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ワルディーの京都案内

2016/02/01
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カテゴリ:美術・博物館
2016年2月1日(月)】

 朝、次女を送っていったとき外気が6度だったのですが、昨日が暖かだったので、けっこう寒いと感じました。

 今日は家内も含め、散歩以外は外出なしで家でのんびりでした。昨日お墓まいりで三味線の練習をしなかったので、今日は長めの練習。なかなか様になってきたのではないかと思います。京都検定の勉強で、録画したままになっていた京都関係の番組も少しずつ見始めています。


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フェルメールとレンブラント展 #12

昨年の12月19日に家内と京都市美術館に観にいった「フェルメールとレンブラント展」の作品を、ネットの情報を使って紹介しています。


【2】オランダ黄金時代(続き)

【2-7】風俗画家たち(続き)


●作品45 ハブリエル・メツー《食卓の男女》
     1655-58年頃 アムステルダム国立美術館


男女がテーブルで食事をともにしています。女性はおそらく召使いで、青いエプロンを身につけ、小さな財布と貯蔵室の鍵を紐で腰に吊しています。彼女の左こめかみには、おしゃれのための付けぼくろが貼ってあります。男性はテーブルの端にあるグラスが傾かないように右手を伸ばしていますが、不意をつかれたようなぎこちない反応に見えます。

45.jpg


●作品46 ハブリエル・メツー《ニシン売り》
     1656-58年頃 アムステルダム国立美術館


若い女性が老女に商品の良さを示しています。老女は古いぼろぼろの服をまとい、彼女の家は今にも崩れ落ちそうになっています。老女とその背後にある家の灰色じみた黄土色の色調は、魚売りの女性の明るい装いと強烈なコントラストをなしています。

46.jpg


【ハブリエル・メツー】
《食卓の男女》《ニシン売り》を描いたハブリエル・メツーは、水差しで飲み物を注いだり、水差しを持った召使いを伴い室内で戯れる恋人たち、また行商の女性を数多く描きました。1654年、彼はアムステルダムに居を移し、ヨハネス・フェルメールから影響を受けました。フェルメールからは、明るく冷たい色調と、茶や青のオーバースカートを履いて家事をする女性や、毛皮で縁取ったサテンのローブを着て室内にいる女性を主題に選ぶことを学んだそうです。


●作品47 ピーテル・デ・ホーホ《女性と召使いのいる中庭》
     1660-61年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー


若い召使いが屋外ポンプのそばで身をかがめています。鉄の料理鍋から魚をすくい出し、陶製の浅い給仕用の皿に魚を載せたところのようです。その前に立つ女性は、おそらくこの家の女主人であり、召使いの仕事ぶりを監督しているのでしょう。雪のように白いヘッドスカーフ、毛皮の飾りがついた暖かそうな上着、スカートの縁飾りなど、高価な服装を身にまとっています。

47.jpg

【ピーテル・デ・ホーホ】

《女性と召使いのいる中庭》を描いた デ・ホーホは、ヨハネス・フェルメールに次いで重要なデルフト派の画家と考えられています。光の効果や室内空間の入り組んだ構造を描写する際のデ・ホーホ特有の試みは、ほぼ確実に1650年代後半のフェルメール作品に影響を及ぼしています。
フェルメールの芸術的発展が、非常に考え抜かれた理論的なものと思われる一方で、デ・ホーホの絵画はほぼ直観的に技巧を凝らしたものと捉えられます。




●作品48 ヨハネ・フェルメール《水差しを持つ女》
     1662年頃 メトロポリタン美術館、ニューヨーク



この作品は、今回の美術展でレンブラントの「ベローナ」とともに目玉の一つです。
日本初公開です。


フェルメールが得意とする左から光が差す室内に立つ女性という構図です。女性は右手を窓枠にかけ、左手でテーブルの上の水差し(純潔や節制の象徴とされる)の取っ手をつかんでいます。窓の外に水差しの水を捨てようとしているようにみえます。
 テーブルの上の宝石箱は虚栄を表すモチーフです。女性は「節制」を捨て、「虚栄」に走るべきかどうかの岐路に立っているかのようです。

<別の紹介文>

フェルメールの構図には、光や色彩、かたちの織りなす完璧な調和があります。ここには、無関係で場違いなものは何ひとつありません。この作品のもつ精練された簡潔さとそれによってもたらされる永遠性は、穢れなき理想化された女性の美と徳というこの作品の主題とよく調和しています。


48.jpg


ヨハネス・フェルメール(1632-1675)

1632年にデルフトで生まれました。父は宿屋の主人であり美術商でしたが、裕福ではありませんでした。彼が師事した画家は定かではなく、独学であったと思われます。1653年に聖ルカ組合に加入し、その前年の結婚を期にプロテスタントからカトリックに改宗しました。この夫婦は11 人もの子をもうけています。彼は生涯で45~50点程度制作したと考えられています。高値で売れたのでしょうが、義母からの経済的な支援を常に必要としていました。彼は43歳で亡くなり、1675年12月16日にデルフトで埋葬されました。彼の作品は没後忘れられ、しばしば他の画家の作品と誤解されましたが、19世紀中頃にフランスの美術批評家トレ・ビュルガーがこの画家の存在を大々的に喧伝したことで再び名声を得、現在まで多くの鑑賞者を魅了しています。

<別の紹介文>
【ヨハネス・フェルメール】

《水差しを持つ女》を描いたフェルメールは、ゆっくりと仕事をし、非常に丁寧に作品を制作していたようです。また弟子や助手をもたず、たったひとりで制作にあたっていたとされています。
彼が生み出した45から50点程度の作品のうち、今日では30数点が知られています。フェルメールの人気は上昇の一途をたどっており、オランダの家庭生活を曇りのない目で捉え創り出した示唆に富む詩的な世界は、世界中の観衆を魅了し続けています。


●作品49 ホットフリート・スハルケン《さまざまな嗜好》
     1685-90年頃 アムステルダム国立美術館


ビールを飲みつつ煙草をたしなむ若い男。背後では、恋人たちが2人だけの時間を楽しむために立ち去ろうとしています。それぞれが、長い夜を楽しんでいます。

49.jpg

【ホットフリート・スハルケン】

《さまざまな嗜好》を描いたスハルケンは、肖像画家としても日常生活の情景を描く画家として成功しました。彼は1680年~90年のあいだに国際的な名声を得ました。



(続きます)

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最終更新日  2019/08/20 07:14:19 AM
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