2016/11/29(火)22:05
皇帝ダリアが色んな所で綺麗に咲いています
「藍の風」 ミニエッセイより
「古いセーター」
テレビできれいなベストの編み方を教えてくれる。
私は古いれんが色のセーターを
押入れの奥から探し出して、ほどくことにした。
糸をほどくと毛ぼこりがこたつの卓の上に散った。
二十歳代の私の思い出もほぐれてくる。
残念ながら恋人は登場しない。
戦後、疎開した山間の街で教職にありつき、
下駄ばきで通勤した山路は、
雨が降ると、スフや人絹の鼻緒は濡れると切れやすく、
いつも布ぎれをポケットに入れていた。
教科書は薄っぺらで、ま新しい自由と民主主義のおかげで、
今では考えられない「ゆとり」があった。
三時になると校庭に出て遊び、四季折々の渓の風景を眺め、
お喋りを楽しみながら、四粁の山路をテクテク帰った。
その頃まだ新しい自転車は買えなかった。
町で育って山の学校はすべてが新しい体験であり、
好奇心いっぱいで、貧しいながらも楽しく希望があった。
此頃、教育にゆとりを言われ、土日を休んで一週五日制になった。
学校も古いセーターのように縮んでしまったのだろう。
(昭和五十七年二月「俳句とエッセイ」七月号に掲載)