投資の余白に。。。

December 21, 2009
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「すきとおったほんとうのたべもの」

宮澤賢治の童話集「注文の多い料理店」序文にあるこの言葉は、優れた芸術の本質を最も適切に言い当てたものの一つとして知られている。あるCDを聴いて、この言葉を思い出す演奏に遭遇することがまれにある。最近では、長谷川陽子が演奏するドヴォルザークのチェロ協奏曲を聴いて、この言葉を思い出した。

ジャケットの表紙にはチェロをさりげなく抱えた彼女の写真がつかわれている。どこにでもいそうな、いかにも平凡な感じの女の子だ。服装も地味なくらいだ。

しかし大きめの帽子、チェロと同じ色合いのシックな服装は彼女によく似合っていて彼女らしさがよく出ているように思う。演出や流行とは無縁の人のようだ。

そうした「自然体」は、彼女の奏でる音楽にも共通している。厚化粧や装飾品で飾り立てたうつろな美しさではなく、内面の美しさがにじみ出た結果として生まれる力強い美しさ。健康な感性から生まれる生き生きとした表情。郷愁の色濃いドヴォルザークの「チェロ協奏曲」が、こんなにみずみずしく、悦ばしく、はつらつと演奏された例をほかに知らない。

ブルッフの名作「コル・ニドライ」では深い祈りの感情の表出が見事で、この集中力はただごとではない。

若いときにはだれもが持っているのに、だれもがいつまでも保てるわけではない大切な何か。それが、20歳(当時)の長谷川陽子の奏でるチェロから聞こえてくる。

※ビクター盤。長谷川陽子はカサドの無伴奏ソナタ、バッハの無伴奏ソナタなどでその後も名演を連発している。






最終更新日  December 24, 2009 03:05:03 PM
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