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ワルディーの京都案内

2016/12/22
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カテゴリ:京都のニュース
2016年12月21日  京都新聞ホームページから

 江戸時代前期の天皇の葬送をめぐり、火葬から土葬への変更に大きな役割を果たしたとされる奥八兵衛を題材にした講演や報告会が、今月と来年2月に京都市内で相次いで開かれる。近年は存在が忘れられていた八兵衛の頌徳(しょうとく)碑が今夏、知恩院(東山区)の境内で確認されたのが契機となり、再び注目を集めている。

 天皇の葬送は室町時代中期から火葬が定着していたが、土葬を重んじる儒教を信仰していた後光明天皇が1654(承応3)年に崩御した際、御所に出入りしていた魚屋の八兵衛が火葬に反対。仙洞御所や役所を回って懇願し続けた結果、火葬が中止されたとの逸話が残る。以降、歴代の天皇は土葬が続けられてきた。

 頌徳碑は1882(明治15)年に知恩院の境内に建てられた。確認できる記録では、京都新聞社発行の「京都かくれた史跡100選」(1972年)に記述があるが、近年は周辺に建物などが設置された影響で、人目につかず所在が分からない状態になっていた。

 京都歴史研究会の吉平裕美代表(59)が今年7月、2回にわたり境内を探し歩いた結果、建立当時の状態で碑が残っていることを確認した。京都の石碑研究の第一人者で元京都市歴史資料館歴史調査担当課長の伊東宗裕・佛教大学非常勤講師(65)は「私も八兵衛の碑を探したことがあったが、結局分からなかった。やっと見つかって、うれしい」と話す。

 碑文には、八兵衛の功績とともに、明治期に入って子孫に菊紋入りの銀杯や下賜金が贈られたことなどが記されている。建立主は不明で、有志が建てた可能性がある。

 吉平代表による報告会は23日午後1時半から、京都市下京区河原町通五条下ルのひと・まち交流館京都で開催。伊東さんの講演は2月18日午前10時から、中京区丸太町通七本松西入ルの京都アスニーである(要予約)。吉平さんは「現代まで続く天皇の葬送の歴史を変えたとされる八兵衛ゆかりの貴重な碑。多くの人に存在を知ってもらいたい」と話している。


奥八兵衛の頌徳碑とその存在を確認した吉平さん(京都市東山区・知恩院)
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最終更新日  2019/05/19 03:26:14 AM
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