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ワルディーの京都案内

2020/02/16
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カテゴリ:常駐ガイド
【2020年2月16日(日)】

 光照院勤務の14日目でした。2回目の当日世話役でした。天気予報通り雨の一日でしたが、京都の最低気温9.5度、最高気温14.2度と暖かい一日になりました。

 光照院の中門を入ったところに立派な桜の古木があり、本堂、書院への参道に覆い被さるように枝が張り出しています。朝の準備のとき、傘が枝に当たってしまいました。傘に遮られて、背丈より少し高いだけの枝に気付かなかったのです。多くのお客様が傘を枝に当ててしまう可能性があります。桜の枝が損傷したり、お客様の傘が壊れたり、最悪の場合お客様が怪我される危険性もあります。そこで、ご住職に許可を得たうえで、チェーン結界を移動させたり、三角コーンを並べたりして、枝に当たらないところをお客様に通っていただくように導きました。これは上手くいきました。

 当日世話役は他のメンバーの昼食時間の際に案内に入るときがあり、当日世話役であった私も何度か案内させていただきました。そのときにお客様から自製のフリップ(紙芝居)の漢字間違いのご指摘をいただきました。「常磐御所」と書くべきところを「常盤御所」と書いていました。それをお客様が気付かれたのです。両方とも「ときわ」と読むし、両方とも永久不変という意味があるのですが、光照院の別称は「常磐御所」が正しいのです。ご指摘いただいたのはありがたかったです。ご指摘いただかなければ、ずっと間違ったままだったでしょう。感謝です。時々こういうことがあります。なかには、間違いが気付かないままということもあったかも知れません。これから注意しなければなりません。


 さて、前回、応仁の乱で、持明院殿も光照院も焼け、乱が終わる頃、後土御門天皇によって自本覚公が誕生した持明院殿の土地が光照院に下賜され、そこに光照院が再建されたことをお話ししました(こちら)。

 開山の自本覚公、二世の月山円公(後花園天皇皇女)の後は、足利将軍家や近衛家の息女が入寺し住持しましたが、江戸時代初めに、後陽成天皇の皇女が入寺すると、以降は代々皇女(内親王)が入寺し、尼門跡となり、江戸時代後期まで続きます。

 後陽成天皇の皇女の方々が、門跡として三世・松山尊栄宮、四世・心月尊蓮宮、五世・崇山尊清宮を務められました。


後花園天皇から後陽成天皇に至る系図






 続きます。



 光照院勤務後、ある方にお会いするため堀川五条のロイヤルホストに立ち寄りました。→こちら



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最終更新日  2020/02/18 12:30:43 AM
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