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テーマ:京都。(6417)
カテゴリ:京都研究
伏見稲荷大社とその周辺の「お滝」について その6
ワルディー・ヨーリョ 11.新たに発見した2つの「お滝」 第6章の地図に記載された「お滝」で、どうしても見つけ出せなかった「お滝」がある一方で、現地踏査を重ねる中で、記載されていない2つの「お滝」を発見することができた。 1つは「お山巡り」裏参道の入り口近くの「間力教会」の「間力滝」である。現地取材で、間力教会は昭和28年創建で、現教主で2代目であり、「お滝」は、その石鳥居に彫られているように昭和57年に建設されたものであることが分かった。尾根筋にあるので水流は水道水とのことで、お滝群の中で最も新しい「お滝」であり、唯一水道水を使う「お滝」である。 もう1つは、日蓮宗宝塔寺境内の「たつみ滝」である。すでに廃滝になっており、石碑で昭和25年に建設されたものであることが分かる。幸いにも、境内を掃除されている地元の檀家さんにお話を聞くことができ、この「お滝」はある熱心な信者さんの寄進によって造られたが、近くに学校(当時の立命館高校)が建設された後、水流が弱くなり、約20年前に廃滝になったとのことである。 図1に両「お滝」の写真を示す。 ![]() 12.歴史の中で名前の変わっている「お滝」 古地図などのリストを再掲する。 ①西川文吉、他2名「官幣大社稲荷神社境内及稲荷山神蹟全圖」(1913) ②松岡貞次郎「伏見稲荷神社御山獨案内」(1913) ③吉田初三郎「伏見稲荷大社境内名所図会」(1925) ④中村風祥堂「伏見稲荷参拝図」(推定昭和初期) ⑤伏見稲荷大社編「続・お山のお塚 参拝経路図」(1966) ⑥深草稲荷保勝会「伏見稲荷大社付近名所案内図」(2001) ⑦北尾鐐之助「近畿景観 第三編 京都散歩」(1934) 上記の地図に記載の「お滝」のなかには、、歴史のなかで、名前が変遷しているものがいくつかある。前出の「不動滝」→「岩龍滝」がそうである。 それ以外では、「末広滝」と「七面滝」の間の「お滝」がそうである。図2に示す。 ![]() ①では「新熊鷹新」となっており、②では「三光滝」となっている。①はあまりデフォルメされていない地図であることから考えると「熊鷹新滝」は現在の「御劒滝」と考えられる。一方、②では、隣接する2つの「お滝」からの距離が記載されており、ちょうど中間に位置することから、こちらの「三光滝」も現在の「御劒滝」と考えられる。しかし、①と②の地図は両方とも、1913年に発行されているので、正式名と通称といったように、複数の呼称があったと考えるのが妥当であろう。その後、所有者が替わるなどして「御劒滝」という名称になったとのではなかろうか。ただ、「御劒滝」の管理者の方は、「熊鷹新滝」、「三光滝」の名前は聞いたことがないとのことであった。 もう1つは「清滝」上流の「お滝」で、①では「荒滝」、②では「笠杦早瀧」、③では「初音滝」④では「清明滝」となっていてる(図3)。 ![]() 現存の「お滝」の名称は「清明滝」である。「清明滝」は伏見稲荷大社社領にあり、かつ伏見稲荷大社が直接管理する2つの「お滝」のうちの1つである(もう1つは「清滝」)。これについては前出の文献「朱」36号の「稲荷山のお塚についての覚え」に、昭和9年に「初音滝」を改修して「清明滝」と改称したとあるので、「初音滝」が同じ場所で「清明滝」となったのは間違いない。「荒滝」「笠杦早瀧」も同じ場所にあったのかどうかは不確かではあるが、「お滝」に適切な場所は自ずと限られてくるので、同じ場所で「荒滝」→「笠杦早瀧」→「初音滝」と変化していったと考えてもいいのではなかろうか。 よろしかったらぽちっとお願いします。 ←前回「京カレッジ『お滝の研究』」 次回「京カレッジ『お滝の研究』」→ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026/08/08 08:34:36 AM
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