投資の余白に。。。

March 3, 2010
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カテゴリ:裏札幌案内
この店がいいという噂を初めて聞いたのは1982年のこと。この店の近くにあった別の靴屋でアルバイトをしていた友人が「あの店はすごい」と言っていた。

そのころは靴に興味がなかったので、何がそんなにすごいのかと思ってそれきり忘れていた。

わたしはスキーでケガをしたため、左足が弱い。旅行に行くと、いつも左足だけ靴擦れを起こす。つるのもいつも左足だ。靴底の減り方も左右均等ではなく、左足が減る。だから安物の靴だとすぐにダメになる。

それでもスポーツショップでそこそこの靴を見つけてしのいでいたが、一日20キロのウォーキングを始めたとたん、すべての靴が欠陥品になった。特に困ったのが冬用のウォーキングシューズである。スーツにも合わせることができ、しかも酷使に耐える靴。そんな靴を見つけるのは絶望的に思えた。

絶望的に感じたのは、商品知識のある店員がいなかったからだ。素材がどうだとか、スペックを語る店員はいた。しかし自分で使ってみたこともなければ、利用者をモニターするようなこともしていない。靴全般に関する経験値が圧倒的に不足していると感じた。あえて言えば、靴を愛していない店員ばかりなのだ。靴屋はなぜか若い店員しかいない。

こういう店員は、最後には決まって「売れている」というフレーズを口にする。

日本人は他人が買っている商品なら安心と考える傾向があるようで、こういえば買う決心をする客が多いのだろう。だから、最後の決めセリフに言うのだ。

しかし、わたしはたくさんの人が買っているなら、まずそれはダメなものだろうと思うことにしている。どんなものでも、いいものがわかるのは「選ばれた」少数に決まっているからだ。

絶望し困り果てたとき、ふとこの店のことを思い出した。ダメ元で行ってみることにした。

たくさんある靴を見ても、どれがいいかなど靴の素人である自分にはわかるわけがない。わかるわけがないから、近くにいた店主とおぼしき老人に「カクカクしかじか、これこれ」と話してみた。そうするとその老人は数秒考え、店の奥の方、たぶん倉庫に入っていき、数分後、一足の靴を持ってきた。

足の形というか、サイズが少し合わないが、「あなたの用途にはこの靴がいちばんいい」と言う。こういうケースでは、何種類か用意して客に選ばせるというようなことをするものだが、そういうことをしない。

まあ、注文靴でもない限り、足の形が合わないのはしかたがない。これが限界なのだろう。厚い靴下をはくとか、インソールを重ねるとか工夫をすることにして、だまされたと思って買ってみた。

驚いた。それまでの靴とは、値段はさほど変わらない、むしろ安いくらいなのにまるで別物だった。履くほど、使うほどに足になじみ、厳冬期でもあまり滑らない。この靴にしてから冬に転倒する回数は激減したが、単位歩行距離あたりに換算すると百分の一くらいに減少した感じがする。

名取川靴店おそるべし。というより、この「クツリエ」「シューリエ」とでも呼ぶべき老店主おそるべしと思った。それ以来、わたしはこの人をひそかに「マエストロ」と呼ぶことにした。

この記事のために潜入取材を試みた。70代後半とおぼしきマエストロは健在だった。店がヒマな時間帯に行ったが、立ったまま新聞を読んでいた。この数年で少し背中が丸まった感じがするが、顔色はよく、健康そうだ。客に愛想笑いをする商人タイプではなく、無愛想に感じる人が多いだろうが、商人で大事なのは愛想ではなく眼力である。特に靴のような実用品、少量他品種の商品を扱う商人は、みなこのマエストロのようでなければならない。

札幌は200万都市である。200万都市で最高の靴店は、たぶん世界でも最高クラスと考えていいはずだ。札幌を訪れてこの店を訪れないのは、ニューヨークに行ってメトロポリタン美術館を訪れないのと同じくらい愚かなことと言わなければならない。

腰痛は冬に出やすい。冬に札幌の整形外科を訪れると、雪道で転倒して骨折した観光客の多さに驚く。

札幌には「雪まつり」という一大観光イベントがあり、約一週間の会期中に沖縄の年間観光客の半分以上、札幌の人口より多い観光客を集める。この観光客の千人に一人が骨折するとして、数千人が骨折する。調べたことはないが、もっと多いはずだ。

わたしが札幌市長なら、名取川靴店で買った靴で転倒して骨折した人以外は、健康保険は適用されないという条例を制定するところだが、この店は、転倒防止のためのピン打ちを格安でやっていることでも知られている。

冬に札幌を訪れたなら、何をさておいても、まずはMKタクシーで狸小路2丁目にあるこの店に行き、ピン打ちをやってもらい、「一生もの」の冬靴を手に入れることだ。

わたしの心配はこのマエストロがいつまで店に出ているかである。もう、靴探しなどという消耗なことに人生を浪費したくないからだ。後継者が育っていることを祈るしかないが、育っていないリスクを考え、この春までに一生分の靴を「マエストロ」のアドバイスで買っておくつもりだ。ちなみに、取材時点では30代と40代とおぼしき男性店員の二人がマエストロの「弟子」しかも「高弟」ではないかという印象を、その顔つきから持ったが、手腕については未知数である。

なお「名取川」という名の靴店は他に数カ所ある。たぶん系列店だろう。しかしマエストロがいるこの店は中島みゆきの歌のタイトルにある「南三条」側にある。地下鉄にさえ乗ってしまえば、雪道を歩くことなくこの店にたどりつける。RIMG0244.JPG






最終更新日  March 4, 2010 12:22:15 PM
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