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ワルディーの京都案内

2018/07/25
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テーマ:京都。(5783)
カテゴリ:常駐ガイド
2018年7月25日(水)】

 東京旅行第3日です。国会図書館訪問後(こちら)、別行動日の2つめの目的である、東京の三井家ゆかりの地巡りを行いました。

 昨年の4~6月、旧三井家下鴨別邸での常駐ガイドを担当しました。そして、この10月から3ヵ月、その常駐ガイドの世話役を担当することになっています。三井家下鴨別邸のガイドでは、東京での三井家ゆかりの地について、質問を受けることもあり、ガイドの資料に情報が掲載されています。今回、東京を訪れるついでに、それらゆかりの地を巡るることにしていました。

 国会図書館訪問後、永田町から地下鉄半蔵門線で、三越前下車。

 ここには三井本館があります。現在の建物は、1902年(明治35年)に竣工した旧三井本館(駿河町)が関東大震災で被災したために、1929年(昭和4年)に建替えられたものです。かつてはその名の通り三井財閥の本拠であり三井合名会社本社、三井銀行本店、三井物産本社、三井鉱山本店などがありました。戦後は一時、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) が4・5階の一部を接収しました。

 1998年(平成10年)には国の重要文化財に指定されました。三井本館の保存のため隣接する敷地に地下4階地上39階の日本橋三井タワーが建設され、2005年(平成17年)に竣工しました。三井本館には、現在でも三井不動産の本社、三井住友銀行日本橋支店、三井住友信託銀行日本橋営業部などが入居しているほか、7階には三井家の所蔵品を展示している三井記念美術館が2005年(平成17年)10月8日に開館しました。


三井本館 後ろが「日本橋三井タワー」






 三井記念美術館には、円山応挙の国宝「雪松図屏風」などが所蔵されており、関係の講座を担当することもあり、是非観賞したいところなのですが、常設はされておらず、入口の写真を撮るにとどめました。


三井記念美術館




 三井本館の南隣には三越日本橋店があります。

 1673年、伊勢商人・三井家の三井高利が江戸本町一丁目(現在の日本銀行辺り)に、呉服店「越後屋」を開業しました。そして1872年に三井の事業から呉服店部門のみを「合名会社三井呉服店」として分離します。さらに1904年 、「株式会社三越呉服店」が設立され、日本初の百貨店がスタートしました。「三井」と「越後屋」から字をとって「三越」です。現在の三越日本橋店は、昭和時代に増改築がおこなわれていますが、元は1914年に建てられたルネッサンス様式の建物です。鉄筋地上5階・地下1階建てで「スエズ運河以東最大の建築」と称され、アール・デコ調の内装と合わせ建築史上に残る傑作といわれました。東京都選定歴史的建造物に指定されています。


三越日本橋店









 次に「三囲神社(みめぐりじんじゃ)」を訪れました。昨日訪れたスカイツリー最寄りの地下鉄押上駅まで行き、隅田川方向に約1kmの歩きました。

 途中、堀辰雄住居跡の案内板がありました。

堀辰雄住居跡案内板




 
 三囲神社に到着です。






 三井家との関わりも含めご由緒が駒札に書かれています。














 三越の初代初代専務、日比翁助の歌碑







 藤堂高睦(伊賀上野城主)が宝永3年(1707)に奉納した当神社で最も古い年代を示す石造物。







ライオン像









三越の商標の入った銅壺(どうこ)









 うっかり本殿を撮り忘れました。


 昭和17年の由緒書き。ここにも三井家との関わりが書かれています。










 大黒神・恵比寿神をお祀りするお社。隅田川七福神のうちの二つ。





 顕名霊社。






 三井家のご先祖をお祀りするお社です。周りは柵で囲われて中に入ることはできませんが、外からお参りすることは可能です。

 三井家下鴨別邸でのガイドのときに得た情報や三井広報委員会のHP情報と繋ぎ合わせると、この顕名霊社の歴史は下記のようになります。

・宝暦元年(1751)、京都「蚕の社」(木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)境内に社殿造立
 
・明治7年(1874)、廃仏毀釈で、京都・油小路三井総領家邸内へ遷座。

・京都から東京へ事業拠点を移した三井家では同年、東京・深川の三井家別邸内にも顕名霊社の社殿を新造。京都・東京の両地で祖先の御霊を祀った。

・京都の顕名霊社は、廃仏毀釈運動の終息とともに木嶋神社に戻された。

・明治31年(1898)に、下鴨神社南側の土地6,000坪を購入し、明治42年(1909)に、この地に木嶋神社から遷座された。

・戦後の財閥解体で下鴨の地は国有化され、顕名霊社は再び、油小路の三井家総領家に戻された。

・東京の社殿は三井邸の造営や空襲などの影響で、深川、土手三番町、麻布、用賀と遷座を重ねる。

・罹災を免れた東京の社殿は戦後、西麻布の総領家邸に落ち着く。

・京都の総領家は昭和33年(1958)に処分。京都の社殿は総領家と縁戚の福井松平家の氏神「佐佳枝廼社」に譲渡。

・その社殿も昭和末期、福井市の土地開発事業計画で撤去され、「御御霊」は東京の顕名霊社に移された。社殿は解体・移転費の負担を条件に茨城県の有志が無償で引き取った。

・三井総領家第11代・三井八郎右衛門高公当主の死後、東京の邸は三井八郎右衛門邸として江戸東京たてもの園に移築・復元され、社殿は平成6年(1994)、この三囲神社内に遷座された。
 

 いやいやややこしいです。しかし、今回の訪問をきかっけに色々はっきりしました。


屋根には「三」の文字や三井家の家紋である「四ツ目結」を見ることができます。






三角石鳥居



 顕名霊社とともに、三井邸より移築されたものです。原形は京都・木嶋神社にあります。


 やたらと石碑類の多い神社です。東京の神社全般にこいうい傾向があるのか、ここだけの特殊事情なのかはよく分かりません。






ご朱印





 神社の方にお伺いしたら、三井家の方々はお正月ともう1回(何月か忘れましたが、4月か9月だったと思います)、顕名霊社にお詣りに来られるとのことです。


 神社の裏手に回ると、本来の正門であろうと思われる大きな鳥居が、首都高速の下で隅田川に向かって建っています。説明板にあるように、昔から親しまれた大鳥居のようです。スカイツリーが間近に見えます。







 地下鉄押上駅に戻り、錦糸町で軽く昼食をとって、JR総武線+中央線で、江戸東京たてもの園のある武蔵小金井に向かいました。


武蔵小金井駅




 武蔵小金井駅からバスで数分の小金井公園の中にあります。


 1954年(昭和29年)の小金井公園開園時に、井の頭恩賜公園にあった「武蔵野博物館」を移転して「武蔵野郷土館」が開館しました。古代住居や江戸時代の農家を移築・展示していました。1991年(平成3年)に閉館しましたが、1993年(平成5年)、江戸東京博物館の開館に合わせ、武蔵野郷土館を拡充する形で「江戸東京たてもの園」として開園しました。 高い文化的価値がありながら現地保存が困難となった、江戸時代から昭和初期までの30棟の建造物を移築復元し展示しているます。規模は小さいですが、愛知県犬山市の明治村の東京版のような存在でしょうか。


旧光華殿




 たてもの園の入園口になっておいます。 昭和15年(1940年)に紀元二千六百年記念式典の会場として皇居外苑に造営。式典終了後の昭和16年8月に当地へ移築されました。「武蔵郷土資料館」ができる以前から、この地にあった建物ということになります。

 入園料400円。良心的な値段です。






園内図




 お目当ては、「三井八郎右衛門邸」ですので、まずそこを見学しました。

 
三井八郎右衛門邸




 三井家総領家、三井八郎右衛門高公(たかきみ)氏の第二次大戦後の邸宅。1906年(明治39年)以降の本邸だった今井町(現、港区)の邸宅が戦災により焼失したために、財閥解体を経た1952年(昭和27)に西麻布に新しく本邸を建築しました。この邸宅が「三井八郎右衛門邸」です。

 この邸は、京都油小路・神奈川大磯・世田谷区用賀・今井町にあった三井家に関連する各施設から建築部材、石材、植物などが集められて建てられています。そのため、邸内からは財閥が繁栄していた頃の男爵三井家の威勢をうかがうことができます。


玄関




玄関奥のホール
 ボール型天井灯は、フランスのガラス工芸家、ルネ・ラリックみよるアール・デコの佳品。





2階への階段




2階廊下のシャンデリア




2階の寝室




奥様の寝室に続く趣味のための部屋







2階からの庭の眺め。屋根には雪止めが施されています。





1階の配膳室と厨房




1階書院。西側から食堂、客間。油小路邸の部材を使用。畳の上に絨毯を敷き、椅子やテーブルを置くという和洋折衷の生活様式を素直に示しています。


食堂




手前が客間、奥が食堂。欄間は「月の字欄間」。




両室間の襖上には月の字欄間が設けられ、入側南西角の櫛形窓とともに、桂離宮の意匠への志向を表しています。


縁座敷の欄間





櫛形窓





縁座敷から手水鉢、庭を眺める





 丸い石は「伽藍石」


杉戸絵





望海床





望海床はもともとは大磯の城山荘にあったもので、当時は三井高棟氏の画室として使用されていて、床にはオンドル式の暖房が設備されていました。移築後、一時的に立礼(りゅうれい)式の茶室として使用された後、庭園にあった茶室・前後軒の待合の使用されました。


お手洗い





庭からの建物や景石の眺め








 ボランティアのガイドさんがいらっしゃって、お話しをさせていただきましたが、去年だったか旧三井家下鴨別邸を訪問されたそうです。


 他の建物も一通り回らせていただきましたが、詳細は省略し、写真を撮ったところのみ、名称だけを紹介させていただきます。


デ・ラランデ邸
建築年1910年(明治43)頃




常盤台写真館
建築年:1937年(昭和12)




前川國男邸
建築年:1942年(昭和17)




高橋是清邸
建築年:1902年(明治35)





武居三省堂(文具店)(手前から2軒目)、花市生花店、丸二商店(荒物屋)

建築年:1927年(昭和2)、同左、昭和初期





 なお、宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』(2001年)の作画には、この園の銭湯や下町の商家建築のデザインが参考にされました。シンボルキャラクターの「えどまる」は宮崎駿のデザインです。

えどまる



 時間があまりなかったので、三井邸以外は駆け足での見学になってしまいました。季節のいいときに、ゆっくり巡りたいスポットです。スカイツリーより、何倍も価値があるし、充実感があります。京都は、まだまだ多くのレトロ近代建築が、その場所で残ってくれています。一方で壊されていく建物も多くあるので、何とか残していって欲しいものだと思います。


 家内と長女、次女、孫#1、#2は午後お台場に出かけました。五反田で合流して、夕食をとり、次女宅に戻って、東京第3日が無事終わりました。

 私は、明日が東京最終日です。最終日は、三井家関係では、「網町三井倶楽部」を訪れ、その後、東京国立博物館を訪れる予定です。



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最終更新日  2019/08/24 02:55:53 PM
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