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ワルディーの京都案内

2018/05/09

 
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テーマ:京都。(5676)
カテゴリ:京都研究
2018年5月9日(水)】

 今日は次女が東京に戻る日。ゼロ歳児を連れての新幹線の移動なので、家内といっしょに京都駅まで送っていくことになっていました。出産で入院していた三菱京都病院に書類作成をお願いするので、そこに寄ってから京都駅へ。

 京都駅の八条口には、一般車の乗降場がありますが、乗り降り時以外は停めておくことができません。乗り降りがないのに停めていると監視員から出ていけと言われます。家内は入場券を買って新幹線に次女が乗るところまで付き添うので、家内と次女を降ろして、私は一旦乗降場を出て、しばらく近くの大型電気店で時間をつぶしました。そして、家内が戻ってくるタイミングで再び乗降場へ。

 11日の修学旅行で生徒から指定のあった「まつは」というお店に下見に行けていないので、家内をピックアップした後、早めの夕食をそこでとろうと思っていました。しかし、電話をしてみると、その時間でも(午後4時くらい)満席だとのこと。それで今日の家内といっしょの夕食は断念。11日の修学旅行の生徒の席は確保してもらっているのですが、こんなに満席なるのであれば、長時間並ばなければならないのかもしれないと思って聞いてみたら、「普通は今日のように満席になることはないので大丈夫です。」とのこと。当日朝、生徒数とお店に行く時間を電話で連絡する旨、再度伝えました。


 今日は、京都産業大学日本文化研究所の研究会があるので、京都産業大学まで車で行って、家内一人で帰ってもらいました。午後4時過ぎに到着。研究会は午後7時からですので、図書館で伏見稲荷の「お滝」関係の文献検索。今日は「むすびわざサーチ」で検索してみました。

 「稲荷+滝」で検索したところ「稲荷の滝」という本が1957年に出版されていて、それが国会図書館にあることが分かりました。デジタルデータでは提供されておらず、図書を直接読むしかないのですが、係の方に伺ったら、京産大の図書館経由でも手配可能だが、公共の図書館ならたいがいの所で取り寄せが可能とのこと。ただし、借りることはできず、その手配した図書館内で読むしかないとのこと。最終報告書を出したら(5月末)、取り寄せを試みたいと思います。「伏見稲荷周辺の滝について、体系的にまとめた文献はない」としてきましたが、私の研究してきたことのかなりの部分が、すでにこの本で明らかになっている可能性もあります。

 学食のカフェテリアで早い目の夕食をがっつりとって、研究会に参加しました。



 講師は所功先生。テーマは「平成改元の真相と今後の課題」





 先生は京都産業大学日本文化研究所の初代所長で、現在、公益財団法人モラロジー研究所教授(研究主幹)を務められています。京都産業大学のホームページで歴代所長を確認したところ、現京都市歴史資料館長井上満郎氏が第2代、私の研究の指導教官、宮川康子先生(教授)が第4代所長を務められ、現在の小林一彦教授が第5代です。 
 
 改元のお話しなので、少々退屈かなと最初は思っていたのですが、さにあらず、最初から最後まで興味をもって聴かせていただきました。

 聴講メモから(?は私の記述が不確かなことを示しています)

・中国では辛酉(しんゆう・干支の一つ)の年は天命が改まる年とされた。日本において辛酉の年に改元する習わしは、政治的変革が起るのを防ぐ目的で、三善清行の提唱により平安時代の昌泰4年(901年)の辛酉の年に元号を「延喜」と改めたことから始まった。論拠を持った改元の初?の改元。これは明治になるまで続けられた。

・昭和21年に元号法が考案されたが、元号を続けること自体が天皇を権威づけることになるので、独立したからにしろということで、GHQから却下された。

・昭和40年頃から再び元号法の議論が活発になり、昭和54年に制定された。

・元号法そのものは2項のみの簡素なもの。
  第1項:元号は、政令で定める。
  第2項:元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
 これは昭和21年の初案と同じ。

・大正改元は新聞の時代、昭和改元はラジオの時代、平成改元はテレビの時代。最近の各改元は、それぞれ全く経験のない時代背景下の改元だった。

・1975年(昭和50年)には文部省初等中等教育局教科書調査官に就任した。教科書調査官となったので、全時代のことを勉強した。それで『年号の歴史』(雄山閣、1988)などを書き、報道機関から「年号のスペシャリスト」とのレッテルを貼られ、NHK記者から頼まれ、改元後の解説を頼まれた。昭和天皇が危うくなられた昭和63年9月から100日間あまりヒルトンホテルで缶詰めになった。

・元東京都知事猪瀬さんがまだジャーナリストだった頃、アポなしで取材に来た。ぽろっと「 踰年改元(ゆねん改元=即位後ただちに改元せず、新年より改元すること)も、方法かも知れない」と語ったところ、それが記事になってしまった。「天皇が御存命なのに、何ということを言うのか」と、身の危険を感じるほどのバッシングを受けた。
 まだマスコミとのつきあい方も知らなかったので、まさか記事されるとは思っていなかった。大学の先生方は、記事にしてほしくない場合、「絶対記事にしないでください。」という確約をとっておく必要がある。

・平成改元の発表は当時の竹下首相がやりたかったらしいが、小渕官房長官がすることになった。

・小渕さんが発表で見せた「平成」の原本は???にある。独立行政法人になり、この原本のコピーが300円で購入できる(先生も持っておられ、皆さんに見せられた)。内閣の書家が書いたものだが、ちょっと字の調子が軽いのではという評価もある。

・平成改元の際に、候補を選んだ学者は3人。昭和54年頃から、すでに候補選定が進んでいた。


所功氏レジュメから


 宇野氏は3つ候補をあげ、そこから「正化」が第一候補となった。目加田氏は7つ候補をあげ、そこから「修文」が第一候補になった。山本氏があげたのが「平成」。(ワルディーコメント:正化も修文も「S」がイニシャル。当時はイニシャルにはあまり拘ってなかったということか)


・昭和54年に元号法に合わせて定められた要領には下記のようにある。

 1.国民の理想としてふさわしいようなよい意味を持つものであること。
 2・漢字2字であること(3文字以上は不可。但し、749年から770年にかけては、
   漢字4文字の元号が使用されている)
 3.書きやすいこと。
 4.読みやすいこと。
 5.これまでに元号又はおくり名として用いられたものでないこと
   (過去の元号の再使用は不可)。
 6.俗用されているものでないこと(人名・地名・商品名・企業名等は不可)。

・過去の元号は中国や周辺国で使われたものもダメ。「大正」はよく調べると中国の非正統王朝?にある。人名もダメだが、中国の明史に「昭和王」という地方の王様名がでてくる。地名もダメだが、「平成」と書いて小字ヘナリという村が岐阜県にあることが分かった。道の駅を「日本平成(へいせい)村」と名付けている。

・過去の年号はすっと菅原道真の家系が選定していた。室町時代から幕府が口出しするようになる。慶応の改元のときに、「平成」が候補になっていた。「明治」は、その前に10回も候補に上っていた。


所功氏レジュメから


・天皇陛下の即位30年を祝う来年2月24日の記念式典直後に新年号の発表だと思われるが、すでに有識者8名による候補選定が始まっているはず。

・坂本太郎氏(現東京大学名誉教授)は昭和30年に日本の古典からとってもいいのではということも言っておあれるので、そういうこともありうる。

・典拠があり、過去年号になっておらず、上記の条件に当てはまり、次の年号になる候補を著書にまとめた。当然過去の候補になったものも含まれ、最初の「安延」は過去5回候補になっている。アルファベットの重複を避けるだろうから、点線アンダーラインは候補外となる。


所功氏レジュメから
出典は所功氏共著「元号 年号から読みとく日本史」(平成30年、文春新書)


・元号は日本にしかない制度。ややこしいという話もあるが、独自の誇れる文化として大切に継承していくのがいいと思う。


 遠路、聴講にいきましたが、色々新しいこと、裏話が聴けて、有意義な聴講となりました。所先生ありがとうございました。
 

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最終更新日  2019/06/26 07:31:02 AM
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