投資の余白に。。。

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アジテーション

April 8, 2011
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カテゴリ:アジテーション
義援金の第一次配布方法が決まったというニュースをきいた。

約1ヵ月で1300億円という金額はいかにも少ない。これから毎月これくらいの金額が集まるのでなければ日本人は総体として吝嗇家のそしりを免れないだろう。

原発事故関係をのぞく被災者を30万人として、今後5年間、毎月10万円ずつ彼らの生活を保障するのに必要なカネはわずか1兆8千億円だ。

日本人の半分が月500円ずつ60ヵ月寄付すればまかなえる金額である。

日本人の個人金融資産(ストック)は1500兆円、GDP(フロー)は500兆円。その1%を寄付するだけで、20兆円のカネができる。ストックは1回限りでも、フローを毎年1%寄付するとして5年で25兆、合わせて40兆円のカネができる。

これだけのカネがあれば、被災者だけでなく、被災地の復興に税金を使うことさえしないで済む。

手持ちのカネや収入から寄付するのもいいし、イタリアで盛んなようなバザーもいいが、カネを捻出するのにいくつかいい方法がある。

その一つは、普通預金を定期に預け替えた利息の差額を寄付することである。これだけで1%近いカネを捻出できる。東電に2兆円融資した3大メガバンクの普通預金を解約し他の良心的な銀行に移すのだ。みなが一斉に動けばあの東京三菱でさえつぶすことができる。もちろん、もっと有利な債券があればそれを買うのもいい。ちなみにわたしはオリックスの年4%の債券を保有していた。

NHK受信料の支払いをやめ義援金にあてるのもすばらしい方法だ。「原発は危険だが事故が起きる確率はゼロに近いほど安全性が確保されている」という報道を繰り返してきた放送局など福島沖に流してしまえ。

不要品をリサイクルショップで売却し義援金にあてた人がいたが、オークションなどはどんどん活用すべきだろう。日本の家庭には一世帯あたり100万円近い不要品が死蔵されているといわれている。こういうものは片っ端から現金化することだ。

消費を控える「自粛」は経済をシュリンクさせるのでもってのほかだが、自動車や公共交通機関をなるべく使わず、自転車や徒歩で移動しカネを浮かせるのもいい。1キロあたりの移動コストは自転車や徒歩だと他より10円から30円安くなるので、月に200キロ歩けば2000円から6000円捻出できる。移動手段にとどまらず石油製品の消費を控えるのはきわめて重要だ。環境保護につながるだけでなく、カナダやロシア、サウジアラビアのような「ならずもの国家」を弱体化させることができる。石油の一滴は血の一滴だ。珍走団(暴走族)は襲撃し連中のクルマなどは燃やしてしまえ。

もちろん節電は大事だ。これは計画停電を防ぐというような消極的なことではなく、原発推進企業の資金源をダイレクトに断つことだからだ。電気料金を半減させることができれば、その分は確実に電力会社は減収になる。掃除や洗濯は深夜にやることにして、電気料金を半減させその分を義援金として送ろう。

預貯金や収入から寄付すると、その分、消費を控える心理に陥ってしまうことが多い。そうするとGDPは縮小し結局は財源不足を国債増発か増税で賄うことになってしまう。そうではなく、無から有を創造するようにカネを生み出すことだ。

ソフトバンクの孫社長が100億円を寄付した。6000億超といわれる資産の1.6%強というその規模の的確さ、すばやい行動力は見習うべきだろう。

何兆もの義援金が集まれば、すべてをばらまくのではなく、半分くらいを基金としてプールし、その運用益で復興資金のかなりの部分をまかなうこともできる。

ピーター・リンチやウォーレン・バフェットなら、ボランティアで運用してくれるのではないか。






最終更新日  April 9, 2011 02:52:10 PM
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October 24, 2009
カテゴリ:アジテーション
9月がマリア・カラスの月なら、10月はチェ・ゲバラの月だ。

アルゼンチン生まれの喘息持ちのペルー副王家の末裔は、医師、露天写真家、キューバ国立銀行総裁、工業相を経て1967年10月9日、ボリビアでアメリカ中央情報局のかいらいであるボリビア警察に虐殺された。

ボリビアではイエス・キリストと並ぶ聖人として崇められているというが、貧しい国ならどこででも、ありふれた日常の商品の中にゲバラの肖像を見ないことはない。

マリア・カラスが世界一の美女なら、チェ・ゲバラは世界一かっこいい男だ。

ハンサムなだけではない。炎のような輝く瞳を持つ精悍な顔立ちからは、捕虜を決して殺さなかった優しさと、数百人の反革命を即座に処刑した厳しさの両方が、何よりも理想主義の気高い精神の輝きが感じられる。

なぜゲバラが「かっこいい」のか。常に抑圧された側、貧しい側に立って行動したというのはある。しかし、際立っているのは、曲がりなりにも一国の大臣まで務めた人間が、その地位を捨て、一介のゲリラ兵士として生き、そして死んだことである。

理想に燃える20代というのは洋の東西を問わず多い。しかし、30代になるとたいていは堕落する。堕落という言い方が強すぎるなら、現状に安住するようになり、チャレンジを忘れる。過去の自分を繰り返し始めるのが30代であり、そうなるともう死人と同じだ。

マルクス・レーニン主義やトロツキズムの文脈(チェ・ゲバラをあえて分類するならばトロツキストであろう)でゲバラを語り、それらの正当化のためにゲバラの生涯を利用しようとする連中のたわごとに耳を貸してはならない。

ゲバラはかっこいい。それだけでじゅうぶんだ。それ以上に何が必要だというのか?

大事なのはゲバラよりも「かっこいい」男を目指すことであり、それ以外に男の人生の価値はない。

ちなみに、わたしがゲバラの次に「かっこいい」と思う男は、キューバ人ミュージシャン、コンパイ・セグンドである。

ゲバラは日本を訪れたことがある。ヒロシマやナガサキを訪れる一方、トヨタやソニーの工場を視察したらしいが、ハバナ入城の際に乗っていたジープがトヨタだったこと、解放区ではラジオ放送を担当していたことと何か関係があるのかもしれない。

チェ・ゲバラを讃えた歌は、数百曲あり、いまも増え続けているらしい。

最も有名なのはHASTA SIEMPRE。コルシカ出身のスペイン系フランス人の女優、ナタリー・キャルドーンの若い頃の歌唱がYOUTUBEにアップされている。

HASTA SIEMPRE COMANDANTE 

ゲバラは死の瞬間までかっこよかった。一発目、聖人ゲバラを撃つ恐怖のあまり急所を外した狙撃手に対して、「よく狙って撃て」と言った。

誰がゲバラを超えられるだろうか?






最終更新日  October 26, 2009 10:49:03 AM
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April 5, 2007
カテゴリ:アジテーション
統一地方選挙が近づいた。

ふつう、選挙というと地縁が重視される。国会議員は地元への貢献、地方議員は中央へのパイプの太さを強調して票を得ようとする。

特に地方議員の政策など似たりよったりで陳腐な公約ばかりだ。

選挙に関しては原則を立てている。

政権党とその同調者、宗教政党、泡沫候補には投票しない。

国政選挙、知事や市長選では、何も考える必要はなくこれでほぼ自動的に決まる。全党相乗りなんて時は断固として棄権すればいいだけだ。

地方議員レベルでは、かなり迷うことがある。

その場合どうするか。

基本的には、顔で選ぶべきだ。

人柄や人間性は顔に出るものだからだ。

しかし、政見放送でも見られればともかく、選挙公報の小さな写真一枚では判断しかねることもある。

その場合、「男より女」「年長者より年少者」「地縁の多い人より少ない人」を選ぶことにしている。

わたしの住んでいる地域では市議の定数が多い。14人の立候補者中、9人は自動的に×だが、5人の中から選ぶ必要がある。

5人の中には、有望そうな民主党の30代新人、同じ中学・高校の同窓生である50代無所属がいる。

しかしこの二人は地元出身だ。

そこで、地元には何の縁もゆかりもない岡山出身の女性に投票することにした。顔のよさでピカ一だったが、年齢が50代なので若い人の方がといったん迷った。

出身地の遠さが決め手となった。

これが「唯一絶対の正しい」候補者を選ぶ方法だと確信している。

東北地方の一部のように、地縁候補者しかいない地域の人間は棄権するか、そんな土地はさっさと捨てて過疎化させてしまうのが大事だ。






最終更新日  April 5, 2007 11:59:08 AM
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December 26, 2006
カテゴリ:アジテーション
国立機関が発表した人口推計が話題になっている。

50年後に日本の人口が8千万人台になるという予測に、危機感を募らせた論評が目につく。

出生率が1.26のまま推移するとは思えない(もっと下がると思う)のだが、1近くの低位推計でも8千万人台はキープするらしい。

なーんだそれしか減らないのかと思うとがっかりである。

ローマ・クラブの「成長の限界」を持ち出すまでもなく、現在の地球の最大の問題は人口問題である。

人口が多く、しかも爆発的に増えているからこそ、環境破壊や資源枯渇といった問題が起きるのだ。

これらを解決するのには、何と言っても人口が減るのがベストであり、それ以外に根本的な解決策などありはしない。

このままでは100年しかもたない資源も人口が半分になれば200年もつし、人口が10分の1になれば1000年もつことになる。

人口が減ると、すばらしい世の中になる。広い土地、広い家にゆったりと暮らせるようになる。交通渋滞や通勤ラッシュは消滅する。

マグロ、カニ、ウニなど山海の珍味も手頃な値段で食べられるようになるだろう(笑)

牧畜や農業(有機農業を含む)は自然破壊の最たるものだが、その面積が縮小することで自然はよみがえる。

そもそも自然から逸脱した狂った存在である人間など、地球から消えてしまった方がいいのだ。

人間がいなくなれば、いじめから戦争にいたるあらゆるバカげたことが地球から消える。

ヤクザも珍走団もマフィアもカルト宗教も蛇頭もなくなってすがすがしい。

しかし、太陽の寿命でも尽きない限り、そう簡単に人類は滅びないだろう。

時間はかかるが、誰も何も傷つけずに、人類をゆっくりと消滅に向かわせる方法がただひとつだけある。

女性が子どもを産まないことだ。

故・千葉敦子は『ニュー・ウーマン』(1982年)の中で、「現在直面している問題の大半は過剰人口からきている」と指摘した上で、女性の生きがいを「子を産み育てる」という行為をのり越えたところに見いだして欲しいと言い、女性が子どもを産まないことによって社会に多大な貢献をすることができる、どうしても産みたい人は少なく産んで欲しいと述べている。

この意見には全面的にさんせいだ。

ギタリストで作家だった故・深沢七郎は「子どもを産むのは犯罪」(日経81年11月10日)と言ってる。人口過剰が「諸悪の根源」だとすると、たしかに子どもを産むのは犯罪的なことだ。

大竹愼一は『日経平均4000円時代が来る』の中で、家を持たず、子どもを大学に行かせないことが、日経平均4000円時代のサバイバルになるという主旨のことを述べている。しかし、これは結論としてはいかにも中途半端だと思う。

きっぱりと「家も子どもも持たないこと」と言い切ってしまった方がよい。子どもがいなければそもそも大学に行かせる必要がないからだ(笑)

日本は先進国で最も婚姻率が高く女性の有業率は低い。これは、戦後生まれの世代、特にウーマン・リブ世代と同じ「男女平等」の理念で成長した世代に、職業ではなく家庭に入ることを選択した人たちが多かったからだ。

世代として最もバカが多いのが、このいわゆる団塊の世代だということだ。

しかし、時代が進むと共にどんどん女性の有業率は上がり婚姻率は下がっている。出生率が低下するのはあたりまえであり、大正生まれの女性でさえ、高学歴・高収入な女性ほど晩婚もしくは非婚で子どももいないか少なかった。

札幌の女性の出生率は全国でも最低で、1を切っている。子どもを産まないことを選択する女性が最も多い都市に住んでいることを誇りに思う。

こういうわたしも、長い間、人間の成長にとって親になることは必要だと思っていた。

というのも、独身を通した叔父と、子どもを持たなかった叔母夫婦に、共通して欠落している部分があるのを感じていたからだ。

しかし、それは身近なサンプルがたまたまそうだったというだけだということに気づいたのである。人間的に立派な人の割合は、子どものいる人たちよりいない人たちの方が多い。

たいていの人は子育てに追われ、読書をする時間もないから無教養な人間になっていく。貧すれば鈍すで、人間的な感性まで干からびてしまうケースも多い。

教師だった母の「家庭訪問」の話から浮かび上がってくるのはそういう親たちばかりだった。

いまはさすがに非婚男女を奇異の目で見る人はいなくなったが、それでもまだ子どもを持たない女性を異端視する風潮は強い。

こうした風潮に対する最も有効な戦略は、極論を対置することだ。

すなわち、子どもを持つことを選択した人たちを犯罪者・キチガイ呼ばわりすることだ。

できてしまった子どもには、子どもを持つのは罪悪であることを教えるのが、親として最も重要な仕事だということをわからせる必要もある。

人口が減るまでには時間がかかるが、女性が子どもを産むのをやめれば、いじめや子どもの自殺、親の子殺しはすぐになくなる。

いわゆる途上国では非婚化と子どもを持たないことが女性の自立を促し経済発展のきっかけをつかむことになる。

破滅か繁栄かは女が子どもを産むかどうかにかかっている。

待っているのは食糧危機で人類が餓鬼のようになる地獄か、それともバラ色の未来か。






最終更新日  December 26, 2006 03:12:23 PM
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