投資の余白に。。。

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裏札幌案内

November 29, 2014
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カテゴリ:裏札幌案内
日本一の映画館が札幌にあることはあんがい知られていない。

ポレポレ東中野にも名古屋シネスコーレにも大阪シネ・ヌーヴォXにも行ったことがないが、あえて断言してしまう。札幌市北区北9条西3丁目タカノビルB1にある蠍座(さそりざ)は、いくつかの理由で日本一だ。

まず、椅子がすばらしい。フランス製の椅子を使っている映画館はほかにも知っているが、それらとは比較にならないほど座り心地がいい。3本続けて観て腰が痛くならない映画館などちょっと見当たらない。たいてい2時間もすると痛くなってくる。

椅子の脚を少し短く切って日本人に合わせているらしい。

ミュンヘンのガスタイクホールの1階席は音楽ホールの座席としては世界一の快適さを誇る。しかし背もたれの部分が低いので蠍座の勝ちだ。

もう一つの理由は珈琲がおいしいこと。ちょっとした喫茶スペースがあるので、合間などに珈琲カップで飲めるし紙コップで持って入ることもできる。この珈琲は斎藤珈琲という会社(天才的焙煎師だった創業者は2013年に亡くなり弟子があとを継いでいる)の豆を使っている。コンビニやスタバの珈琲と飲み比べるがよい。それらがドブ水に感じられるはずだ。

専門の喫茶店でも、この珈琲よりおいしい珈琲を出す店はまずない。

鎌倉でふと入った店の珈琲があまりにおいしかったので聞いたら、何と斎藤珈琲の豆だったことがあった。

三つ目には値段が安い。数年前に値上げしたが、1本900円、2本1400円、3本2000円で、60歳以上と学生はそれぞれ800円、1200円、1700円になる。

5本観るとスタンプで1本無料になるので、1本ずつ観たとしても6本4500円、つまり1本あたり750円で観られる。わたしはだいたい2本ずつ観ているので、12本で7000円、1本583円ということになる。これだけ安いと、同じ作品を繰り返し観ようという気になる。通常の上映期間は2週間だが、マイナーな映画は1週間、特に貴重な映画は3週間上映することがあり、スタンプでもらった券はこういう映画や2回観るときに使っている。

音響もいい。オーディオには一家言あるわたしだが、あの音は通常であれば1千万くらいかけなければ出すことができない。たぶん、その10分の1以下で構築していると思うが、そこらのジャズ喫茶は足下にも及ばない。

この四点で日本一なのだからもう勝負あったというところだが、支配人の田中次郎が発掘してくる上映作品が実にクールだ。

映画館は、かけたい映画をいつでもかけられるわけではない。フィルムレンタル料や配給権の問題などがあり、小さい映画館ほど制約が大きい。

そういう事情を知っていると、年間100本以上の映画を発掘してきて10年以上も映画館を運営するというのは神業に思える。

作品のラインナップから、田中支配人の好みの映画を上映しているとかんちがいしている人も多いが、「上映する価値のある作品かどうか」に選択眼がおかれている。だからもちろんその価値観のずれを感じることは皆無ではないものの、どの作品もそれなりに理由が納得できる。ハリウッド娯楽大作を映画館でみることは決してないが、もし蠍座で上映されるなら「観る価値のある作品だろう」と考えてみにいくだろう。

ひとつだけ価値観の隔たりを感じるのは、現代の日本映画への評価が少し甘いのではないかということだ。これには、やはり現代日本の映画監督に期待したいという映画館主としてのバイアスがかかっているのかもしれない。

日本で公開される映画は、商業的な理由と日本人に根深い反教養主義的風土の中で、非常に偏りがある。

あるときカンヌ映画祭の大賞作品を系統的に観たいと思ってレンタル店をまわったが、どうしても観られない作品がかなりあった。

そういった、外国では賞をとり有名でも、日本で劇場公開されたことのない映画はたくさんある。日本初公開のこうした映画が映画館では蠍座(のみ)で上映されることがある。

12月2日から上映される「昔々、アナトリアで」もそんな一本。2011年のカンヌ映画祭審査員グランプリを受賞したトルコのジェイラン監督の作品。

と、ここまで書いたところで悲報が伝わった。12月30日をもって閉館という。理由は館主のモチベーションの変化と経済的理由だそうだ。

あまりの偶然に言葉もないが、このブログを読んだ読者は、あと1ヶ月、日本一の映画館の最後の輝きに浴する幸運を得られたことになる。

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最終更新日  December 4, 2014 12:39:56 AM
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September 12, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
ゴルフや乗馬のために、わざわざ北海道に来る人がいる。それらの料金が安いので、旅費・滞在費をかけてもその方が割安なのだという。

イタリアンやフレンチも高級店なら東京の半額以下だ。2~3回通うと旅費の元がとれてしまう。

しかしこの店ほど「割安」な店は珍しいだろう。京料理をうたっているわけではないが、基本的には京料理を独自にアレンジしたものが多い。そして同じレベルの料理を京都で食べようと思ったら、少なくても5倍、場合によっては10倍ほどするにちがいない。値段を予想しながら料理を注文するテレビ番組があるが、もし一品ずつ客に値段をつけさせたら、最低でも実際の値段の倍にはなるだろうと思う。

この店にはメニューがない。お酒も瓶ビールと日本酒と焼酎が一種類ずつあるだけ。おまかせのコース4000円のみで、これは20年ほど前に初めて来たときと同じだ。

「楽味」という店名は作家の小檜山博の命名。この店はしばらく行方不明だった。名前を変えて移転、そして店主の病気で2年ほど休業していたという。元の名前で現在の場所にオープンして4年。ネット検索でやっと探し当てたが、そうでなければ見つけられなかった。

店は「あの店のこれが食べたい」という動機で決めることが多い。しかし、この店にはそうした「この一品」はない。何が出てくるかは行くまでわからないし、まったく知らない食材が使われていることも多い。常連客が山でとってきたキノコや山菜が並ぶこともあるし、珍しい食材を手に入れる独自のルートをもっているようだ。

だからこの店は「好き嫌いのある人」「食べたことのないものが苦手な人」には向かない。逆に、好き嫌いがなく珍しい食べ物に興味がある人なら破顔してしまうような料理が続く。

品数が多いだけでなく量自体かなり多め。女性ならもてあましてしまうかもしれない。また、以前と比べると料理の出てくるテンポが速くなったので、ゆっくり食べたい人はその旨言っておいた方がいいかもしれない。タバコを吸っている人を見かけたことはないが、灰皿があり禁煙ではないのでその点は注意が必要だ。

落ち着いた雰囲気の清潔な店内は、高級鮨店のような格式ばった雰囲気はなくくつろげる。女性同士ならともかく、男性同士で訪れるようなヤボは避けたい。また、こういう料理のすごさは自分で料理をしない人にはほんとうのところはわからないものなので、食べ歩くだけのグルメや知的好奇心のない人に教えてはならない。店主は料理については何でも詳しく教えてくれるので、その会話を楽しめないような人は客としては失格だ。

また店主は陶芸や陶芸家にも詳しく、繊細すぎず大仰すぎない器も楽しみのひとつ。

年に270日通った人がいるというほど、毎日ちがう料理が出てくる。いったい店主のアタマの中はどうなっているのかと思うほどで、歩く食材事典&レシピといったところだ。

珍しい材料の手のこんだ料理ばかりでなく、お刺身のようなものでさえ発見がある。最近訪れたときには、カツオの刺身が大きなぶつ切りで供されたが、生のカツオは薄く切るのではなくぶつ切りがおいしいのだという。なるほどその通りだった。

最近、食べログに二つめの紹介が投稿された。ラ・サンテという有名なフレンチの名店が円山にあるが、その店が目印になる。ラ・サンテから50メートルほど東にある建物の2階。営業は月~土の18時から。カウンターのみ8席なので予約は必須(当日可)。 






最終更新日  September 16, 2010 03:57:33 PM
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July 7, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
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2~3日の旅ならいいが、それ以上になると困るのが朝食。アジアなら早朝からでも新鮮な野菜や果物が食べられるが、日本や欧米ではそうはいかない。冷たいコンビニ弁当を食べるのがイヤなら、サンドイッチくらいしか選択肢がない。

それでも、ホテルの朝食ブッフェはまあまあだ。朝は6時台からやっているところもあり、宿泊客以外も食べられる。ランチブッフェとは比較にならない割高感さえガマンすれば、とりあえずバランスのよい食事をとることはできる。

しかし、それ以外となると大都市札幌でも厳しい。松屋やマクドナルドといったファストフード店か、二条市場や中央市場にある海鮮食堂しか選択肢はない。

200万都市札幌で、朝8時台にまともな朝食を食べられる場所は2ヵ所しかない。その一ヵ所がここ、道庁本庁舎の最上階にある「たかはし料理店」である。

写真は座席からの眺めと朝定食(350円)。道庁の中庭が広がり、右下には観光名所として知られる赤レンガの旧道庁のドーム部分が見える。ほかのメニューはだいたい600円台だが、この眺めを見ながらゆったり食べられる(朝はほとんど客がいない)のはお得感が強い。

ほとんどが女性スタッフでやっているようで、店の作りはなかなかセンスがよく、器もまあ気がきいている。料理は手作りの家庭的なよさがある。ただしホスピタリティを期待してはいけない。「ありがとうございました」や「いらっしゃいませ」といった言葉を聞くことはない。ここは北海道なのだ。

わたしが行ったときは、アジア系の、長期滞在者で常連客と思われる家族4人だけだったが、二日酔いの道庁職員がこっそりコーヒーを飲みに来るといった利用のされ方もしているようだ。

8時台から営業しているもう一軒は北海道大学北部食堂。ここの朝定食は300円で、やはり学生が主な顧客のためか「たかはし料理店」より内容は充実している。アラカルトも豊富。ニューヨークのデリのように、サラダは自分で自由に盛りつけて1グラム12円というシステム。

どちらも、観光客はおろか地元の人間でさえほとんど知らないが、北大くらい規模の大きな大学になると、各所に食堂があるだけでなく、ちょっと高級なレストランもあり、案外、穴場だったりする。

札幌の中心部は日本で最も人口密度の高い場所として知られている。ホテルの部屋が狭いのもそのせいだが、都心人口が増えることは確実。都心のマンションに移り住む高齢者は多いが、こうした人や出勤前のサラリーマンを対象にした「朝食ビジネス」はかなり有望ではないだろうか。







最終更新日  July 7, 2010 05:53:07 PM
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May 13, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
以前、「旅行人」の読者会に参加したとき、社会主義国を旅行するのが好きという女性がいた。なんでも、あるのに「ない」と言ってモノを売ってくれないとか部屋がないとか、冷酷な対応をされるのが好きなのだそうだ。マゾ趣味の一種なのかもしれない。

「自然一流 施設二流 料理三流 サービス四流 意識五流」とは、北海道の観光業界についてよく言われてきたことである。略して自然一流、サービス三流と言われることも多い。

小泉構造改革が始まった2001年以降、こうした状況はかなり改善された。陸運局や警察の窓口のようなところへ行っても、旧東ドイツのような木で鼻をくくったような対応をされることはなくなったし、民間においてはなおさらである。

しかし、減ってはきたものの残っている。サービス業従事者のサービス精神は、地方に行くほど欠落する傾向があるが、大都市札幌にもまだ残っている。いくらなんでも旧社会主義国ほどの冷酷なサービスを体験することはないが、冷酷とか冷淡というより、サービス精神の欠落程度なら体験は容易だ。

北海道旅行、札幌観光に欠かすことができないのが、こうした「サービス精神の欠落したサービス業従事者の言動」を、くだんの読者会の女性のように楽しむことである。これを楽しむことができるかどうかで、旅の豊かさは何倍にもなる。

悪趣味といえばいえるかもしれないが、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の主人公を見習うべきだ。ああいう風にすることで、苦痛で嫌な体験も「思い出」へと美しく昇華できる。あるいは、こうした体験を収集することで、ネガティブ版ヒミツのケンミンショーの材料、俗流文化人類学的素材を蓄積でき新しい発見もある。何より、あとで大笑いできる。
難しいのは、こうした状況に必ず遭遇できるわけではないことだ。愛想のない、もしくは悪い店主の店はやはりだんだんと淘汰されているし、売上が下がった店などは表面的な改善をしてとりつくろうようになるからだ。

「研修中」の札をつけた新入社員が増える春のこの時期は、往時を彷彿とさせる「四流サービス」「社会主義国的対応」に遭遇するチャンスである。これが夏を過ぎ、秋を迎えるころには先輩の教育が行き届いてしまい、「木で鼻をくくったような」対応をされる機会は激減してしまう。

喫煙率の高さなどを総合的に勘案した「県民度」では、北海道はかなり下位にくるものと思われる。北海道は、下級武士や食いつめて流れてきた難民が拓いた土地である。札幌はその難民の末裔が流入してできた都市だ。ヨーロッパの都市のように都市国家を起源とする都市とはその性格がまるでちがう。

それはともかく、こうした、昔ながらの四流サービスというか低い県民性を味わい楽しむ環境が整っているのが、多くの観光客が集まる観光スポットである。最近は中国人観光客が増えたため、四流サービスが復活する兆しもある。

そうした観光スポットの横綱格というと、やはり二条市場だろう。サービス以前にべらぼうに高いので地元の人間は決してここでは買い物をしない。カニを例にあげると、中央卸売市場に比べて同じ観光スポットなのに倍以上する。中央市場はかなり値切ることもできるが、ここは値切るとあからさまに嫌な顔をする。閉店時間に行ってディスカウント交渉という手は、ここでは使えない。

中央市場の最安値を二条市場で提示してディスカウント交渉する。たぶん、話にならない、とっとと帰れといったような対応をされるだろう。家電量販店とはえらいちがいだが(笑)、天気が悪く市内観光が思うにまかせないようなとき、二条市場を訪れて、こうした客あしらいの店による差異を楽しむのは一興だ。思いがけず対応のいい店に遭遇する可能性もないとはいえないので、そうすると楽しさ倍増である。

この市場の一角に「天勝」という食堂がある。朝からやっている食堂は都心でもほとんどないせいか、あるいは鮨を食べ損ねて観光客が入るのか健在だ。この「天勝」の店主などは、かつての「北海道サービス」をいまに伝える貴重な存在である。通りがかりに、もし疲れて不機嫌そうにたたずむオヤジが見えたら、迷わず入ることだ。子ども連れだと理想的。散々イヤミを言われるなど、生涯、決して忘れることのできない「思い出」を得られるにちがいない。グループで行って、全員がまったく違うメニューを、それもできるだけ手間のかかりそうなものを頼んで報復を待つ、という楽しみ方もある。

確実なのは、メニューそのままでなく、ちょっとわがままを言ってみることだ。これはどのような場合でも使える手なのだが、マニュアルにないことを要求してみるのだ。北海道のばあい、たとえば高級デパートのようなところでも、かなりの確率で「客なのに叱られる、怒られる」といった体験ができる。あるいは、愚にもつかない理由で断られる驚きを楽しめる。

黙っていても客がおしよせ商売が成り立つ、そういう場所は世界中どこでもサービスの質は落ちる。パリやヴェネツィアで上質なサービスは期待できない。だが欧米の場合、観光客からぼることに主眼がおかれている。中国人が経営しているような店を除いて、サービスは三流程度で終わってしまうことが多い。なかなか札幌のような四流サービスは体験できないものだ。

この「二条市場」「天勝」から徒歩圏内だと、「第三モッキリセンター」「香州」「三平」といったところが「無愛想」「客にタメ口」といった性格の違いはあるにせよ、札幌的四流サービスがよく保存されている。「香州」は老舗の中華料理店で、大衆中華としては味はまあまあなのに特に混雑時の対応は楽しめる。「三平」は味噌ラーメンの元祖として有名だが、閑散時と混雑時のサービスの落差に驚かされる。できれば両方訪れて楽しみたい。

小樽の鮨屋の対応に激怒した北杜夫の話は有名だ。激怒してしまってはせっかくの楽しい旅行が台なしだし、反省でもされて改善されてしまうとせっかくのローカル性が消えてしまう。北杜夫が激怒した店はつぶれたし、小樽の鮨屋の数は減り続けている。一律のファストフード店的サービスばかりになってしまってはつまらない。こういう土地、こういう民俗習慣なのだとおもしろがるべきなのだ。どうしても腹がたつなら、経営者を呼んで別室で苦情を冷静かつ慇懃に申し述べることだ。店内で大声をあげてもいいが、あくまでパフォーマンス程度にとどめるのが大事だ。食事代がタダになることもある。

鮨といえば完全予約制で会員制の「○鮨」という鮨屋がススキノあるが、ここのサービスも面白い。社会主義的計画=配給経済が実現されている。たとえば18時に予約すると、カウンターの客は一斉に同じネタを「配給」されて食べる仕組みだ。なかなか合理的なシステムであり、自分が客ではなくブロイラーにでもなったような気分が味わえて乙だ。

和食系の大箱の高級店に多いのだが、コースを頼むとどんどん出てくる店がある。これなどは開拓時代から培われた北海道民の勤勉さ、冬に備えて何でも早めに準備してしまう気質をあらわしているのだろう。ゆっくり食べ、さめたお吸い物や揚げ物を味わうとき、ブリザードが吹きすさぶ冬の景色が口の中に広がっていく。さむい。

しかし不思議なのはこうした四流サービスの担い手が女性に多いことである。外国でも同様な傾向がある。本州ではあまり体験したことがない。たぶん北海道は日本ではなく外国なのだ。他のデパートをすすめたことで人気を呼んだアメリカのデパートを描いた映画があった。同様の経験は札幌でもときどきする。

バカ正直ということだが、こうした正直さをバカにする勇気はわたしにはないし、四流サービスの源泉の一つがこのバカ正直である可能性については考慮しておいた方がいいだろう。






最終更新日  May 13, 2010 04:43:42 PM
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April 17, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
この連載はこの店から始める予定だった。そうしなかったのは、この2年、道路拡幅にともなうビル建て替えのため、休業を余儀なくされていたからだ。

15日の再オープン当日にさっそく行ってきた。

地下鉄札幌駅から南北線で2つ目に「北18条」という駅がある。北大教養部(当時)が至近の駅で、このあたりは北大生や近くの女子大生向きの店が点在している。

30年以上前、この地域では珍しく夜12時をまわっても営業している店があった。ポツンとあかりがともっていてそこだけあたたかい感じがした。あんどんには「軽食・スタンド ベル」とだけある。喫茶店なのだろうか、それにしては深夜に及ぶ営業はいぶかしく、前を通り過ぎるだけだった。

その店は2階にあった。通りに面して細長い店の作りで、ある時は窓際までびっしりの客がいるかと思うと、まったく人の気配を感じないこともあった。客であふれているらしいときは、店の周囲に呆れるほど多くの自転車が放置されていたから、北大生が集団でコンパをやっていたのだろうと思う。

そういう時は避け、ひと気のなさそうな深夜におそるおそる行ってみた。1980年当時は、もの静かなマスターがひとりでやっていた気がする。ひとり女性がカウンターの中にいたこともあった気もするが、そうだとするとあれは先年亡くなったマスターの奥さんだろう。

先客は若い女性二人だったのを覚えている。ひとりは結婚間近で、もうひとりは絶世の美女だった。はきだめに鶴と言っては失礼だが、「昭和」の小物が並べられたお世辞にも洒落たとは言えない店にこんな美人がという驚きは30年たった今も鮮烈だ。あの時代はそういうことがよくあった。それがバブル以前の日本のよさだった。

あの時会った彼女ほど美しい女性をその後見たことはないが、いまは細かく棲み分けができてしまって、意外性のおもしろさはこうした日常からさえ消えた。

築50年くらいたっていそうな建物の、ゆがんだような階段をあがると左側にその店はあった。その崩れそうな階段をのぼる緊張感と、中に入ったときの安心感の落差がこの店の楽しさの一つだったので、それがなくなってしまったのは非常に残念だ。当時はたしか席料が100円でお通しが出て、ポップコーンが食べ放題。食べ物は持ち込み自由、飲み物もわずかの持ち込み料を払えばOKだった。再開された新店でも同じようなシステムは踏襲されている。

昭和そのものを体現したかのような店のたたずまいはリニューアルオープンで失われてしまったが、この名物マスターがいる限り「ベル文化」は健在だ。

以前と違うのは、昼間も営業するようになったことだ。昼間は近くで「エル」という喫茶店を経営していた女性が店を切り盛りすることになった。この女性がまた懐かしい感じのする人で、人生の半分以上を「昭和」の時代に生きた人だけが持つオーラを放っている。

北大出身者が親になり、息子や娘が北大に入る。そうすると、札幌に行ったらこの店をたずね、困ったことがあったらこのマスターに相談するといい、そんな風に子どもに言い含める親がけっこういるそうだ。2年のブランクで、そうした脈が途絶えてしまわないか心配だが、オープン当日の花やご祝儀の山を見る限り、そうした心配はなさそうだ。

唯一の心配は最近、酒をやめたというマスターの健康である。妻に先立たれた男の余命は5年と言われるが、その年数を超えた。深夜の労働は過酷な年齢になってきた。

だから、毎週のように行くにしても、早めに帰ることにしよう。当分は夜12時までの営業ということだが(火曜定休)、10時には切り上げたい。

この店はカウンターの常連客がおもしろい。一日300キロを自転車で走る美女と知り合ったのもこの店。30年前に同席した絶世の美女の消息もマスターから教えてもらうことができたが、こういう「奇跡」は、このマスターのどこか仙人のようなキャラクターなしには起こりえない。

繰り返すが、この店にとっての最大の不安はマスターの健康である。酒はやめたのにタバコをやめる気配がないのが最大のリスクだ。

以前の店の印象があまりに強烈なので、あえて新しい店の写真は載せない。こじゃれた店になってしまったので、大学生が地べたに座って酒をくみかわすような光景はもう見られないだろう。というか大学生は酒を飲まなくなったから、これからは中年から初老に差しかかった「元大学生」が以前とは段違いに高級な酒を持ち込んで飲む光景が主流になるのかもしれない。

軽食・コーヒースタンド BELL は北区北19条西4丁目(西向き、小泉学生マンション1階)。






最終更新日  April 17, 2010 01:21:19 PM
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April 2, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
「立久」や「BBQくにむら」は検索してもほとんどヒットしないが、「ゆりや食堂」はたくさんヒットする。しかしそれでも、この店を知る人は限られる。だから、もし非札幌人がこの店を知っていて、札幌人にこの店のことを話したら「札幌通」と驚かれるにちがいない。

気をつけなければいけないのは店名。ゆりやであってゆりあではない。ゆりあ食堂で検索してもたくさんヒットするくらい、まちがえる人が多い。

数えてみるとこの32年で4回、この店を訪れている。変わったのは値段だけでほかは何も変わっていない。創業は1946年というから64年になるが、きっとそのころからあまり変わっていないのだろう。ただ、創業当時は食糧難の時代。米飯のメニューはあったのだろうか、などとつい考えてしまう。厨房にいる高齢とおぼしき女性もまだ80代にはなっていないと思われるので、そのころのことを知っているかどうかはわからない。

かつて「うどんそば屋」という大衆食堂の一典型があったらしい。戦前の話である。その流れをいまに伝える店というのは、地方にはあるのだろうが、札幌のような大都市では珍しい。得意分野に特化するか、経営者の高齢化と共に消えてしまった。

しかしこの店のような「生蕎麦」ののれんや看板を出していながら、実際はカレーやチャーハンもある大衆食堂というのがかつては一般的だった。駅前には必ずこういう店があり、早朝でものれんがかかっていたりすると、なぜかほっとしたものだった。

この店の一押しはラーメン。1978年に初めて食べたときは200円台だったと記憶するが、現在は430円。観察していると、客の7~8割はこれを食べている。1970年代からのラーメンブーム、いわゆるご当地ラーメンブーム以前のラーメンであり、昭和30年代に食べたそれとほとんど変わっていないと思う。鶏ガラベースの薄いしょうゆ味で、戦後すぐの焼け跡の屋台で食べられていたトンコツ味とは似て非なる味と想像される。食糧難の時代が終わり、もはや戦後ではないと言われたころ、やっと外食ができるようになった時代に口にしたラーメンの味はこういうものだった。

なるとが二枚、ノリ、チャーシュー、シナチク、ネギというシンプルな具。昭和30年代は麩を入れることも多かったしチャーシューは脂の部分の方が多かった。そういう細部の違いはあるにせよ、このラーメンほど昔と変わっていないのは全国的に見ても珍しいのではないかと思う。何せ化学調味料が普及する以前の味を今に保っているのである。

店の人たちは、愛想もなく淡々としている。これも昭和30年代風、そしていかにも北海道的で心地よい。関西でよく遭遇するような愛想の裏に底意地の悪さが見えるのとはちょうど反対で、愛想のなさの奥に正直さ公正さが見てとれる。一方、地元の自民党系市会議員のポスターが貼ってあったりするアナクロさに至っては感涙ものだ。

お昼時は異常に混雑する上、ひっきりなしに出前の電話が入る。平日なら二時すぎがすくし、土曜日は比較的すいているような気がする。都心から2キロ弱、観光スポットのひとつ裏参道の入り口近くにあるので、ぶらぶら歩きで行くのにちょうどいい。狸小路をつきあたりまで歩き、プリンスタワーのある石山通りを右折、電車通りに沿って歩くルートがおすすめ。

今回は土曜の2時すぎに訪れてみたが、さすがにこの店の「通」とおぼしき客の姿が目立った。ある夫婦はもりそば2枚とカツ丼を頼み、カツ丼を半分ずつ食べていた。あのラーメンの誘惑を断ち切り、こうした頼み方ができるのには、よほどの年月と修行が必要にちがいない。ゆりや食堂のラーメン以外のメニューについて蘊蓄を語ることのできる人がいたら、わたしは無条件でその人を尊敬するが、ソウイウヒトニ ワタシハナリタイ。

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最終更新日  April 3, 2010 02:48:24 PM
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March 3, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
この店がいいという噂を初めて聞いたのは1982年のこと。この店の近くにあった別の靴屋でアルバイトをしていた友人が「あの店はすごい」と言っていた。

そのころは靴に興味がなかったので、何がそんなにすごいのかと思ってそれきり忘れていた。

わたしはスキーでケガをしたため、左足が弱い。旅行に行くと、いつも左足だけ靴擦れを起こす。つるのもいつも左足だ。靴底の減り方も左右均等ではなく、左足が減る。だから安物の靴だとすぐにダメになる。

それでもスポーツショップでそこそこの靴を見つけてしのいでいたが、一日20キロのウォーキングを始めたとたん、すべての靴が欠陥品になった。特に困ったのが冬用のウォーキングシューズである。スーツにも合わせることができ、しかも酷使に耐える靴。そんな靴を見つけるのは絶望的に思えた。

絶望的に感じたのは、商品知識のある店員がいなかったからだ。素材がどうだとか、スペックを語る店員はいた。しかし自分で使ってみたこともなければ、利用者をモニターするようなこともしていない。靴全般に関する経験値が圧倒的に不足していると感じた。あえて言えば、靴を愛していない店員ばかりなのだ。靴屋はなぜか若い店員しかいない。

こういう店員は、最後には決まって「売れている」というフレーズを口にする。

日本人は他人が買っている商品なら安心と考える傾向があるようで、こういえば買う決心をする客が多いのだろう。だから、最後の決めセリフに言うのだ。

しかし、わたしはたくさんの人が買っているなら、まずそれはダメなものだろうと思うことにしている。どんなものでも、いいものがわかるのは「選ばれた」少数に決まっているからだ。

絶望し困り果てたとき、ふとこの店のことを思い出した。ダメ元で行ってみることにした。

たくさんある靴を見ても、どれがいいかなど靴の素人である自分にはわかるわけがない。わかるわけがないから、近くにいた店主とおぼしき老人に「カクカクしかじか、これこれ」と話してみた。そうするとその老人は数秒考え、店の奥の方、たぶん倉庫に入っていき、数分後、一足の靴を持ってきた。

足の形というか、サイズが少し合わないが、「あなたの用途にはこの靴がいちばんいい」と言う。こういうケースでは、何種類か用意して客に選ばせるというようなことをするものだが、そういうことをしない。

まあ、注文靴でもない限り、足の形が合わないのはしかたがない。これが限界なのだろう。厚い靴下をはくとか、インソールを重ねるとか工夫をすることにして、だまされたと思って買ってみた。

驚いた。それまでの靴とは、値段はさほど変わらない、むしろ安いくらいなのにまるで別物だった。履くほど、使うほどに足になじみ、厳冬期でもあまり滑らない。この靴にしてから冬に転倒する回数は激減したが、単位歩行距離あたりに換算すると百分の一くらいに減少した感じがする。

名取川靴店おそるべし。というより、この「クツリエ」「シューリエ」とでも呼ぶべき老店主おそるべしと思った。それ以来、わたしはこの人をひそかに「マエストロ」と呼ぶことにした。

この記事のために潜入取材を試みた。70代後半とおぼしきマエストロは健在だった。店がヒマな時間帯に行ったが、立ったまま新聞を読んでいた。この数年で少し背中が丸まった感じがするが、顔色はよく、健康そうだ。客に愛想笑いをする商人タイプではなく、無愛想に感じる人が多いだろうが、商人で大事なのは愛想ではなく眼力である。特に靴のような実用品、少量他品種の商品を扱う商人は、みなこのマエストロのようでなければならない。

札幌は200万都市である。200万都市で最高の靴店は、たぶん世界でも最高クラスと考えていいはずだ。札幌を訪れてこの店を訪れないのは、ニューヨークに行ってメトロポリタン美術館を訪れないのと同じくらい愚かなことと言わなければならない。

腰痛は冬に出やすい。冬に札幌の整形外科を訪れると、雪道で転倒して骨折した観光客の多さに驚く。

札幌には「雪まつり」という一大観光イベントがあり、約一週間の会期中に沖縄の年間観光客の半分以上、札幌の人口より多い観光客を集める。この観光客の千人に一人が骨折するとして、数千人が骨折する。調べたことはないが、もっと多いはずだ。

わたしが札幌市長なら、名取川靴店で買った靴で転倒して骨折した人以外は、健康保険は適用されないという条例を制定するところだが、この店は、転倒防止のためのピン打ちを格安でやっていることでも知られている。

冬に札幌を訪れたなら、何をさておいても、まずはMKタクシーで狸小路2丁目にあるこの店に行き、ピン打ちをやってもらい、「一生もの」の冬靴を手に入れることだ。

わたしの心配はこのマエストロがいつまで店に出ているかである。もう、靴探しなどという消耗なことに人生を浪費したくないからだ。後継者が育っていることを祈るしかないが、育っていないリスクを考え、この春までに一生分の靴を「マエストロ」のアドバイスで買っておくつもりだ。ちなみに、取材時点では30代と40代とおぼしき男性店員の二人がマエストロの「弟子」しかも「高弟」ではないかという印象を、その顔つきから持ったが、手腕については未知数である。

なお「名取川」という名の靴店は他に数カ所ある。たぶん系列店だろう。しかしマエストロがいるこの店は中島みゆきの歌のタイトルにある「南三条」側にある。地下鉄にさえ乗ってしまえば、雪道を歩くことなくこの店にたどりつける。RIMG0244.JPG






最終更新日  March 4, 2010 12:22:15 PM
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February 12, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
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店名はたちきゅうと読む。たつひさではない。店の前には「なんぽろジンギスカン」の幟、のれんには「ラーメン、居酒屋」、ドアには「招待制」の札というわけのわからなさ。通りすがりの客は絶対に入らないと断言できる。

実際、わたしも約20年ぶりに訪れたが、入るのを10秒ほど躊躇したほどだ(笑)

ここから10歩ほどのところに観光客が行列を作るさっぽろラーメンの店があるが、その観光客の誰もこの店に入ろうとは思わないだろうし、入った者もいないだろう。

ガイドブックや食べログを鵜呑みにして寒空の下で行列を作るこれら観光客を尻目にこの店に向かうのは、いささか特権的な、ちょっとした優越感に浸る瞬間である。

たとえばライターならこの店のことをどう書くかと考える。

新宿ゴールデン街にありそうな、というような言葉を使うにちがいない。思わず使ってしまいそうになる。しかし、こんな店はゴールデン街にはない。

ゴールデン街にもないような、という言葉もつい使いたくなる。狭くて雑然としているのに文化人や知識人が集う、韜晦(とうかい)な空間を「ゴールデン街的」という言葉で表すのは簡単でいい。しかし、それでは何となくわかったような気がしてしまう。

ゴールデン街という言葉をどうしても使うなら、ゴールデン街にありそうで、しかもゴールデン街にはないような店、というのがいちばん事実と真実に近いと思われる。
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店内は三つの部分に分かれている。

入ってすぐ右はジンギスカンもできる7~8人分のスペース。

入り口のすぐ左はわたしが「特等席」と呼ぶ、早い者勝ち、そして常連客がほぼ占有するスペース。ここもマックス8人は座れるので、空席があれば相席で仲間に入れてもらえる。

さらに左奥には、長いテーブルがあって10人以上が入れるスペースがある。実はここには足を踏み入れたことがないのでレポートできない。

20数年ぶりに訪れて驚いたのは、店内の昭和30年代的ともいえるデコレーションが強烈にパワーアップしていたことではなく、客層のよさである。昔は、といってもこの店の歴史では初期ではなく中期にあたるが、マスコミ関係者がけっこう多かった。オープンして40年という長い年月のうちに(その中には店主の病気による休業期間も含まれる)、常連客の年齢層が上がっただけでなく、こういう店のよさと希少性を理解できる人たちだけが残ったという気がする。初対面の相手とも胸襟(きょうきん)を開いて語り合うことのできる人、店のドアを開けた瞬間に俗世でまとっている鎧兜(よろいかぶと)をあっさり脱ぎ捨てることのできる人だけが残ったのではないだろうか。

店はAさんと奥さんの二人で切り盛りしている。Aさんは今年70歳だという。このAさんが作る昔から有名だった少し辛めのモツ煮とカレーは健在で、初めての客はこの二つの「洗礼」を受けるのがお約束になっている。そして、特にこのカレー、何の変哲もない、ちょっと辛いだけのカレーが、この店そのもののようにクセになる味なのだ。何度かマネして作ってみたが、やはり遠く及ばない。たぶん、辛さを出すのにレッドペッパーではなく一味を使っているのだと思う。

営業は火曜から金曜までの週4日。そのせいか、火曜と金曜に常連が集中する傾向があるようだが、長い歴史を持つ店らしく札幌を訪れたときに来る遠方からの客など、常連と言っても幅が広く多彩で、今度はどんな人に遭遇するかと思うと興味が尽きない。

値段は書いてないのでよくわからない。ホワイトボードに書いてあるだけでメニュー表もない。しかし、安くて驚いたことはあっても高いと思ったことはないのでかの「金富士酒場」や「第三モッキリセンター」で飲むより気楽だ。酒や焼酎にこだわりがあって銘酒に出会えるわけではないが、キリン一番搾りはいつも新鮮だ。

この店のような店を知ると知らないでは人生の豊かさに大きな差が出る。というのは、20代までならともかく、就職して結婚でもしてしまうと狭い世界の人間としか出会わなくなるからだ。たとえば、ある程度の年齢の女性がひとりで飲みにいって不自然ではないというか、偏見を持たずあたたかく受け入れてくれる常連客が圧倒的多数という店は世界遺産よりも少ないだろう。

立ち飲みではないがスペインの「バル」のような役割を、それも大歓楽街ススキノのど真ん中で果たしているという点においてのみ、新宿ゴールデン街のような、という形容があてはまるかもしれない。

運よく客が少ないと、Aさんが「特等席」に来てさむいギャグを披露してくれることもある。昭和の時代によく聞いたギャグに古きよき時代を思い出すが、平成しか知らない世代が逆に新鮮さを見出すかどうかは知ったことではない。

場所は東宝公楽の南側、チャーシューの入らないラーメンで知られる「欅(けやき)」の路地にある。夕方6時に黄色い大きな看板が点灯するのですぐわかる。
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最終更新日  February 14, 2010 10:22:24 PM
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February 3, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
札幌は都心や郊外はつまらないが都心の周辺部がいい、昔ながらの建物が残っていたりする、とあったのは本多勝一「北海道探検記」だっただろうか。

たしかに、バブルのころまでは、開拓時代のアメリカを思わせるような洋風の木造建築があちこちに残っていたし、いまも少ないが残っている。

店も似た傾向があり、都心でも郊外でもないような微妙な場所にいい店が多い。そしてそういう店は、観光客はもちろん、地元の人間も案外知らない。

この店もそんな店の一つ。札幌駅北口で10年、地下鉄北12条駅すぐの今の場所に移転して5年というから、地元に根付いているといえるが、知る人は限られる。

住所はあえて載せない。東京で有名なとあるタイカレー屋の味によく似た、しかしそのカレー屋よりおいしいと評判のスリヨタイというタイカレー屋があるが、その店と同じビルとだけ書いておく。

旅で困ることが多いのが夕食、特にお酒を飲みたいときの店の選択である。

「吉田類の酒場放浪記」に出てくるような居酒屋は一見客は敷居が高い。男のわたしでさえそう思うのだから、女性はなおさらだろう。だいたい、賑やかな店でひとりぽつんと飲んでいるとよけいに孤独を感じる。

居酒屋は日本酒や焼酎がメーンでワインやウィスキーはあまり揃っていない。かといって、イタリアンやフレンチは気楽にひとりで入ることのできる店は少ない。

わたしは家ではまずビール、次にワイン、最後にバーボンというような飲み方をするが、その都度、飲むお酒に合うものを用意する。しかし、外では絶望的に難しい。

その絶望的に難しいことが可能なのがこの店。ビールは何にでも合うが、ワインは食べ物との相性が難しい。店主はワインと食べ物の相性に詳しく、思いがけないものを提案してくれたりする。シャブリにはさよりの干物をすすめてくれたが、驚くほど合っていた。

シャブリにさよりの干物を合わせることのできる店は、世界的に見てもここだけではないだろうか(笑)

そういうオリジナルな「発見」をできる店主のいる店というのが、案外ないものなのだ。

何度も行ったわけではないので、メニューについてはよく知らないし覚えていない。しかし、うちのこれはこの産地の・・・みたいなこだわりはないのが疲れなくていい。メーンはやはり炭火の焼肉、それも店名の由来になっているラム肉なのだろうが、どれもハズレはなさそうだ。お通しに出た白菜の漬け物など、多分手作りだろうが塩加減と発酵具合が絶妙だった。

白菜の浅漬けは自分でもよく作る。こういうものが案外難しいのだ。

ここのラム肉は焼いていても全く煙が出ない。脂肪分をほとんど落としているので、服や髪に匂いが移ったり脂っぽくなったりすることがない。だからフォーマルな服装のときでも気にせず焼肉を食べられる。

これは実際上、非常にポイントが高い。

ちなみに、脂肪分やアルコールの大量摂取で急性膵炎になることがある。急性膵炎とは膵臓そのものを膵液の酵素が消化してしまうという恐ろしいもので、重症化すると1割の人が死ぬ。重症化しなくても数ヶ月の入院を余儀なくされるケースがほとんどだ。

だから30歳すぎたら静かにグラスを傾けながら肉をつつく、というような飲食の仕方が大事なのだが、「くにむら」のような店は稀だ。

わたしは生っぽい肉が好きなので、ローストラムをよく食べる。ローストラムといえば、サントリー主催のパーティで故武満徹が珍しがってよろこんで食べていたのを思い出す。しかしあのときのラムはひどいものだった。ラムは特有の匂いを嫌う人が多いが、嫌う人の気持ちがわかるようなローストラムだった。

しかしこの店のラム肉はローストだろうがしゃぶしゃぶだろうがほとんど臭みがない。

店主は50歳というが、学生ぽさを残している不思議な50歳である。倉敷出身で北大に入り、卒業後もそのまま札幌に住んでいる。北大出身の居酒屋店主というのは、昔はいたが、今は珍しい。かの恵迪寮出身というのがヒントかもしれない。全国から入学者がやってくる北大出身者らしく、札幌や北海道の特異性を気づかせてくれる面白い視点で話をしてくれるが、これがお酒を飲みながらの話にはちょうどいい。

「秘密のケンミンショー」というテレビ番組があるが、あの番組を面白いと思い、もう少し突っ込んだ内容を面白いと思う人なら、目からウロコの話がいくつも聞けるにちがいない。

北大出身なのに居酒屋をやっているのには、何か物語があるにちがいない。中退者なら俳優の斎藤歩のように、面白いことをやっている人は珍しくないのだが、ちゃんと卒業証書をもらったのに隠れ家的居酒屋をやっている背景には、屈折した人生のドラマがあると思われる。

ほかの街に行ったときも、この店のような店があるといいと思う人は多いはずだ。ひとりで旅をしたとき、静かにゆっくりお酒を飲むことができて、食事もできる。気取りすぎていず、大衆的すぎもしない。たまたまヒマなら店主とも話せる。自分の中にそういう店のスタンダードを作るのに、この店を経験しておくのは有意義だと思う。

札幌での夕食というとビール園か、せいぜい「だるま」でジンギスカンという観光客は多い。しかし、札幌ビール園は、建物の雰囲気はいいが、テーマパークのようなもので味は絶望的にひどい。地元の人間は、客のお付き合いで行くことはあっても自発的には決して行かない。

ビールやワインを飲みながら静かにジンギスカンを食べるという、およそ不可能なことができるのがこの店であり、30代以上の女性やカップルにとっては居心地のいい店だと思う。

わたしくらいの歳になると、メニューの細かい字を読むのが面倒になってくる。こちらの希望を言うと、適当に出してくれるような店がいい。そういう店主のいる店というのは和食店に多いが、あいにく和食店はワインの品揃えが絶望的でしかもワインについてよく知る店主は皆無なので、ワイン好きはどうしても足が遠のいてしまう。

大衆的な居酒屋に比べると値段はやや高めだが、それがいい、というか、そういう店にいい店が多いという「勉強」にもなる。高い店でも安い店でもなく、少し高めの店。そういう店を選ぶことで、格段といい体験ができるものなのだ。

大事なのは絶対的な価格ではなくコストパフォーマンスである。

大通駅からは二駅、札幌駅からは一駅なので、まちがって都心に宿をとっても、ブラブラ歩いて行ける距離にある。ちなみに、大観光地である札幌はホテル事情が貧困で、都心のホテルは高いだけでなく狭い。

どの街でもそうだが、店と同じように、都心から少し離れた、ツァー客があまり泊まらないようなホテルをとるといいことが多い。

この店の近くにもそこそこのホテルがある。ひとり旅ならじゅうぶんだし、地元の人間も、飲み過ぎたとき、終電を逃したときなどは重宝する。北大がすぐ近くなので治安は悪くないし、静かで落ち着いた雰囲気がある。早朝の北大散歩など、季節のいいときは最高に気分がいい。

蠍座という名画座も近いし、学生向けの飲食店やスープカレーの店なども多い場所なので飲食に困ることはない。

四半世紀ほど前、この近くに住んでいたことがあるが、そのころから環境はよく便利だった。こう書いてきたら、このあたりに住みたいという気持ちがふつふつとわいてくる。

それにしても、つくづく思うのは店は料理ではなく店主で選ぶべきだということである。ひとりでいたいときは放っておいてくれて、関心のあることをきいたら的確に答えてくれるような接客のできる人というのはほんとうに少ないものだからだ。

この店主は演劇にも詳しいようなので、地元の劇団のおすすめを教えてもらった。そういうことが、人生にどれだけプラスになるかはかりしれない。RIMG0005.JPGRIMG0010.JPG






最終更新日  February 6, 2010 06:18:24 PM
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February 1, 2010
カテゴリ:裏札幌案内
新年を期してスタートするつもりだった新企画。1ヶ月遅れたが、そのせいでおもしろい店の紹介から始められることになった。

旅行は好きだが、観光は好きではない。観光客も観光客相手の商売をしている連中も嫌いだし、観光客と見られていいことは何もない。それに、名所旧跡を見たからといって何がわかるのか。

北海道はゴールデンウィークになると観光客がぐんと増える。クラーク博士の像や時計台、ラーメン横丁の入り口などで何度写真を撮ってやったかわからない。そしていつも思う。こんなものを見ただけで、いったい何がわかるのかと。そして何が面白いのかと思う。

しかし外国や知らない町に行くと、ガイドブックをなぞっている自分に気づく。そのたび、いけない、また観光客をやってしまったと反省する。

たしかに短い日数なら、主な見どころをまわるだけで終わってしまう。しかし観光などしなくても、その街で人がどんな言葉を話し、どんな暮らしをしているかをかいま見る方が、つまり「現地人体験」をする方が何倍も、いや何十倍も印象的な体験となって記憶に残るだろう。

そういうことをわかった人が増えているから、クルージングや体験型旅行をする人が増えているのだろう。

人間は記憶の束である。思い出の束と言ってもいい。人生は、どれだけ記憶に残る思い出を積み重ねることができるかで決まる。そうでない人生は虚無だ。無ではない、虚無なのだ。

旅こそは記憶と思い出の重要な柱を占める。日常のルーティンではないからこそ記憶に残るのだ。逆に言えば、旅に出なくても、日常のルーティンから離れることさえできれば、思い出と記憶を蓄積できる。

トラベルの語源はトラブルであり、トラブルこそが記憶と思い出の重要な部分を占める。トラブルという言葉が強ければハプニングと言いかえてもいい。ハプニングが起こりそうな、つまり想定外のことが起こったり思いがけないものや人に出会ったりしそうな場所に出かける、それを旅というなら、人生は旅であるべきであり、旅でない人生は生きるに値しないとさえいえるだろう。

以上のような単純で明快な真理を理解しない人間の、本ブログへのアクセスを禁じる。







最終更新日  February 1, 2010 03:35:24 PM
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