投資の余白に。。。

May 28, 2016
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カテゴリ:クラシック音楽
長い人生といえどもコントラバスのリサイタルに遭遇することは稀だ。しかも弦楽オーケストラを従えてのコンチェルトの夕べともなれば最初で最後の経験となる可能性が高い。

こう考え、「コンサート・ドロップアウト」の基本方針を曲げて行ったコンサート。行って正解だった。

ソリストは札響のコントラバス奏者だった鈴木祐治氏の実娘。留学とドイツでの歌劇場オーケストラ奏者を経て2014年に帰国し、フリー奏者として活動しながら作曲や編曲も行っている。

単純に足し算していくと30代前半といったところか。ドイツで8年半過ごし、オーケストラでは主要ポストに就いていたらしいが、その経歴に納得できた。

というのは、技術的な完成もさることながら、ドイツ人の言い方を借りるならすべての演奏、その細部に「音楽がある」のである。楽譜という記号から音楽を取り出してくる、その手つきや呼吸がすばらしい。超一流の音楽家と言っていい。

それは、持って生まれた才能だけでなく、作曲や編曲を行うことで音楽を立体的に把握できるせいもあるにちがいない。そもそも演奏だけではなく作曲も志す、そのこと自体が「才能」ではあるが。

たいていの演奏家はこの才能を欠く。作曲をしない超一流の演奏家がいかに少ないか、その作品の質はともかく、その理由を考えたことのある人はほとんどいないにちがいない。

プログラムは前半がヴァンハルのコントラバス協奏曲とボッテジーニのヴァイオリンとコントラバスのための「グラン・デュオ・コンチェルタンテ」で、後者の共演ソリストは札幌出身で仙台フィルコンサートマスターの西本幸弘。

どちらも深い内容を欠くサロン的、サーカス的音楽だが、それだけに演奏者の音楽性が裸になる。凡庸なパッセージが実に魅力的にきこえる。楽しめた、と書いてしまえばそれまでだが、超絶技巧に耳を奪われないようにするのが労力といえるほどのこうした曲に「音楽」を充満させることができるのはほとんどマジックを見ているようだった。

後半は彼女の作品「弦楽のためのラプソディ」(初演)とクーセヴィツキーのコントラバス協奏曲。

「弦楽のためのラプソディ」の語法は後期ロマン派的。最近、「新作初演」にはこうした語法の作品が多くなった。何もすべて前衛的であるべきとは思わないが、戦争を防ぐことのできなかった反省から、それ以前の音楽の否定から出発した戦後の作曲家たちの実験や冒険の精神はどこにどのように受け継がれているのかと思わないでもない。ただ、閃きのある楽想は散見されたので、もう一度きいてみたいと思った。

指揮者として名前の知られるクーセヴィツキーは元々コントラバス奏者だった。コントラバス協奏曲を作ったのはそのせいだったのだろうか。単独楽器の協奏曲としても屈指の名曲といっていいという発見のあった演奏でありコンサートだった。

なおヴァンハルとこの曲の弦楽合奏版への編曲は演奏者じしんによるもので、弦楽合奏は元札響メンバーと地元のフリー奏者による12人編成。指揮者なしの演奏だったためか少しオーケストラが前に出すぎでソロを消してしまう場面があったのが唯一残念。

ルーテルホールはほぼ満席の盛況だった。






最終更新日  June 7, 2016 11:12:31 AM
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