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ワルディーの京都案内

2021/05/16
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テーマ:京都。(5558)
カテゴリ:若冲と応挙
【2021年5月16日(日)】

 コロナ緊急事態宣言下で色んな外出がなくなり、短時間の外出を除き、5月1日から16日連続の在宅です。今日がその最終日です。在宅といっても、会の雑事があってのんびりはできないのですが、それでも少しプライベートの時間がとれるようになりました。今年は早くも西の方が梅雨入りだそうです。京都も今、雨が降っており、すぐに梅雨入りでしょう。梅雨が明けた頃には、コロナ禍も明けていて欲しいものです。


「奇想の画家 若冲と応挙」の#5です。

◆第1章 近世日本絵画史概略(続き)

1-4 江戸時代中期

 江戸中期は、江戸初期に力をつけてきた町人層がさらに発展した時期です。学問・文化・芸術が一握りの特権階級だけのものではなくなり隆盛を極めました。


#2で示した年表「近世日本画の代表的な画家」の該当部分を拡大して示します。


年表「近世日本画の代表的な画家」の該当部分拡大




 江戸時代は鎖国の時代ですが、中国とオランダは長崎での貿易が許されていました。中国からは、画家も招聘されました。沈南蘋(しんなんぴん)が清から招かれ3年間滞在しました。沈南蘋の写実的な絵は江戸、大坂、京都、三都の画家に大きな衝撃と影響を与えました。上方では円山応挙与謝蕪村伊藤若冲らが、その影響を受けましたが、刺激されながらも、それぞれが独自の画風を築きました。


左:沈南蘋「枇杷寿帯」1750年 三井記念美術館
右:沈南蘋「「老圃秋容図」1731年 静嘉堂文庫美術館

    



 また、文化的なバックボーンがなくてもわかる、理解しやすい絵、訴求力のある絵が求められ、上方では多くの個性的な画家輩出しました。若冲もその一人ですが、辻惟雄氏の「奇想の画家」の一人曾我蕭白もこの時代の画家です。


曾我蕭白「雪山童子図」継松寺            曾我蕭白「美人図」奈良県立博物館
   



 8代将軍吉宗は洋書を解禁しました。オランダから銅版画、油彩画が流入し、遠近法、陰影法など新しい写実技法がもたらされました。そして応挙のような新しい写生画を開拓しつつあった画家のみならず、文人画の池大雅にまで影響を与えました。

 南蘋の絵は江戸ではそのまま受け入れられ、宋紫石のような南蘋派画家が育ち、西洋の銅版画などに刺激され、秋田蘭画と呼ばれる洋風画が生まれ、そして浮世絵師が浮絵を描くなど、江戸に本格的な民間画壇が成立しました。

 下に勝川春章(かつかわしゅんしょう)の浮世絵「美人観賞図」を示します。ぎこちないですが、透視図法が使われています。#4で紹介した菱川師宣の立体表現とは大きく違います。このように西洋の写実技法は浮世絵にも影響を与えました。


勝川春章「美人観賞図」1789~92年 出光美術館






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最終更新日  2021/05/16 11:12:41 AM
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