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カテゴリ:自叙伝
往年のクラシック・ファンなら誰でも知っているであろう指揮者に、フリッツ・ライナー、ユージン・オーマンディ、ジョージ・セル、アンタル・ドラティ、ゲオルク・ショルティ、イシュトバン・ケルテス、フェレンツ・フリッチャイといった人々がいる。
ライナーはバーンスタインの教師としても知られているし、ケルテスは早世しなければカラヤンを追い落としたかもしれないと言われているが、これら往年の大指揮者に共通しているのは、ハンガリー系だということである。 完全主義者として知られたジョージ・セルが、長年音楽監督をつとめたクリーブランド管弦楽団と共に最初で最後の来日をしたのは1970年。たしかこの年開催された大阪万博の芸術展示に参加するためだったと思う。 そのツァーの最後の方に札幌公演があった。調べてみると5月25日。翌26日の東京公演がツァーの最後で、なんと帰国してまもなく、7月30日にセルは亡くなってしまった。 そのコンサートはテレビで繰り返し宣伝されていた。しかし行かなかったのは、会場が中島スポーツセンターという、体育館のようなところ、というか体育館そのものだったからだ。 ふだんはプロレスをやったりする、そんな場所でオーケストラ・コンサートを開く主催者の感覚が信じられなかったし、恥ずかしかった。音はそっちのけで、舶来ものなら何でもありがたがる日本人のひとりになりたくなかったので行かなかったのだ。 そのころにはもう札幌市民会館という、座席数1500ほどの音響効果の優れたホールがあった。1966年にはカラヤン=ベルリン・フィルがこの市民会館で演奏している。 にも関わらず、こうした会場を選んだのは、収容人数の問題だと思われる。つまり、札幌市民会館ではよほど入場料を高くしないとペイしない、しかしそれではチケットは売れないということだったのではないかと思う。 放送局主催の演奏会だったから、手に汗を握りながら集中して生中継を見た記憶がある。 メーン・プログラムはシベリウスの交響曲第2番だった。初めて聴く曲なので、演奏のよしあしなどはわからなかった。しかし、何カ所かで痺れるような快感を味わった。 この3日前に同じプログラムで行った東京公演が数年前にCD化された。その演奏からは、人間セルを感じとることができて感動的だ。アンサンブルの精度にうるさい完全主義者セルのクールさは影をひそめ、ひたすらにヒューマンで温かい音楽が流れていく。 そのCDを聴いたとき、1970年の「体育館コンサート」に足を運ばなかったことを悔やみ、眠れない一日を過ごしたのをおぼえている。 カラヤンはセルを尊敬していたらしい。セルは19世紀生まれなのに長身だったらしい。あのカラヤンが、セルの前では緊張して小声で「はい」としか言えなかったというのだからおもしろい。この二人はこの1970年の来日時に会い、旧交を温めたという記録がある。 カラヤンはその後何度も日本を訪れたが、とうとう実演を聴くことはなかった。しかし、ジョージ・セルを逃したのは残念だと思っても、カラヤンを聴かなかったのは残念だとは思わない。 セルの来日公演のCDを聴くたび、ああこれは大指揮者の「白鳥の歌」だったのだと思う。 シベリウスの最高傑作の一つである交響曲第2番を、他の指揮者で聴くときも、セルのこの演奏を思い出して厳粛な気持ちになる。というか、そういう気持ちなくしては聴けない曲になってしまった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
May 22, 2009 05:51:05 PM
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