schatzky☆ドイツ忘我と結実の境。

2006/09/26(火)19:40

不安、北海で牛に囲まれ

淡々と過ぎる日々。天気とか、病気とか。(142)

遡って書いています。続けて9月26日。 不安の種は、不安がっているといくつでも沸いてくる。あれが片づいたら、次はこれ、 不安の気持ちが消えない限り、 限りない。 そう分かっていても、不安なときはどうしようもない。 自分の生活の不安もあるんだけど 毎日ネットにつながらなかったり、自宅不在で電話につながらなかったりすると、 親や、大切な人たちのことが心配になったり。 連絡しようかと思っても、大病を患っている恩師など、 病状が思わしくなかったらと思うと、心配で怖くて連絡できない一方で、 しばらく連絡の取れない状態でいると、その間に何か起きていはしまいかと これまた心配になる。 人にはアドバイスできるのに、自分はどうも、深みにはまってしまって なかなか抜けられない。 とりあえず、深呼吸。さて、8月22日の北の小島。今日、友達3人衆は海水浴へ。 私は家に残り、勉強。まあ、そのつもりで来たんだし、一日ネットも何もなくて、 家に残れば本を読むだけ。 泊まっているところは農家。北の小島で農家っていうのも、 土地の制限があって、更に、ダムや堤防が整ってなかった時代は、 秋から早春にかけて、よく洪水が起こっていたらしい。 「家の前まで水浸しってよくあった」と、叔母さんはいっていた。 歩いて15分くらいのところに海。そこから家までの畑、全部塩害でパーな訳か。 牛には良いのかしらね。 毎朝、牛は列をなし、道路をのろのろとその日の目的地まで歩き、 決まった畑で草をもぐもぐ。 大抵、泊まっている部屋の窓から見える畑にいる。 そして夕方、ぴったり5時、笛の音で集められた牛はまた、 のろりのろりと一般道を一列になって帰ってくる。 不思議だよねー。 先頭は牛。最後に自転車で、叔父さんが後からついてくる。先頭の牛、どこに行くべきか、知っているんだよね。 本当に不思議です。  

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