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りゅうちゃんミストラル

2010.01.24
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カテゴリ:読書
「世の中は奇跡で満ちている」。それがこの本を読んだ第一の感想だ。
大いに感動し、そして泣いた。

     

将棋でプロになるのは難しい。
奨励会という中で戦い、半年に2人しかプロ棋士にはなれない。

瀬川晶司もその戦いの中で敗れ去った一人だ。
奨励会には26歳までに四段という年齢制限がある。
この事情は、以下の記事でも書いた。

「将棋の子」大崎善生

4年間で計8回のチャンスがありながら、瀬川はプロになれなかった。
退会駒を手に、将棋会館を去った瀬川は自殺まで考える。

その後は神奈川大学の2部で大学生となる瀬川。
卒業後はNECの関連会社に入社。

だが、彼は将棋の世界から抜けることはしなかった。
大会にアマチュアとして参加。
ここで優勝した瀬川。
アマ名人、アマ王将としてプロと対戦するチャンスが与えられた。

02年、プロでも10人しかいないA級棋士の久保利明に勝つ。

03年も準アマ王将となった瀬川。
この間、プロとの対戦は17勝6敗と勝率でも7割を超えていた。
瀬川の実力はこの時すでにアマの域を超えていた。

瀬川は将棋連盟に嘆願書を出し、プロ編入試験開催を求めた。
将棋連盟は全棋士の多数決により、瀬川の編入試験を決める。
(賛成129、反対52、白票8)

この試験は6番勝負。対戦者は以下の通り。

佐藤天彦三段(当時)
神吉宏充六段
久保利明八段
中井広恵女流六段
高野秀行五段
長岡裕也四段
瀬川が3勝したらプロの4段(フリークラス)として認める。
逆に4敗したらその時点で終了。
ところが瀬川は初戦の佐藤戦に負けてしまう。

この場面が本書の冒頭部分。
敗戦に落ち込む瀬川。
そこで瀬川は思わぬ人からの葉書を目にする。
ドラえもんの応援葉書によって息を吹き返す。

だいじょうぶ。きっとよい道が拓かれます。

この編入試験の結果についてはこの記事に書いた。

瀬川晶司さん晴れて将棋プロ棋士に。

瀬川は将棋界の歴史を変えた。
閉鎖的だと揶揄されがちな将棋界に風穴を開けた。
それだけは間違いがない。


この後、瀬川の生い立ちが描かれる。
目立たない小学校時代。
兄にも毎日のようにいじめられた。

小学校5年生の時、ある出会いがあった。
担任となった中年の女教師は瀬川にとって大きな転機をもたらす存在。
「ほめて育てる」という彼女があったからこそ瀬川は将棋を知った。
それだけではなく、いろいろあったがプロになれた。
誰と出会うかによって人生は大きく変わる。

この担任のセリフがしみる。

私はあなたに、人が悲しいときに寄り添ってあげる友達よりも、その人が喜んでいるときに、よかったねと一緒に喜んであげられる友達になってほしいな。

そしてライバルの出現。
すぐ近くに住む渡辺健弥とは毎日のように勝負に明け暮れた。

このライバルとは将棋以外でも勝負した。
「どっちがよりエッチな本を買ってくるか」という争いには笑った。
どこまでも勝負しないと気が済まない。
そんな二人だったからこそ互いに切磋琢磨できた。
女性読者の中には「男ってバカ!」と思う方もいただろう。
所詮男はそんなもの。
そんな不完全な人間が指すから将棋の世界は面白い。

その後、将棋クラブで実力をつける瀬川。
全国中学生選抜将棋選手権大会で優勝。
しかし前年に隠れて受けた奨励会入会試験には落ちた。
その後については上で書いた通り。

瀬川にドラマがあったように、他の人にもドラマがある。
たとえば編入試験で初戦の相手となった佐藤。
彼は04年、フリークラスの棋士としてプロ入りできる権利を得た。
奨励会3段リーグで通算2度目の次点となったからだ。
しかし佐藤はこれを辞退。
06年に3段リーグ2位で順位戦C級2組の棋士デビュー。
ある意味瀬川とは違った意地が佐藤にはあったはずだ。

第4戦の中井広恵女流六段。
彼女には、「女性棋士としての意地」があったはず。
女性棋士は奨励会で四段になった者が今まで一人もいない。
不安定な存在である女流棋士が瀬川にどう戦うか。
興味深い人選だ。

瀬川を応戦する人がいるのと同時に、佐藤や中井を応戦する人もいる。
その中で勝つ棋士がいれば負ける棋士もいる。

多くの人が瀬川のプロ棋士誕生に関わっている。
転機となった担任の先生。
同級生のライバル。
厳しく指導した将棋クラブの席主。
サイン会の場面で再登場する高校時代のクラスメート。

もちろん両親や兄。
奨励会時代の仲間や将棋記者。

そう考えると孤独な将棋の世界も視点が変わってくる。
「自分のために戦う」のは当たり前。
だが「支えてくれた人のために戦う」と思えば。
ちっとも孤独じゃない。

もうひとつ。
奇跡とは何だろう?
瀬川がプロになったこと?
それも奇跡には違いない。
しかし本当の奇跡は彼をめぐる人間ではないだろうか。
人は一人では生きられない。
誰かによって生かされている。
その人間関係こそが奇跡ではないか。

読者の中にはこう考える人がいても不思議ではない。

「自分にもあんな先生がいたら人生は変わっていたかもしれない」

確かに機会が与えられない人はこの世に存在している。
しかし多くの人は、自分に向かってかけられた言葉があったのかも。
そう考えることはできないだろうか?

何度でも書く。

この世は奇跡に満ちている
大いに楽しめた!感動した!


追記

その後の「プロ棋士」瀬川は高い勝率によりフリークラスから脱出。
順位戦(C級2組)に加わるようになった。

逆に大きなミスもした。
06年10月に行われた第19期竜王戦の第1局。
記録係は瀬川の担当だった。
しかし休憩時に寝過ごした瀬川は対局再開時に間に合わなかった。
このミスは「前代未聞の事態」と報じられた。

瀬川の影響で、プロ編入の受験者は増えた。
制度としてプロ編入試験ができたためだ。
瀬川自身も、こうした動きに対応している。
編入試験を経てプロ棋士になった者は、今後の将棋界を変えるかもしれない。

今年の読売新聞紙上で、瀬川の竜王戦自戦記を読んだ。
竜王戦は女流棋士やトップのアマも参加できる。
第6組で女流棋士と対局した瀬川。
自戦記で「タイトルを取りたい」と語っていた。
将棋界は「10代で棋士にならない者はタイトルが取れない」と言われる。
自身のプロ入りで歴史を変えた瀬川。
今度は遅咲きのタイトルホルダーとして話題を提供してほしい。

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最終更新日  2010.01.24 13:49:52
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