投資の余白に。。。

December 30, 2011
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カテゴリ:自叙伝
ミュンヘンからベルリンに向かう夜行では熟睡できた。朝になって外を見ると、廃車なのか、タイヤのはずされたボロボロの乗用車が並んでいる。中途半端な数ではない。10キロも20キロも続いていたのではないだろうか。何千台か何万台か見当もつかない。

そこで見たのは何だったのか。単なる廃車の列ではない。心の廃墟とでもいうべきものだった。どんな廃墟もあれほど寒々しくはない。

その場所がどこだったのか、いまとなっては憶測しかできない。

ベルリンは旧東ドイツの中に孤島のように存在する街だった。だからミュンヘンからベルリンに向かう鉄道はすべて旧東ドイツを通る。ドレスデンかライプチヒを経由するから、そのどちらかの都市とベルリンの中間地点くらいだろうと思う。

あのきれい好きなドイツ人が、これはいったいどういうことか。永遠に続くかと思われる廃車の列を見ながら、これが「共産主義」のもたらす必然だと気づくのにそう時間はかからなかった。

官僚主義と無責任体系は共産主義の専売特許ではない。しかしそれにしても度を過ぎている。先進国なら、これほど事態が悪化する前に市民が声をあげるし、行政もここまで怠慢ではない。むしろ、チャンスとばかり自動車のスクラップビジネスに取り組む起業家が現れるにちがいない。自動車に使われている鋼板は非常に質がよく高く売れる。

それは余談だが、どんな精緻な「共産主義批判」よりも、あの風景は「共産主義」の非人間性を雄弁に物語っていた。

「ショスターコヴィチの証言」の中にある、「ヒューマニストの言うことに耳を傾けてはいけない。あなたは誠実に自分の仕事をしなさい」というショスタコーヴィチの言葉が聞こえてきた気がした。旧ソ連を訪れて歓迎され親ソ派になったロマン・ロランのような人物のことを指していたのだろう。あるいは、芥川也寸志のような人物もショスタコーヴィチが指弾する「ヒューマニスト」のひとりだったのかもしれない。

民主化以前の共産国を訪れて共産主義の本質を見抜けなかった人間の目は節穴以下であり、頭には味噌がつまっているにちがいない。もちろん、だからといって反共主義者が正しいわけではない。浅薄な反共主義者はそのバカさでむしろ人々を共産主義へ傾斜させる道化にすぎないのは歴史が教えている。

まるでタルコフスキー映画のシーンのような、朝霧の中の廃車の列を眺めて暗澹としていると、「まもなくベルリンに着く」という陰鬱な声の抑揚のないアナウンスが流れた。「ベルリン」のあとに「アレクなんとか」と言ったような気がしたがそのときは気にとめなかった。

ベルリンのことは前年に旅行した知人のT君から聞いていた。列車はZOO駅に着くが、その周辺は泥棒が多いので気をつけるようにとのことだった。

しかし列車から降りて駅に出てみると、一国の首都の玄関口にしてはあまりにも薄暗くさびれている。どれくらい薄暗いかというと、持参した「地球の歩き方ヨーロッパ」を開いても字が読めないくらいなのだ。

しかも、駅構内のベンチに座っている人たちも不気味なくらい無表情で生気がない。よどんだ空気は暗いだけでなく重くすら感じられる。

そこで気がついた。着いたのはZOO駅ではなく、旧東ベルリンのアレクサンダー駅だったのだ。レイルパスがあるととりあえず来た列車に安易に乗ってしまうことがある。このときもそうだった。

薄暗い駅の中にいる、無表情で生気のない人たちにZOO駅への行き方を教えてもらおうという気持ちにはならなかった。一刻もはやくここから立ち去りたい、関わり合いになりたくないとしか思わなかった。

ZOO駅へは地下鉄で行った。国鉄駅を出てすぐ地下鉄を見つけ、たぶんこっちだろうという方向の車両に乗った。

その地下鉄のことはよく覚えている。というのは、乗ったとき、車内は陰気で生気のない雰囲気だったのに、いくつか駅を過ぎるうちに、カラフルな服装の人が増え、明るく賑やかになっていったからだ。ああ、旧西ベルリン地区に入ったのだと、やっと生きた心地がした。

顔にピアスをしているような人を見ると、日本ではぎょっとしてしまう。しかしこのときはほっとした。人間が自由に好き勝手に生きている。たとえそれがバカバカしく愚かなことであっても、そういう自由が保障された社会こそ健全なのだ。そんなあたりまえのことを、東ベルリンから西ベルリンへの車内で知った。

ZOO駅に着いた。よく考えたら、ZOO駅に来る必要はまったくなかった。宿にいちばん近い地下鉄駅に行けばよかったのに、なぜかそう思わなかったのである。アレクサンダー駅ではなくZOO駅から旅を始めなければならない、そんな強迫観念にとりつかれていたのかもしれない。

ZOO駅では荷物をコインロッカーに預けるつもりだった。知人のT君が泥棒被害にあった場所だ。しかしコインが足りない。大した荷物でもないし、持っていくことにして駅を出た。するとどうだろう、T君を襲ったのと同じかどうかはわからないが、若い男二人があとをつけてくる。

ZOO駅を出るとすぐベンツマークのあるショッピングビルとカイザー・ヴィルヘルム記念教会があり、ベルリン観光の定番になっている。この教会は空爆で破壊され、一種の戦争モニュメントとして保存されている。広島の原爆ドームと同じで、いきなり厳粛な気持ちになる観光客は少なくないだろうと思われる。

しかしその教会より、たったいま見てきたばかりの旧東ドイツ、東ベルリンのあれこれの方がよほどすさんだ景色に見えた。何しろ生きた人間が廃墟のようなものなのだから、これ以上の悲惨は想像しがたい。だからヴィルヘルム皇帝記念教会ですら浮き立つような景色に見える。「退廃した資本主義の都」に着いたぼくはハイになっていて、こそ泥の二人組などまったく恐るるに足りない気分だった。共産主義の身の毛もよだつ恐ろしさを知ったいま、なにもこわいものはない。

50メートルくらい歩いたところで、いきなりUターンして男二人組に向かった。走りはしなかったが、猛然とした早足で、「てめえらぶっ殺してやる。T君の仇をとってやる」と心の中で念じながらまっすぐその二人をにらみつけながら向かっていった。

するとどうだろう。不意をつかれた二人組はあわててくるっと踵を返し、走ってZOO駅の方へ逃げていくではないか。なんて弱気なやつらだと呆れた。まあ先進国のチンピラなんてこんなものだろうと思い、深追いはしなかったが、ネオナチではなかったのは幸いだったかもしれない。

ベルリンに来たのは小澤征爾が指揮するベルリン・フィルを聴くためだった。「カラヤンのサーカス小屋」と揶揄されるフィルハーモニーを見てみたいという気持ちもあった。1992年のあのころ、日本にはまだ音楽専用ホールは珍しかった。

ベルリンは大都会だが、主な観光地は徒歩でまわることができる。宿(フィルハーモニーに近いユース)にチェックインしてからフィルハーモニーへ向かった。コンサートは7時30分からだが、チケット売り出しの3時間前に行けば何とか買えるだろうと3時に行った。

するとすでに刑事コロンボを10歳くらい若くしたような中年男と20代はじめくらいの年齢的に不釣り合いなカップルが並んでいる。

この女は平凡な感じだったが、男はユニークだった。チケット売り場があくまでの3時間、しゃべりっぱなしだったのだ。

ドイツ人はフランス人やイタリア人に比べると寡黙な印象がある。それにどちらかというとスクエアな感じであまり笑わないと思っていた。しかしこの男は、明石家さんまも顔負けというくらいに早口でしゃべりまくる。時折、ジョークかオヤジギャグでも言ったのか、どうだおもしろいだろうと笑いながら振り返ってこっちを見る。意味がわからないからおもしろくも何ともないが、その男の話し方や表情の豊かさが愉快で、そのたびについ愛想笑いをしてしまう。

男は自分のジョークに自分で大声で笑うが、女はにこっとするくらいで声を出しては笑わない。ということは、さほどおもしろいジョークではないか、すべったジョークだということだろう。しかしそんなことはおかまいなく、男はひたすらしゃべりまくる。

おしゃべりであることに関してはかなり自信がある。これまで付き合った女性は例外なくぼくがおしゃべりなのに驚いたし、年下の女性にほとんどもてなかったのも、たぶん彼女たちが無口な男に魅力を感じるカルチャーの住人だったからだろう。

誤解されることも多かった。クラスメートとおしゃべりしているときなど、話題につまることがある。若いころはネタをたくさん持っているわけではないから当然だ。そういうとき、相手の長所を見つけてほめることにしていた。相手がブサイクでも、たまたま以前より似合う髪型をしていたらそれをほめたし、まあ、たいていの人は長所の一つや二つは持っているものなのでそれをほめた。

そうすると、あいつは女と見ればだれでも口説くといううわさがたったのである。

たしかに、おしゃべりな男が軽薄に見えることは多い。日本の男でありがちなのは自慢か知識のひけらかしである。女が化粧や服で自分を飾るように、男は自分の知識や経験のひけらかしで自分を飾る。したがって、能ある鷹が爪を隠すように、男は黙ってサッポロビールを飲み続けるのが賢明ではある。行動すべきところを大言壮語におきかえるだけの「代行主義」も避けられる。

しかし、沈黙や無口は美徳だろうか。よく考えてからゆっくりしゃべる寡黙さを好ましく感じることはあるが、感動や発見を言葉を尽くして伝えようとするのが人間の本質ではないだろうか。それをしないということは、そもそも感動や発見、つまり語るべき内実を持っていないだけではないだろうか。極論すれば、無口な人間とはバカの別名ではないか。

くたびれたコートを着てマフラーを投げやりに巻いたこの男のおしゃべりさになかば呆れ、なかば感嘆しながら思ったのはこういったことだったが、ぼくにとってはパリの空港案内所の無愛想な女にもまして救いだった。男はおしゃべりでいい。このときからそう思えるようになったからだ。

結局、チケット売り場に並んだのは3人だけだった。当日券もけっこう残っていて拍子ぬけした。チケット購入に迷っていると、おばあさんが寄ってきて定期会員のチケットをくれた。お金はいらないという。連れが来られなくなったのだろう。あまりいい席ではないが、ありがたくもらうことにした。

こうして日本だと数万円するチケットをタダで手に入れることができた。

コンサートでは印象的なことがあった。静かな部分で、すぐ前の席の老婦人がひどく咳き込んだのである。すると間髪を入れず右側からハンカチが、左側からはアメ玉が手渡しで送られてきた。

日本ならとがめるような冷たい視線がとびかうタイミングである。ささいなことかもしれないが、ドイツ人の公徳心というか道徳心の高さに感銘を受けた。40年以上のコンサート通いで、日本でこんな光景を目にしたことは一度もない。

こうしたドイツ人の公徳心の高さはしばしば感じた。たとえば、ユースでも、食事のあとはみな自分のテーブルを拭いてから席を立つ。高校生くらいでも、ごく自然にそういうことが身についている。

充実した一日だった。共産主義の必然的帰結と思われる心の廃墟を眼前に見た旧東ドイツ、暗鬱な旧東ベルリン、自由で退廃的な旧西ベルリン、弱気なこそ泥、おしゃべり男に親切な老婆、公徳心の高いフィルハーモニーの聴衆・・・さまざまなドイツがあり、さまざまなドイツ人がいる。

6年在籍した大学よりも多くのことを学んだ一日だった。






最終更新日  January 3, 2012 02:18:32 PM
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