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ワルディーの京都案内

2020/02/05
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テーマ:京都。(5456)
カテゴリ:京都案内
2020年2月5日(水)】

 事務所勤務でした。通勤途上、東洞院通沿い風景シリーズです。

 東洞院竹屋町の東南角の公園に面して「こども未来館」が建ちます。ここは、竹間(ちっかん)小学校、竹間幼稚園が廃校になった跡を利用したもので、公園の西南端には、小学校・幼稚園についての記念碑が置かれています。


こども未来館




竹間小学校・竹間幼稚園記念碑




石碑記載の情報も含め、要点をピックアップします。
・竹間小学校は明治2年、上京第二十一番組小学校として創設
・昭和22年 京都市立竹間小学校に
・平成5年 京都市立富有(ふゆう)小学校と統合し、京都市立竹間富有小学校に
・平成7年に梅屋・龍池・春日小学校と共に統合し、富有小学校の地に御所南小学校ができた。
・竹間幼稚園は 明治18年竹間小学校に幼児保育科として創設された。
・明治42年に廃止となったが、昭和30年に再開園した。
・平成8年京都市立中京もえぎ幼稚園に統合された。

 公園は恐らく小学校のグラウンドだったのでしょう。

 この石碑は東洞院通からよく見えるので知っていたのですが、そのそばに昔からの石碑があるのに、今日気が付きました。「名醫 吉益東」までは読めますが、その下が草に隠れて読めませんでした。帰宅してから調べました。「名醫 吉益東洞宅蹟」と彫られているようです。


吉益東洞宅蹟碑




 以下は、京都市の「いしぶみデータベース」からです。

 
『吉益東洞(とうどう)((1702~73)は,安芸出身で元文3(1738)年京都に移り,古医方をもって医者となった。不遇であったが,解剖をして有名になった山脇東洋(1705~62)に見出された。その学説は,万病一毒説と親試実験にあって,実験医学の道を切り開いた。この石標は,吉益東洞宅の跡地を示すものである。なお,東洞の号は東洞院通に面して住していたことに因む。』




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最終更新日  2021/01/17 10:15:27 AM
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