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テーマ:政治について(21857)
カテゴリ:戦争
最近、小泉首相の靖国参拝や歴史認識で隣国との関係が騒動になっている。
戦後60年間、日本人は戦争について積極的に語ってこなかった。 そのために現在、外国はおろか日本国内でも意見が分かれている。 日本は戦争に負けた。終戦ではなく敗戦だ。 広島や長崎に原爆を落とされ、ソ連の参戦によって敗戦しかなかった。 そのソ連に仲裁を引き受けて欲しいと望んだ日本は、物量だけでなく外交面でも甘かった。 暗号解読についても連合国に比べ日本には遅れがあった。 第二次大戦における日本海軍の暗号 日本の敗戦はハードだけでなく、ソフト面でも遅れていたことが原因。 もちろん戦争は勝っても負けても悲劇だ。このことを忘れてはいけない。 角川文庫の終わりに「角川文庫発刊に際して」というタイトルで角川源義はこう書いている。 「第二次大戦の敗北は、軍事力の敗北であると同時に、若い私たちの文化力の敗北であった。私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私たちは身を以て体験し痛感した。」 「文化力の敗北」ということを、私たちは深く考えているか? この話になると長くなるので各自で考えてほしい。 ポツダム宣言を受け入れることによって日本の戦争は終わった。 ポツダム宣言(Wikipedia) 日本は連合国の占領下に入った。 日本が占領状態から脱して国際社会に復帰したのは1951年、 日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)でのことだ。 日韓基本条約は1965年に結ばれた。 その後、1972年日中共同声明が出された。 次の一文で日本側は中国に対して謝罪と反省をしている。 「日本側は、過去において日本国が戦争を通して中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。」 (上記のリンクから引用) 満州事変の発端となった柳条湖事件が関東軍の自作自演であった証言もあることから、 日中戦争が侵略を目的としていたことは明らか。 そして、以上のことを追認するように村山談話が1995年に出された。 その他にもこんな一連の謝罪があった。 我々はこうした一連の条約や宣言について、もう一度認識する必要がある。 誤りは誤りとして反省し、過去を否定することのないように注意しなければ、 戦争の犠牲者は浮かばれない。 これは「足を踏んだ側」と「踏まれた側」に例えられる。 日本は中国や韓国などアジア諸国を侵略した。 今まで何度も日本は政府としてこれを公式に認めてきた。 だが、人は忘れる。特に自分が謝る側になれば忘れやすくなる。 日本が足を踏んだ側であることを、忘れていないか? いくら「前に謝った」と言っても、足を踏まれた側が過去を否定してしまっては過去の謝罪も台無しだ。 もし過去を否定したければ、日本が国際社会に復帰した場面からやり直さなければならなくなる。 俗に言う「ネットウヨク」の人たちに、そうした覚悟と行動力はあるのだろうか? あるのなら署名でも何でもして日本政府と各国に訴えかければいい。 ここは相手の側に立った視点が必要だ。 今ならまだ間に合う。 未来に続く靖国問題(木偶の妄言) 敗北の美学より実学を(水曜通信) 文庫本や新書本の刊行の言葉集 各種文庫刊行言 文化(「ゆっくり」で「しっかり」) 混乱のなかから 1945-1953 真珠湾攻撃 満州事変 ![]() バナーをクリック!小学生行方不明事件に情報をお願いします。 拉致問題の解決を願うブルーリボン運動です。 意見があればメッセージでどうぞ。ただし挨拶できない人はお断りです。 今のところメッセージは全て読んでいます。 トラックバックも受け付けています。ただし殺人を正当化しない人に限ります。削除もあります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.06.14 10:39:38
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