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ワルディーの京都案内

2016/06/09
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テーマ:京都。(5810)
2016年6月4日(土)「京都市内全寺社巡り」山科区第10日です。

 この日は、今までの歩きで、帰ってきてから新たに発見したスポットと、山科駅南側でまだ行っていなかったスポット、旧東海道を中心に歩きました。


◆この日の行程、ルート地図、歩行データを示します。
 この日の出鼻のトラブルも書いてあります。 
http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201606040006/
 

◆この日の訪問スポットのプロット

https://drive.google.com/open?id=1Q58QCLqeGbALUgZhK3dOo0QPpbc&usp=sharing


===============================

それでは山科区第10日の第1回です。

上花山久保町のバス停からスタートしました。

 第9日に六所神社を訪れましたが、帰ってきてから、その近くにもう一つ六所神社があることが分かりました。グーグルマップに載っていたのですが、気が付いていませんでした。この前訪れた六所神社の北約500メートル、東海道線東山トンネル出入り口の真上くらいにあります。


●六所神社(北花山大峰町)

  
 仁和三年(887)に創立され、伊勢の天照皇大神、尾張の熱田大神、山城の加茂大神、 山城の八幡大神、大和の春日大神、近江の日吉大神を奉祀しています。6つの神様を祀っているので、六所神社という名になっています。元慶寺の鎮守だったようですが、今は北花山の氏神とされています。

 山裾の神社で町なかからも遠いので、寂れているかと思ったのですが、想像以上に立派なお社でした。

P1070867.JPG

P1070868.JPG

P1070870.JPG

P1070871.JPG

P1070872.JPG



●北花山水路の一部(北花山寺内町)

 第9日で「北花山水路記念碑」を紹介しましたが、その水路の一部と思われる流れが、東海道線東山トンネル出入り口すぐ東の歩道橋の下を流れています。ここは第9日で歩いたところですが、写真を撮っていませんでした。歩道のコンクリートのすぐ下が水路になっています。
P1070873.JPG


 歩道橋を南に渡りきったところに、このように水が勢いよく流れ出ていました。
P1070874.JPG



第9日に訪れた元慶寺の前を通り、東に向かいます。

●野菜販売ボックス

  京都ではよく見かけます。ボックスがなく、ただ置いてある場合もありますが。
P1070875.JPG 



●木造毘沙門天立像(厨子奥若葉町)

 歩いていて発見しました。厨子奥公会堂というところに、このお像が安置されています。

 この「毘沙門天立像」は、もともと厨子奥の総鎮守として永正寺に安置されていたもので、もとは西方にあった毘沙門堂の本尊であったのですが、堂焼失後、永正寺に移されたと1742(寛保2)年の年記(永正寺の再興文書)に記録されているとのことです。14世紀前半(鎌倉時代末期)の制作と推定されています。

 今色々調べていて、窓から中に安置されている毘沙門天像を眺めることができると書いてあるサイトを発見しました。でも、当日透明な窓は見当たらなかった(今、写真で見てもなさそうです)ので拝観はトライしませんでした。

P1070877.JPG


こんなお像だそうです。
20160609-毘沙門天.jpg



その少し東に光久寺があります。

●光久寺(浄土真宗大谷派)(厨子奥若葉町)

P1070878.JPG


東に向かいます。京都薬科大南校舎の北西角の道の反対側に道標があります。

●今熊野道【道標】(御陵三蔵町)


 [西]いまくまのミち
 [東]東六条 今くま 道
 [北]すぐ大つ道
P1070879.JPG

P1070880.JPG



北に歩き三条通を西に歩きます。

●天下一品山科店(御陵中内町)(昼食)

 天下一品は「こってりラーメン」で有名。この日は醤油ラーメンと餃子。トッピング・バーがあり、小皿2つ分が無料サービスでした。
P1070881.JPG





少し東に戻って、「五条別れ」交差点の北東角に山階寺跡推定地碑があります。

●山階寺跡推定地碑(御陵大津畑町)

 (横の説明板から抜粋)
 山階寺は七世紀後半、藤原鎌足により創建された寺院。中大兄皇子(天智天皇)と共に大化改新を成し遂げた鎌足の「山階陶原家付属の持仏堂」が始まりと推定される。
 山科寺はその後、大和に移り厩坂寺と呼ばれ、更に平城京に移り興福寺となる。このため興福寺は山階寺とも呼ばれた。天智天皇の腹心であり、藤原氏の始祖となる鎌足は、山階と深い関係があったのである。
P1070883.JPG




北に向かいます。旧東海道と交差します。

●三条通/五条橋【道標】(御陵中内町)

  [北]右ハ三条通
  [東]左ハ五条橋 ひがし六条大仏
    にし今ぐまきよ水 道
  [南]宝永四 丁亥 年十一月吉日
  [西]願主 沢村道範

 沢村道範は江戸時代の資産家で、京都に多くの道標を建てた人物。
P1070885.JPG

P1070884.JPG

P1070886.JPG



旧東海道を少し東に行くと、當麻寺があります。

●當麻寺(浄土宗西山禅林寺派)(御陵鳥ノ向町)
 
 派祖証空(西山上人)により天福2年(1234)に創建されたと伝わります。証空が寛喜元年(1229)に大和當麻寺に参詣し、當麻寺の曼荼羅図に感銘を受け、以後、観経曼荼羅の流布につとめたのだと言います。その當麻寺の曼荼羅図と同じものが、このお寺に継承されていて、そこから當麻寺と名付けられたとのこと。當麻寺という名前のお寺は日本には、奈良とこの山科の二寺だけだそうです。
P1070887.JPG

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東に歩くと山科川の支流と交差します。これを南下します。

再び三条通を横切り、ケーヨーD2の北西に何やら少々怪しげな建物発見。

●古美術田澤(御陵大津畑町)
P1070889.JPG

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どんどん南下します。

●山科別院長福寺(真宗大谷派)(竹鼻サイカシ町)

 第9日に近くの本願寺派(西本願寺派)本願寺山科別院を訪れましたが、こちらは大谷派(東本願寺派)の山科別院。山科本願寺が破壊された後、本願寺が西・東に分派し、それぞれがこの地に再興を図ったため、2つの別院ができました。

 こちらにほうは、東本願寺境内にあった長福寺を移転したものなので、長福寺という寺名になっています。

山門
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東門
P1070899.JPG



本堂
 本願寺山科別院同様、蓮如上人自作と伝わる上人木像が安置されています。
P1070892.JPG



本尊阿弥陀如来像(本堂内)
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蓮如上人銅像
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太鼓堂
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鐘楼
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区民の誇りの木「イチョウ」

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山門を南に歩きます。

●蓮如上人像跡
 1934年大阪の門徒由井卯三郎氏(由井小雪の子孫)の寄進により東西別院の中間点に建立されましたが、第二次世界大戦の物資供出で無くなってしまいました。
P1070898.JPG



こんな大きくて立派なお像が立っていました。
20160609-蓮如.jpg



●蓮如上人南殿御旧地是より二町【道標】(竹鼻四丁野町)

  山科別院長福寺の東門の前にあります。
 
 [西南] 是より二丁 蓮如上人南殿御旧地
     夫よりすぐ大津道
P1070900.JPG



 名神京都東インター付近にある音羽病院の敷地内に「音羽水路紀行碑」があるのを、この付近を訪れた後で知りましたので、そこを目指します。

 東に歩いて音羽病院に到着。音羽病院に入って、うろうろと碑を探しましたがなかなか見つかりません。

 止むなく携帯のiモード(お金がかかるので普通は使わない)で検索。音羽病院の裏側の敷地内にあるとの情報を得て、音羽病院の東側の一般道を病院に沿って北上。細い道が病院の北側にあったのでそれを行くと、ありました。ありました、石碑の裏側が見えました。小さな通用口を入ってようやく辿り着きました。
 こんなところじゃ目立たないではないかと思って、あとで調べたら、最初は病院の東南角にあったのが増築か何かで裏側に移されたようです。


●音羽水路紀功碑

 農業用水不足に対処するため、疎水の水を利用、水路の開通に尽力した人々の功績を称える碑です。
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音羽病院から少し東に行ったところを音羽水路が流れています。

●音羽水路
P1070902.JPG

P1070903.JPG

P1070904.JPG


 山科区第5日に小山の白石神社を訪れましたが、その近くに円如上人のお墓があることを後から知りましたので、次にそこを訪れることに。

 牛尾観音道を南東に向かい、白石神社の近くまで到達。ネットでも詳しい位置はよく分かりませんでしたので、辺りをウロウロしてみましたが、なかなか見つかりません。ちょうど民家の庭先で花の手入れをしているお婆さんがいらしたので道を訪ねました。親切に教えていただき、ようやく辿りつきました。案内も何もない民家の間の狭い道を山に向かって歩いていきます。これでは発見できません。

P1070906.JPG



山の麓に円如上人のお墓がありました。しかし、「円如上人お墓」とも何も書いてありません。

●円如上人御廟(小山大石山)
  円如上人は、戦国時代の浄土真宗の僧侶。本願寺第9世法主実如の次男。本願寺第10世法主証如の父。父に先立って没したために歴代本願寺法主には加えられていません。
  蓮如の文書の中から80通を選んで5帖に編集し『五帖御文』と呼称し、宗門信条の基本とするなどの教団改革を行い、戦国期の本願寺体制の基礎を築きましたが、31歳の若さで亡くなりました。

P1070905.JPG



(続きます)

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最終更新日  2019/08/26 10:34:20 AM
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