車輪の下から村長の息子
お友達の此花朔耶さんがヘッセの車輪の下を再読なさり、こんな日記を書いていらした。http://plaza.rakuten.co.jp/germankokusai/diary/200706250000「ささやかな村長の息子」というくだりがあるらしい。 新潮の、高橋健二訳。「車輪の下」を日本語で持っている方、分かります? 車輪の下は少なくとも5人の日本人に訳されているので 同じ訳が出てくるとは限らない。 そこでね、それって元はどんな訳だろうっていう話になり、 私はネットで検索したですよ。 その結果、そういう文には当たらなかったんだけど、 主人公のハンスのお父ちゃん、ヨゼフについては、以下の文が出てきた。 Herr Josef Giebenrath, Zwischenhaendler und Agent, ist ein durchschnittlicher Buerger und hebt sich durch nichts von seinen Mitbuergern ab. ウムラウトはAE UE式に直してあります。IEの人、文字化けるのでね。 で、この訳はどうかっていうと、 おとーちゃん(ヨゼフ・ギーベンラート氏)は仲買商人で、彼をほかの「市民(階級)」からきわだてるものはなーもない普通の「一市民(階級)」である。 ってことだが・・・ ここで考えたのは、「市民(階級」という言葉について。 Buergerは、村にいてもBuergerなんだなぁと、 今更ながら、階級制度のことを思ったのです。 丁度このところを扱ってることもあって、引っかかったのだった。 Buergerというのは、元々は、 自治体に関する政治的な権利、 いわゆる市民権を有するものという意味なんだが、 一般には市民と訳されている。 そして、ここは黒い森の中にある村。 市民(階級)というところを、村民と訳してしまうと、 村内にある階差が示されないわけで、よろしくない。 これが上の訳の村長とどう重なるかということなんですが まあ、重なりません(失礼) 朔耶さんの疑問は、「ささやかな村長の息子」ってどんなんやねん。ということなのだが。 この訳者(高橋健二氏)はドイツ語を非常に想像しやすい訳を付けたりしているんだが(例えば、die bessere Haelfteを「よりよき半分」など。ちなみにこれは、朔耶さんは伴侶と訳していらっしゃる。バタくさく言えば、ベターハーフ) 村の市民階級と書いてしまうと、 市民階級について知らない人は、矛盾してると思うだろう。 かといって、上に書いたように、Buergerrecht(いわゆる市民権)とも関わりがあるので、 単純に中産階級ともちょっと違うんだよね。 と考えると、全然違うところで(個人的に)面白かったので、 日記にしてみました。高橋健二氏は、町民と訳されている模様。町民・・・これはシュヴァルツヴァルト(黒い森)のDorf,つまり村の話なので高橋氏らしい訳だなぁ・・・とはいえ、一抹の疑問が残る・・・。 高橋健二さんの訳は 児童文学とケストナー作品で慣れ親しんだ文体なので彼の持ち味と私は思っているんだけど、 検討を始めると、細かいところでは、 「もしもし?」と思うところが、現代では結構ある。 しかし、その翻訳量にはすごいものがあり、 訳の正確さと文学性とドイツ文学を世に広めることと どれをとるかというのは難しいところでしょうね。 (そういうわけで、独文には、こういう訳をメタくそに言う人と、 まあまあという穏健派と、両方いる) 全部きれいにこなせていれば一番いいけど、量をこなすには、こういうところで立ち止まっている暇はない。(だから私の論文は進まないのだ)。 さて、Buerger、ビュルガーじゃない人って何?というご質問を頂いていたので、それも書いておこう。Buergerとは、元々、公民権を持った人。ということなのだが、転じて市民とか、さらには市民階級という意味に使われている。Buergerの規定からして、いろいろなので、 Buergerでない人も、 Buergerの規定によって変わってくるんだけど、 例えば、使用人、日雇い労働者、農業従事者(これはいわゆる農民、Bauerとはまた違うのであった)等々でござる。 都市においては労働者階級と区別されるので、工場労働者は、普通、いわゆるBuergerとはみなされない。まあ、こっちは階級制度的なものが強いので、厳密には、Buergertum, 市民階級ではない。ということになるんだけど。 あとは、Buergerは都市における市民権を獲得しているもの。 とすれば、これを持っていながら、周辺の村で暮らしていたり というものもある。出稼ぎに来ないとならないので、その権利を保つために特別に市民税を納めたりなんだりして。 そういう意味では、たくさん土地を持っていて、農業従事者を雇っている裕福な農民でも、Buergerではなかったりする。 Buergerって、ほんとに面倒くさい概念だ。