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ワルディーの京都案内

2020/01/26
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テーマ:京都。(5711)
カテゴリ:常駐ガイド
【2020年1月26日(日)】

 光照院勤務の7日目で、前々回受付、前回当日責任者でしたので、久しぶりのガイド役でした。お天気はそこそこよく、京都の最低気温6.1度、最高気温12.8度と今日も暖かく、靴下を二重履きにしたものの、コートも手袋も無しでOKでした。今年は雪を見ないまま、春が来るのかもしれません。日曜日ということもあって、多くのお客様にお越しいただき、楽しくご案内させていただきました。

 定期観光バスの団体さんは、ご住職がいらっしゃるときは、ご住職が冒頭話されます。たまに通常の団体さんでも話されることがあります。今日はそれに加え、檀家総代の方が個人のお客様に対して常盤会館でお話しをされました。我々がご案内した後、常盤会館の屋根修理の浄財を募る部分だけを、お話しになりました。そうすると、全体が長くなってしまうので、私が常盤会館でご案内するときは、短めにするよう心掛けました。

 檀家総代の方のお話しで新しく知ることもありました。浄財寄進の返礼品のご朱印帳に書かれている直筆の書は、伏見誓寛御前様の書と伝えてきましたが、現住職の書のようです。朱印所にはご住職が紐で編んだ虎のお守りがあります。なかのぬは、白い虎のも交じってあり、それが当たればさらに幸運とのこと。常盤会館は華道未生流の教習所として現在は使われているとご案内していますが、それでけでなく、講演会などの文化活動にみ使われている。尼門跡寺院時代は、やはり檀家さんはいなかったなどなど。
 
 団体さんが、定期観光バスも含めると3つあり、それがすべて午後に集中しましたが、いずれもチームワークよくスムーズに対応できました。

 それから新型コロナウィルス対策で、これから受付に限ってマスクをしてもよいという通達が出ました。普通はガイド時は、マスクはしてはいけないのですが、今回の緊急事態への対策としてOKになりました。


 光照院正面の門を入る時、右側に「持明院仙頭御所跡」という石碑が建っているのを目にすることができます。


石碑




 平安時代の終わり、藤原道長の曾孫の藤原基頼が、現在光照院のある地に、安楽光院という持仏堂をもつ屋敷を構え持明院と呼んでいました。基頼の曾孫の藤原陳子(ちんし・のぶこ)が後高倉院に嫁ぎ、後堀川天皇が誕生します。そして、第86代後堀川天皇が、里御所として使ったのが持明院殿だったのです。

 後堀川天皇の2代後の第88代後嵯峨天皇の後、皇統は2つに分かれます。後深草天皇の皇統と亀山天皇の皇統です。最初は、交代のようなかたちで両皇統が皇位を継承しましたが、やがて対立が激しくなり、並列して天皇が即位することになります。これが南北朝時代です。北朝の初代天皇が光厳天皇、南朝の初代が後醍醐天皇です。

 天皇が退位をして上皇になられたとき使う御所を仙洞御所といいますが、後深草天皇以降150年にわたって、持明院の場所が後深草天皇の皇統の仙洞御所として使われました。それで後深草天皇の皇統を持明院統と呼びます。

 これが、門の前にある石碑に書かれてある「持明院仙洞御所跡」の由来です。


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最終更新日  2020/02/01 01:09:26 PM
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