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10月23日。温泉から出てきた瞬間に大きな揺れ。
何か大げさな感じもする悲鳴。宿の人々が全速力で客室の安全を確認する。逃げるとか逃げないとかじゃなくて、そんな大きな地震を前に正確無比な判断を下せる人間なんているんだろうか。おさまった後に、落ち着いた振りをして、いや~素っ裸で合わなくてよかったね、なんて冗談をいうことしかできない。 テレビをつけると有事の緊急事態宣言。新幹線が脱線。 旅行の帰り、友人のメールでその知らせを聞く。 家に帰りメールをチェック。ネットニュースを検索する。 今まで目にも留まってこなかったような、アメリカでの日本人の事故のニュース。ただいつもと違っているのはその名を知っているということ。 でもそれはネットいう仮想現実の世界の記事であって、現実感なんて微塵もないんだ。 新潟中越地震で生き埋めになった2歳の子供が奇跡の生還。朝の通勤ラッシュで新聞を広げ、救助隊に抱えられ救出される子供の写真を、目にする。兄弟とその親は死亡。どうして助かる命と助からない命があるのか。自分ではどうしようもない力がそこには働いている。それは間違いない。 11月に入り、自分と同い年の青年がイラクに入り、テロリストに殺害される。遺体は星条旗に包まれ、首はなかったという。自分探しの旅だったんだろう、と人はいう。自己責任だと糾弾される。そこでは、彼がイラクに入るまでに考えたであろう一切合財はないがしろにされる。恐怖も諦めも若干の希望も、伝わることはない。残された彼を知る人々に、想像されるだけだ。 以前から楽しみにしていた、ゆずのライブに行く。行かないべきなんじゃないかとも、迷った。でも結果的には行くことにした。彼女の好きだったらしい曲を聴いた。なんだかいつもよりも、命を扱った曲が多いことに改めて思い至った。 トリビュートCD作成のために、かなり久しぶりにつくばに行った。記憶にあるとおりの肌寒さが心地よい。思ったほどには命題の話には及ばなかったところもあって難しかったのかもしれないけれども、久方ぶりの会えた人の近況も聞けて有意義だったと思う。ただ、将来的な話に関しては、危機感みたいなのがないわけじゃないけれど、まぁ俺なんかが考える以上のもの(「糸」みたいなもんだ)がそこに存在しているんだろうと、そう思うことで解決している。 でも昔の写真なんて見ても、現実とうまくつながらなかったりする。 そして今、友人のページを読んだ。 そこには及びもつかないショックがあったことは想像にかたくない。でもそれを、前向きというか、友人らしく、言葉にしている。不謹慎かもしれないけれど、素敵だなと思えた。 自分の記憶の中の彼女の生命力に溢れた姿。死とは全く無縁の。いつか会えるだろうが、もう会えないに変わる。だから一回の出会いを大切にしなきゃいけないし、いつでも会えるといって、忙しさにかまけて、「会える」ことを怠るべきじゃない。そして、いつ死んでもいいや、なんて考えている今の日常を、彼女を見習って変えていかなきゃいけないんだろうと思う。・・・でもなんだろうね、こういうのって。。 今は、いつかヨセミテ公園に花でも持っていければいいな、なんて思っています。それがみんな大勢だったらなおよいね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2004年11月07日 23時23分16秒
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