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りゅうちゃんミストラル

2005.01.04
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暴言については今まで何度も日記で書いてきた。
私の言う暴言は以下のような「殺人の賛美」や、「差別発言」だ。

暴言その1  

長崎の小学生女児殺害事件について。

>自分の誇りを守るために戦ったことには、ある種の美学を感じました。
>他人の尊厳や誇りを理解できない人間が殺されるのはいたしかた無いと思います。


こんな発言もあった。

>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。
>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。(本文ママ)
>こういう考え方も、あるのです。 
>相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。


この発言については出典を求めたが、ついに示されることはなかった。
根拠がない以上、「自分勝手な意見」としか解釈できない。

こんなのもあった。

>>まさか批判の主は被害者家族の前でも殺人の肯定をするわけではあるまい。

私のの質問に対し、むにゅうの答えはこう。

>思考実験で、被害者家族の前で殺人を肯定してみましょう。
「あなたの娘の命を奪った犯人を殺して復讐をしましょう。あんな悪いやつを殺すのは正しいことです!」
できちゃった(w ・・・・・・・人生には余裕が必要ですね(w


私はこう主張した。

>>殺人は許されないものだからだ。法律もそうなっている。

むにゅうの回答はこうだ。

>なっていません。一定の刑罰を受ければ許されます。法律はそうなっています。
殺人犯も初犯で模範囚なら5年程度で許されます。。


「一定の刑罰を受ければ」というのは殺人が許されないことの証明だ。

では二人殺したらどうだ?
複数殺して死刑になれば、社会復帰も不可能だ。
このようにむにゅうの主張は支離滅裂だ。


「殺人の賛美」発言をしたむにゅうはここです

この人、恥の上塗りをしている。
私はむにゅうの掲示板でこう質問した。

>自分の娘や妹が殺されても君は「殺人はひとつの美学」と言うのか?

むにゅうの答えはこう。

>自分の娘や妹が殺されることと、「殺人はひとつの美学」という捉え方とは、無関係。

>お前が言っているのは、ただの思考停止。
殺人が起きた!→殺人は悪い→思考終了 これがお前の思考パターン。
>一直線の理解しかできないなら、黙っていなさい。


もちろんむにゅうに命令されて黙っているわけがない。

「殺人は悪い」と言って何が悪いか?
むにゅうこそ、「殺人は美」とか言っている反社会的存在だ。
「殺人は美」と言って自分の言葉に酔っているだけだ。


むにゅうは日記でこう書いている。

>どうして楽天ではこうした暴言がなくならないか?

>その答えは簡単。
楽天のユーザーのほとんどが「言論の自由」について深く理解しているからです。
他人の論理や思考を一方的に断罪することがいかに醜く酷いことなのかを理解しているからです。

>「自分の気にくわないから」という幼稚な理由で、他人の論理や思考を一方的に断罪しているりゅうちゃんミストラルは、もっと他のユーザーの日記を読んでみましょう。
自分に都合がよい、あるいは自分が読んでいて気持ちよくなれるものばかりを読んでいては、馬鹿になり、やがては特定の刺激・情報に反応するだけのロボット人間になってしまうでしょう。

>このBlogからの引用です。
自分の思考の地平を広げるって難しいですね


>自分の信念に合うニュースだけ読んでいればいいというのならばそれでもいいが、それはやはり不健全なことなのではないかとも思う。ただでさえ細分化が進む現代の社会において、そのような多様なグループの橋渡しをする対話の可能性がますます減少していることに私は危機感を持つ。究極的に、われわれは一つの世界に住んでいる運命共同体だから、対話せずに生きていくことはできないからだ。


>まあ、りゅうちゃんミストラルには、「貴公はヒトラーの尻尾だな。」の台詞を送ります。


むにゅうは自分の発言を「暴言」だと認めた。
「殺人の賛美」を悪だと指摘することは今でも必要だと私は考える。
意味不明な言葉だが、「ヒトラーの尻尾」でも何でもいい。
私はむにゅうの暴言を追及する。

何度でも言う。
「表現の自由」は、「殺人の賛美」を保護するためのものではない。
「殺人の賛美」が何か役に立ったか?



むにゅうの掲示板で、私はこう言った。

>>「殺人が悪」と言って何が悪い?
>>私は黙らない。

むにゅうの回答はこうだ。

>そうやって、自己陶酔を自慢するのって恥ずかしくありませんか?
あなたのやっていることは悪く言えば、幼児性愛が募って幼女を襲う犯罪者と同じです。
あなたの欲望は、あなたの内部で昇華させなさい。他人にぶつけて満足しようとするのは迷惑なだけです。

(2005年01月08日 00時50分)


「殺人の賛美」で自己陶酔いているのはむにゅうのほうだ。
彼がそのことに気がついていないだけの問題。

彼の言葉で言うなら、「あなたの殺人の賛美についての欲望は、あなたの内部で昇華させなさい。
他人にぶつけて満足しようとするのは迷惑なだけです」となる。

誰にでも読める場所に「殺人の賛美」をするのは迷惑。

犯罪被害者とその家族のことを考えられないむにゅうには、
迷惑など何でもないのだろうが。


暴言その2

>私は差別主義者である事は間違いないから。

この日記の主はタイトルを「ごめんなさい。」にしているにもかかわらず、
「在日朝鮮人は日本のゴミ」発言をちっとも反省していない。

>在日朝鮮人は日本のゴミではありませんね。しつこいくらいにこだわっているようだけど、その事は言いすぎたので、訂正し、お詫びします。朝鮮人に。

そう言いながらこんな発言までしている。

>正常な日本人なら暴言も吐きたくなる。

この人のように12月14日の日記で以下のようなことを書いても拉致事件は解決しない。

>チョンはやる事が汚い、顔も汚い、キムチ臭い、胡散臭い、強姦国家である。
ぺ・ヨンジュンは腹を切って死ぬべきだ。
日本のおばさんを轢き殺そうとした。
韓国に日本円をガッポリ持って帰りやがって。
芸人がテレビで物真似すると、在日を使って、テレビ局に嫌がらせしたりしやがって。
在日チョンもいつまで、外国人でいる気なのだろうか、さっさと帰れ。日本で住むなら、さっさと帰化しやがれ。
あームカツク民族だ。



こんなことまで言っている。

>貴殿は差別をした事が無いような言い方でおられてますが、人間は誰しも、聖人の様でない限り、心の中では差別心を抱いているものです、貴殿も誰かを差別しているのではないですか?例えば私の事とか。
差別とは、憎しみからくるものでわ無いですか?
憎い人に対して、人は少しでも優越感を得るために、差別するのである。そうじゃないですか?答えて下さい。
私は尊王攘夷の信念のもと、敵国の方に対して差別心を持っています。
私は今上を国の尊重として、安全で、住みよい国になる事を祈っています。(2004年12月17日 20時14分)


こんなことも差別主義者は言っている。

>私は差別主義者だと公言しているのですから。そして、私は差別する事は人間の本能であって、仕方の無い事だと言っているのです。

>人類皆兄弟です。兄弟でも喧嘩する事はある、憎む事もある、差別する事もある。要は、人間は誰でも差別対象になりうると言う事。そしてその対象がたまたま、朝鮮民族と言うだけの事。差別しない人はいない。

>私はかわいそうな人間です。貴殿の事を、只の偽善者としか思えません。貴殿は私に差別するなと言います。
しかし、私は貧しい人間です。偽善者のような真似は出来ません。差別はいけない事だとは、誰もが思っていますが、実践できている人が世の中に多くいるとは思えません。人間は差別しなきゃ生きてはいけないと思います。


>優越感と言うのは、人と比べて得るものである。
ある意味自己満足である。よって、そこに虚しさは無い。憎しみに対して貴殿はどの様に、対処しておられるのですか?憎しみの解消をするために、侮蔑するのではありませんか?
差別は、無くならないと思いますよ。宗教でも、他を差別しているものも在りますし。(2004年12月18日 22時54分)

>人間なら誰でも差別するものだ。
性悪説という言葉を知っていますか?
人間はもともと悪だ。

>私も貴殿の意見には賛成できない、正しき道理はこちらにある、貴殿が言っているのは理想だ。
理想と現実は違う、憎しみから差別心が生まれる。
この世に憎しみがある限り、差別は無くならない。
韓国に対して、竹島の不法占拠をやめれば、韓国人に対して私は差別をやめます。だから、貴殿も韓国に対して、抗議文を送って下さい。
よろしく。(2004年12月19日 19時52分)

>私は差別主義者だと公言しているのですから。そして、私は差別する事は人間の本能であって、仕方の無い事だと言っているのです。



他にも楽天には暴言が多数ある。

これでは筑紫哲也に、
「ネットは便所の落書き」と言われても仕方ない。


どうして楽天ではこうした暴言がなくならないか?
その答えは簡単。

「暴言を注意しないから」

どうして暴言を注意しないか?これにはいろんな回答がある。

ひとつには、

「他人のことなどどうでもいい」

そしてもひとつには、

「面倒なことには巻き込まれたくない」


他にも答えはあるだろうが、こうしたことでは暴言はなくならない。

楽天には勇気ある人が少ないのだろうか?
それとも勇気ある人は絶滅してしまったのか?

いつまでも暴言が必要ですか?
それともここで暴言を止めますか?
「表現の自由」は暴言を守るためのもの?
もう一度、暴言について考えてみてください。





*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。
意見があればメッセージでどうぞ。
トラックバックも受け付けています。ただし殺人を正当化しない人に限ります。削除もあります。






最終更新日  2005.01.07 19:46:08

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