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ワルディーの京都案内

2016/06/18
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テーマ:京都。(5814)
 「京都市内全寺社巡り」2016年6月15日(土)山科区第11日です。

 この日は、山科区の最終日のつもりで出かけましたが、出足が1時間くらい遅れてしまいました。


◆この日の行程、ルート地図、歩行データを示します。
http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201606150003/ 

◆この日の訪問スポットのプロット
https://drive.google.com/open?id=1wqRukJgmJMZ1ZA79woke1ox4UUs&usp=sharing


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 それでは山科区第11日の第1回です。

 11:10、京阪京津線四宮駅からスタートです。

●京阪四宮駅
P1080008.JPG



●音羽水路記念碑

 三条通を東に歩き、滋賀県から来た国道1号線が南下しだすところを横断して、音羽病院の北側に出ます。

 第10日で音羽水路を紹介しましたが、その後ネットで調べたとき、この付近に新しい記念碑があることを発見しました。位置はおおよそしか分からなかったので、少しグルグル歩き回りましたが、ようやく見つけることができました。

 第10日で紹介した音羽病院敷地内の北側にある紀功碑の全文(漢文)とその訳文が書いてありました。

P1080009.JPG



訳文は次のようになっています。

音羽水路  紀功碑文(訳文)


 山科村は山城国宇治郡に位置し、その中に23地区があり、東北の2地区を四宮・音羽という。
 土地が高く水が乏しく、夏に雨が10日も降らなければ収穫を望めないほどでした。
 明治24年5月も日照りが続いた。この時は琵琶湖疏水工事の完成を控え、3つの水門を設けて
 灌漑用水に充当した。しかし高い土地はこの利便を受けることができなかった。 
 音羽地区の長谷川伊之助・中山安次郎・福井清左衛門・粟津太兵衛の四人は協議し、
 第1水門から水を四宮・音羽の両地区の田に引きとりあえず間に合った。
 しかしこの程度では一時しのぎにしかならないので、四人は自ら折衝して計画を実行した。
 明治25年7月15日に起工、工期40日と3,200人の労力を費やし竣工した。
 延長60間2分(約1.1km)である。完成するころには誰もが納得し,四人の功績を称えた。
 これにより長年の心労から解き放たれたである。
 四宮・音羽両地区の南は東野・大塚・大宅の3地区である。
 ここに林平治・平井友右衛門という人がいた。
 二人は3地区にも用水を引き四宮・音羽両地区と利便を共有したいと四人に相談した。
 四人はこれに賛同し翌年に用水路が竣工した。延長1,500間(約2.7km)で数十町を灌漑した。
 用水計画の最初からの費用は3,000円にのぼり、田地所有者が負担した。
 地区への恩恵は大きなものがある。さらに林・平井の二人がその事業を継承した。
 この事業からすでに十年余が経過した。村民は石碑を建てて功績を子孫に伝えたいと考えた。
 そこで私に碑文を依頼した。私はこれらの人と事業の功績に感じ筆をとった次第である。

 明治41年2月   京都府知事従三位勲一等 大森鐘一…題字
             京都府第一中学校教諭  生駒章……文章

 発起人 五地区水利関係者建設委員
      福井幸次郎 中村濱太郎 福井亀吉 林繁次郎
      溝川長左衛門 澤野井勇吉 粟津文之助 阿口政

 設置:音羽水路碑を守る会             2002年3月吉日



 琵琶湖疏水は、京都市街区の灌漑だけでなく、山科地区の灌漑にも役立っているわけです。

近くをその水路が南に向かって流れています。
P1080011.JPG



 すぐ上流には名神高速の京都東インターに続く道路が走っていて、その手前で一旦地下にもぐっています。

 この道路の北に回ると大きなパイプがありました。おそらくこの道路の建設工事で、水路が地下化され、このパイプで一旦地下に入り、道路を横切ったところで、ポンプにより揚水されているのだと思います。

P1080012.JPG



 滋賀県方向の国道1号線から名神高速の京都東インターに入る道路に沿って北に進むと、滋賀県大津市のエリアに入り、旧東海道に出ます。この旧東海道の西進は国道1号線と交差しており、歩道橋を渡ります。

P1080014.JPG



●旧東海道

  電柱に旧東海道の看板があります。
P1080015.JPG



●東海道の車石の説明板と車石
  この家の方が自費で立てられたもののようです。
P1080016.JPG



●三井寺観音道・小関越道標

  この道を北上すると、比叡山の南の小関越という峠を越えて、三井寺に至ります。
P1080018.JPG



●再び京都市へ入ります。

P1080019.JPG



旧東海道からスタート地点の京阪四宮駅に向かい北に入ります。駅東の踏切を横切ったところに道標があります。

●波切不動尊【道標】


  [西]波切不動尊参道是ヨリ北へ四丁余
  [東]昭和十二年四月不動會

  字に赤い朱が入れてあるのが特徴です。北へ四丁(約400メートル)この通り行くと、あとで出てくる一燈園の中を通って山すそまで行きますが、過去、一燈園境内の北方藪の中に「不動尊石仏」がまつられていました。
P1080020.JPG



JR東海道線の下をくぐってさらに歩くと、琵琶湖疎水に出ます。東に進むと再び滋賀県大津市に入りますが、疏水第1トンネルの出口が見たいので、東に歩きます。

●藤尾橋
  琵琶湖疎水にかかる橋ですが、開通当初のものと思われるレンガ造りの部分が見えます。
P1080027.JPG

P1080028.JPG




下流側

P1080030.JPG


上流側。
水門があります。
P1080031.JPG



下流の琵琶湖疏水は山裾を流れるところが多いですが、この辺りはいかにも山をU字型に削ったという感じです。
P1080026.JPG



●琵琶湖疏水第1トンネル出口
  琵琶湖側の三保ヶ崎で琵琶湖から取水され、この出口で京都側に出ます。
P1080025.JPG



京都検定の試験にはよく出題される、トンネル出入り口の扁額がこの出口にもあります。
「廓其有容」(かくとしてそれいるところあり)。
「疏水をたたえる大地は奥深くてひろびろとしている」という意味です。
揮毫は山縣有朋
P1080021.JPG


 
季節がら草が茂っていて扁額は見にくいです。
P1080023.JPG



トンネル出口上から疏水を眺めます。
P1080024.JPG




 さらに東に行くと、第1トンネルの中間部に掘った竪坑(たてこう)がありますが、いつか滋賀県側から琵琶湖疎水に沿って山科まで歩くことにして、この日は西に引き返しました。
 
 京阪四宮駅の方向には戻らずに疏水沿いを歩きます。

 この辺りになると、疏水は山に沿って流れていくという感じになります。
P1080032.JPG



 疏水の北側に一燈園があります。

●一燈園本部
  一燈園とは、西田天香によって明治末期に設立された懺悔奉仕団体。本部では二百数十人の同人が共同生活しています。また、組織形態としては、財団法人懺悔奉仕光泉林として、建築、出版、農業などの就労をしています。
  全国各地で家庭や学校、事業所等を訪問して無償で便所の掃除をすることを活動としていますが、近年は治安も悪くなり一見の客をすんなりと家に入れることが少なくなったため、活動がやりにくくなってきているそうです。
  一般企業の新人研修等として、年に数回「智徳研修会」を開いています。私の勤務していたM社でも、ここの方に来ていただいての講演会があったように記憶しています。
  ダスキンの創業者鈴木清一が西田天香に師事していたそうです。
  作家の倉田百三は一時期、この園で修行し、その体験を元に書いた『出家とその弟子』がベストセラーになりました。
P1080037.JPG



一燈園の前をさらに疏水に沿っていくと、トンネルがあります。


●諸羽トンネル
 第2トンネルではなく、この先の疏水部分の近くを湖西線が通過することになり、山に沿って流れていた疏水をトンネルを掘って流れを変えました。したがって、疏水誕生当時のものではなく、新しいトンネルです。ですので、第1トンネルのように、有力者の揮毫による扁額はありません。
P1080034.JPG


以前の流れは埋め立てられて、道になっており、東山自然公園ジョギングコースの
一部になっています。P1080035.JPG


P1080038.JPG



●第2疏水トンネル試作物

 途中にコンクリートのアーチがあります。明治43年に琵琶湖疏水の北側に第2疏水が造られましたが、水が濁らないように埋め立てトンネルとされました。
 このアーチは、第2疏水の建設や維持管理に従事していた作業員が建設技術習得のために、埋め立てトンネルの上部の複製を製作したものだといわれています。
P1080039.JPG

P1080040.JPG



●諸羽トンネル出口
  右に釣り糸を垂れる人が写っています。
P1080042.JPG

 

これは何のための構造物なのでしょうか。
P1080043.JPG


毘沙門堂に向かう道と交差するところに、安朱三角橋があります。

ここで一旦琵琶湖疏水と別れ、南下して諸羽神社に向かいます。




(続きます)

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最終更新日  2019/08/26 10:35:29 AM
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