はないのか? プロ達には疑問を持ちながらも、この問題に 触れなかったのはそれなりの理由がある。 仕事が欲しいからだ。仕事が欲しいからこそ、 宿題というものを語る事はしない。僕はそう考えている。 それなら自分が書けばいい、それだけだ。 宿題は出題者側の能力が要求され、さらに受験生のランクによっても 意味のあるもの、ないものに分かれてくる。 また、宿題というのはグレーの世界でその意図や中身に関しては 疑問だらけだ。今や塾の見せかけや母親の要求によって宿題が存在している に違いない。宿題が勉強と考える事自体に大きな問題点が隠されている。 自宅で勉強できないから塾へ通う受験生も少なくない。 自宅で勉強できるならば、親も苦労はないだろうに。 宿題といっても、まずは出題者側の指導者はどのような意図で宿題をだしているのか? その意図には営業的側面が最も強いと予想できる。母親は宿題が出ない事に耐えられない。 その点をクリアにさせようとしている塾は多いと思う。 あとは勉強している姿を作らせるためだろう。 母親が要求する勉強とは中身を指すのではなく、机に向かっているかどうか? を指している場合が多い。何をマスターさせて行くのかを目的とした学習は さておき、机に向かわせるための宿題を望む。 宿題というのは使い方によってはどうにでも使えるわけだ。母親を動かすための 大きな道具になっていると言えよう。 宿題をこなせば学力が上がるのであれば、誰だって宿題を望む。 でも、実際は優秀な受験生以外に宿題はマイナスに出る場合が多いと考えている。 それは出題者が適当に感覚的に宿題を出している可能性があり、しかも、受験生は 問題を解いているだけの場合が多いからだ。 それでも、母親は机に向かう我が子に安心をする。 その安心が、本来の母親の希望を遠ざけてしまっている事にも気づけない。 受験生が効率良く学習するという観点では、 宿題をしている時間が最も浪費となっているのも事実だ。 偏差値60以下の受験生にとってその宿題の価値はどれだけあるのだろうか? 母親は宿題を望む。でもその半面、偏差値アップを望む。 これは僕からすれば相反する矛盾だ。宿題で時間を取られているから 偏差値も上がらないという事に気付いてほしい。特に偏差値50以下の受験生に大切なのは、基本のクリア。宿題を解いていてもこれを解決させる事はできない。 もし、宿題を肯定するならば、 優秀な受験生には効果があるかもしれない、宿題を100%管理・フォローしている塾 に通っているならば、その効果も出るかもしれない。この2つの場合だ。 そうでない限り、宿題をこなすプラス面は殆ど 無いと言っても良いだろう。宿題をこなす時間があったら 模試を振り返り、マスターしていく方がはるかに効果が上がる。 本来、宿題は解く事が目的ではない。 不足分を身につけるための手段である。宿題がどれだけ受験生を 圧迫しているか?これでは前に進めない受験生は増える一方だ。 受験ブログランキングに参加しています。いつも訪問有難うございます 受験英語の【英冠塾】アメーバブログはこちらへ 6年生になる娘のブログ 『狆ころ娘のワクワク日記』 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年07月18日 14時49分57秒
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