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テーマ:心の病(7318)
カテゴリ:あなたはどう思いますか?
「もう,ボケてしもうてダメばい。」
親父の口癖だった。 それを聞くたびに, 「自分で『ボケとる』っていう間は大丈夫さ。」 と言っていた。 私はすっかり足が遠のいてしまったが,囲碁教室に親父は通っている。私は夜の部に向かう車の中で,子どもたちの成長の様子を聞いていた。 母の退院が明日に決まった。 A子が母の荷物を少し持って帰ってきた。 「夜,お父さんのところに行くときに持って行って。」 いつもの出掛ける時間になって,実家に向かう。 荷物を持って玄関へ。…鍵がかかっている。 いつも開けっぱなしで不用心なぐらいなのに。 ノッカーを叩く。この家のノッカーの音はデカイ。 うるさい!と感じるものなのだが…親父は出てこない。 ゲ…。 バイクがあるので,間違いなくいるはずなのだが…。 一旦車に戻って,実家の鍵を取り出す。 鍵を開けてみると…ガタン チェーンがかかっている!! なんじゃこりゃあ…。 家の中は暗い。 「お父さん!」 返事がない。…孤独死か?? 再び車に戻って,携帯を取り出して裏口へ向かうと2階の電気がついていた。 電話のコールに親父の対応は思いの外早かった。 「もしもし。お父さん?2階におると?」 「うん。」 「ノックしても呼んでも出てこんし,チェーンまでかかっとるけん,何事かって思うた。」 「うん,何ばしよったってこともなかばってん,することもなかし,2階でボーッとしとった。すぐに開けるたい。」 親父が出てきたので,私は玄関に母の荷物を置いた。 「お母さんの荷物けど,このままここに置いとってってさ。」 「うん,わかった。」 そして車に戻って,しばらく待っていると…親父が出てこない。 もう一度,玄関へ。 「急がんでもいいけど,火の元とかよう確かめて来んね。」 すると親父はステテコ姿のまんま出てきた。 「…夜の部,行かんと?」 「…あぁ,そうか。今日は土曜日やったね。忘れとった。でも,体調もようなかし…行かんでもよか。」 「そう。無理して行かんでもよかけどさ。」 「…碁ば打っとったら,少しは時間つぶしにはなるたいね…。」 ヘボ碁が大好きな親父が行くのをためらっている。そもそも,夜の部に出かける日だということを忘れていること自体,ありえない。 家の2階で,一人で何をしていたんだろう。 パソコンで遊びよった?本ば読みよった?寝とった? 車の中でいろいろ聞いてみたが,どれにも頷かなかった。 …ボーッとしとった。 本当にボーッとしてたんだろう。 話し相手もなく…これといってやりたいこともなく…。 親父は5戦全敗だった。 私は1勝1敗。 これが,本物のボケの始まりなのだろうか…。 母が退院して,話し相手ができればちょっとは違ってくるのか…。 ちょっと,気がかりが増えた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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