2427658 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

みかんの木を育てる-四季の変化

PR

全3948件 (3948件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

2020年03月27日
XML
カテゴリ:ミカン畑の周辺

​第5回と6回の野焼き​

3月25日(水)から27日(金)は、小田原のみかん園行きです。
2月初めから始まった野焼きは、今も続いています。

3月25日(水)は、第5回目の野焼きでしたが、その日の朝の様子です。



午前6時50分頃だったでしょうか、みかん園の現地に到着した時のものです。
今回の野焼きへかけた気合のほどを感じていただけるかと思います。

今回、3月25日に野焼きしようとしている対象ですが。
お隣の赤い屋根のみかん小屋の手前に、積み上げた切り枝の山がありますが、それです。



次の写真は、お昼近い時間になってましたが、
この日の野焼きの目標ですが、これは達成されました。
処分したい雑木は、まだ周辺は片付いてはいませんが、
それでも、一つの広場が出来ました。



さて、その翌日の、3月26日(木)ですが。
ひと休みすると、さらに進めようとする気力がわいてきたようです。
再度、野焼をして、その周辺を切り枝を片付けるべきと。

これは3月26日(木)、昨日に続いて野焼をした結果です。
まだ煙が登っていますが、野焼きした結果です。



「野焼きは朝方にやるべきだ」、ベテランの農夫の二人が共通して言ってました。
野焼きの火が消えるには、かなりの時間がかかるんですね。
だから十分に火が消えたのを見届けるためには、朝方にしておくべきなんですね。

それと、今回の開拓をしていて、雑木林の中にあった宝物、貯水槽を見つけました。



ここに貯水槽があっちということは、
それが意味しているのは、この隣接地にみかん小屋があったんじゃないでしょうか。
だいたい貯水槽の水というのは、みかん小屋の屋根から集めた雨水をためているんです。
しかし今は、ただ貯水槽か木を切った山林の中から「発見」しただけですが。

かつてはここを拠点にした薬剤散布をするために、この貯水槽が必要だったわけですが、
このおかげで、野焼きしたあとの火の始末に役立ってくれました。



雑木林を払ってみると、かつては広いみかん園だったことが、
そのあとをしめす原野が出てきつつあります。
開墾の進展とともにイノシシの侵入防止策を、手前の方に移動しました。


鉄柵を移動した翌日には、その晩に鉄柵が曲げられていました。
イノシシガンガンと鉄柵に体当たりして、
鉄柵をくぐってみかん園の中に入ろうとしたことがうかがえました。

この痕跡からしても、今回の開拓の苦労の成果が示されていると思っています。







Last updated  2020年03月27日 21時04分59秒
コメント(0) | コメントを書く


2020年03月23日
カテゴリ:畑づくり

​4回目の野焼き​

3月23日、小田原の石垣山みかん園ですが、
みかん園の隣接の開拓で、4回目の野焼きをしました。



手前の野焼きあとは、第一回目と三回目に野焼きしたときのあとです。
見ての通り雑木林は消えたんですが、
今回注意してみると、地面から新たな芽吹きが、あちこちに始まりだしています。
地上に出ている部分を刈り取っただけですから、
地下茎は完全に生きていて、春の新たな芽吹きを始めだそうとしています。

雑木林を切り開くと沢山の切り枝や蔓が発生しますが、
早く片づけないと、新たなゾンビの様なつる草に覆われてしまいます。
そうなると、手が付けられなくなりますから。
野焼きして、片づけを急ぐのは、そうしたわけなんです。

しかし、まだまだ片付ける対象がたくさんあります。



手前の西側も、先方の東側にも、片付けなければならない切り枝がたくさんあります。
まわりは、まだ倒した木や地面をおおっていたつる草がいっぱいあります。


まだまだ、これから後片付けの野焼き作業が、何回か続いていくわけです。
しかし、少なくとも、イノシシの生活圏になっていた雑木林は無くなりました。
ヒヨドリがとまり木にしていた林の枝もなくなりました。
彼らの動きが、前よりは自由にならないことは確かだと思います。

これは、隣接するみかん園の園主さんたちが、
それぞれ了解してくれたからこそ出来ることになった、雑木林の開拓なんですね。
わたしなどは、エスカレーターを下がるような流れがあるなかで、
それをみかん農家が力を合わせて巻き返していくための、
単純だけど大事な要素が、ここにあると思っているんですが。







Last updated  2020年03月23日 18時30分44秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年03月21日

​多摩の団地の朝市​

3月21日(土)は、午前9時から多摩の永山団地で朝市です。
今回は、湘南ゴールドとフキが、今季初めて登場しました。



湘南ゴールドは、この時期の柑橘として、フレッシュでジューシー、香りも良いんです。
もともとゴールデンオレンジ(黄金柑)という品種があるんですが、
それをもとにして、神奈川県の根府川の試験場で育種されたもので、
その「特許」により、神奈川県内しか栽培が出来ないんです。
いわば地域特産のブランド品なんですね。
この時期に大変美味しいんだけれど、知っている方が、まだまだ狭いんですね。

当方は、小田原で採れた柑橘類を、東京多摩の団地に運んでいるわけで、
まだほんの少しですが、湘南ゴールドの認知が広がりだしています。
小さいものを味見用に使って、どんどん試食してもらってます。

湘南ゴールドは、これから、3,4週間の間が、供給できる期間なんですが、
多摩の団地に、新たなファンをつくる為に、当方も一役買うということです。







Last updated  2020年03月21日 13時50分16秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年03月20日
カテゴリ:ミカン畑の周辺

​素晴らしい景観​

3月19日‐20日は、引き続き小田原のみかん園の周辺の開拓です。
前回の15‐16日、15日に切り倒した木を、16日に野焼きしたんですが。
ひどい目にあいました。
18日(水)になって、首筋と顔、手首にかぶれのひどい湿疹が出てきたんです。
しかしここで手を緩めるわけにはいきません、続きの作業をすすめてきました。
その報酬は、素晴らしい景観が回復したことです。

これがその景色です。



雑木林を開拓したことで、
小田原の市街地と相模湾の景色が展望できるようになりました。

今回の作業で、次のどんど焼きの準備が出来ました。



3回目の野焼きの準備です。
野焼きの実施は、延焼の危険がありますから、雨の降る天気を見なければなりません。
加えて、残り火の危険もありますから、早朝の火入れとなります。
今回はというと、あくまで、その準備作業です。

その報酬は、なんと言ってもこの景色です。



相模湾から大山まで、視界がグーンと開けたんですから。
さらに、その左側に目を移すと、丹沢の山々まで、
素晴らしいロケーションが展望できるようになりました。



ただし、これは瞬間的なものです。

第一に、今回の作業では、草木の地下茎はそのままですから、
4月‐7月ともなれば、自然のエネルギーが復活してきます。
ここまでの伐採作業は、園主さんたちも以前にやっていたと思います。
地下茎は生きてますから、これで終わりではなくて、すぐに元の草木が復活しようとしてるんですね。

加えて、木は倒しましたが、
その倒木をせん断して処分しなけれはならないこととともに、
大きな木の下には、そのまわりには予備軍の草木が控えているんです。



これをかたずける作業は、まだ三分の一程度です。
木を切ることも大変ですが、この後片付けも、これはこれで大変なんです。
私などのかぶれをきたしたのも、そうした中でのことです。

しかし、「そのあとをどうするの?」「誰が手入れや管理をするの?」
今後については障害は多々あるわけですが、
たとえどんな障害があったとしても、先行きにどんな不安があったとしても、
荒れ地を元のみかん畑に近づける、2-3年がかりの仕事でしょうか。
そこまでならば、私などにもできることですから、
なにはともかく、私などのできるところまでは頑張るということです。

残余は、これは小田原のみかん園が全体的に直面している問題ですし、
より大きくは、日本の農業が一般的に直面している問題ですから、
個人の問題の域をこえて、大きな社会的な問題であり、日本国家の宿題なんですね。







Last updated  2020年03月20日 19時37分52秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年03月17日

​ヘーゲルの言葉の一つ​

みかんの収穫は、その時が限られてますから、読みたい本をかかえて畑を往復していました。
温州みかんの収穫・販売も山場の仕事は終わりましたが、
その後にも、周辺の雑木林の開拓など、農夫はあれこれの仕事におわれています。

そうした中にあって、ヘーゲルの印象的な言葉が残っています。
今回はその紹介ですが、それが何かに役立ってくれれば幸いなんですが。

ヘーゲル(1770-1831)とは、ドイツ古典哲学の代表的人物で、日本では江戸時代の人です。
以前に読んだはずの『哲学史序論』(岩波文庫)ですが、
何故かそれを今回読み返す機会があったんです。



私などは、日中は、あれこれの仕事においたてられますから、
短時間であっても、自由な瞑想のひと時が大事だと思っていたんですね。
その時ばかりは、自分自身のあれこれの必要な事項に思いをめぐらすことが出来ます。
しかし、ひとたび動き出すと、否応なく現世の必要に追い立てられることになりますから。
やはり朝のひと時が、自分自身の課題を念頭にする上で、大切な時と感じていたんです。

ヘーゲルの『哲学史序論』ですが。カール・ミシュレという人が編集したものだそうです。
ミシュレの序言によると、ヘーゲルの哲学史講義は、イェナでの1805年期から晩年の1831年のベルリン大学まで、10回は講義していたそうです。

私などが注目したのは、その中の序論の部分ですが。
その部分を抜粋してみます。

「第三に、我々は個々のものに入る前に、先ず一般的な見通しをつけておかなければならない。そうでないと、我々はただ個別的なものだけを見て全体を見ず、ただ木々を見て森を見ず、ただ個々の哲学だけを見て哲学そのものを見ないことになる。精神は自分の全体の目的と規定とについて一般的な観念を獲得しておくことが要求される。それは、我々が何を求むべきかを知るためである。即ち我々が個々の部分の中に入って行くとき、やがて見失ってしまう風景を全体的に概観しておこうとするように、精神もまた個々の哲学と普遍的なものとの関係をつけておこうとするのである。なぜといって、個々の部分は実際は、その全体への関係によって、独自の価値をもつことになるものだからである。」(P45)

この指摘(思想)なんです、私などが注目したのは。


まったく別々のことですが、やはりなぜか関連して浮かんでくる言葉があります。
それはエンゲルスの言葉ですが。彼は、晩年の時期ですが、マルクス主義の大切な側面として「行動の指針」として扱うことが大切だよと、手紙などで繰り返しアドバイスしています。
私などは、ここにはことがらの主題は違うんですが、中身として、両社の指摘にはつうじている点があると思います。

私などは、場当たり的に、その時々に必要なことを、ただただモグラたたきのようにして渡ってきたような気がするんですが。
やはり全体を見た中で、それとの関連で個々のものの位置・問題というものが、いっそうはっきりととらえることが出来るということなんですね。これは、ものごと一般にとっても、やはり大事な問題だと思います。
朝の瞑想の大切さということも、ここに重なってくるように思います。







Last updated  2020年03月17日 12時00分57秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年03月16日
カテゴリ:ミカン畑の周辺

​雑木林のみかん園の回復​

小田原・早川のみかん園ですが、ついにやりました。
精いっぱいやっても手の及ばなくなったみかん園でしたが。
20年近くが経過して雑木林になっていたんですが。

3月15・16日、二人の応援者が来てくれて、その雑木林をなくしました。



これは、3月15日の伐採の大仕事を終えた後の景色です。
ヒヨドリがとまり木にしていた雑木林が無くなりました。
蔓枝が幾重にも絡み合っていて、幽霊のようでした。
いくら大木を切っても倒れない、蔓枝が支えあって立ちっぱなしになるんです。

この一筋縄ではない伐採作業の途中では、写真を撮るどころではないんですね。
ものごとは、結果の落ち着きをえてから、
伐採作業が一段落してから、事態を観察されるようになるというわけです。

さらに、その切り枝の後始末の作業があります。
難関は過ぎて、基本的には後片付けなんですが、
これがまた大変な仕事なんです。
つる草や切り枝を細断して、野焼きをするわけです。



次の景色は、今回の労働の産物なんですよ。



ここには、イノシシの住家となる雑木林があったんです。
向かい側のみかん畑などはまったく見えなくて、
うっそうとした雑木林にさえぎられて、そもそも人を寄せ付けなかったんです。

ドン・キホーテではありませんが、時代に対する抵抗です。
かつて東北の出稼ぎの人たちの力もあって切り開かれてきたみかん園です。
その手当が払えなくなって、3世代の家族労働によって支えられてきたみかん園です。
子どもたちが会社勤めとなり、老夫婦がへとへとになって守ってきたみかん園です。

耕作の範囲が減少することは自然の摂理です。
その分イノシシたちの活動範囲が拡大してきました。
放任園というのは、人が怠けているために出来るんではないんです。
精一杯になって、体力の限界まで働いても、それでも出てきてしまう状況なんです。

そのことを、政治は直視していますか、問題を明らかにしていますか。


『農産物を海外に輸出すればよい、日本の農業は優秀なんだから』などとほざいて、
試食するようなかっこをして『美味しい』なんて、「これぞ未来像だ」なんて。
現実離れした、トントンカンな農業政策ですが、それが今の現実です。
現実というものを、ほとんど頭にない政治家については、
これにはきびしく対処して、早く取り換えないと、農業は大変だし、
国民生活じたいが大変な事態になってますね。

本来持っていた力を回復させることが、いかに大変かを実感させられる作業なんです。







Last updated  2020年03月16日 18時30分40秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年03月14日

​雨の中の朝市​

3月14日(土)は多摩の団地朝市でした。
冷たい雨の降る中での朝市でしたが、まずまずの売れゆきでした。



はなやかに、この時期の柑橘がバラエティーにならびました。

ネーブルは今回が最後でしたが、
清見、三宝柑、八朔、夏みかん、レモン、キンカンなどが並びました。
そのほかにも、野菜も少しですが並べられました。

冷たい雨が降る中でしたが、
その中を、わざわざ柑橘を買いに出かけて来てくれる人がいるわけですから、
雨だからと言って、簡単に流すわけにはいきません。
じつにありがたいことです。







Last updated  2020年03月14日 12時13分32秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年03月13日
カテゴリ:ミカン畑の周辺

​引き続き雑木払い​

この2月からみかん園の周辺の雑木を切り払っています。
その様子を3枚の写真で見てみました。

最初は、今年の1月29日のもの。
左側に雑木林がありますが、その向こう側に赤い屋根のみかん小屋が見えてます。
その雑木林は、この時点では「困りもの」として、観照の対象でしかなかったんですが。




2枚目は、2月20日時点のもの。
イノシシ除けの鉄柵を直線で張るために、V字形の一点の細道ですが、通路をつくりました。




3枚目は、本日のもの。
この一カ月半の苦労の結果です。
雑木林の大方は切り払うことができました。



切り倒した木をそのままにしておいては、
春の芽吹きの中で、つる草がすぐに覆いかぶさってしまい、手が付けられなくなります。


木を切り倒すことも大変な仕事でしたが、
今は、それを細断しての後片付けと、地面をおおう低木のつる草の刈り取りです。







Last updated  2020年03月13日 19時39分24秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年03月11日
カテゴリ:みかん栽培

​いよいよ湘南ゴールドの季節​

小田原のみかん園では、ネーブルの販売が終了します。
続いて、3月の後半からは湘南ゴールドの販売が始まります。

湘南ゴールドは、もともとゴールデンオレンジという原種があったんですが、
それを改良して、神奈川県の特産品にしたものです。

小田原・早川の石垣山の販売所には、すでに店頭に並べられていました。



湘南ゴールドは、この時期の柑橘として、とてもジューシーで香りがいいんです。
私なども東京・多摩の朝市に、この数年間に少量ですが、並べてきました。

消費者の中には『湘南ゴールドは、まだ出てこないの?』と、
楽しみにしている方もいるんですが。
全体としては、まだまだなじみが薄く、
『それは何なの?』『美味しいの?』などと問いかけてくる方も多々あります。

3月後半からの販売のそなえて、価格をリサーチしてきました。



産地の早川では、500グラム・8個入りの袋で350円の値段がついていました。
私などは、なるべくそれよりも少し安く出そうと思っていますが、
生産農家の人たちには、一年間の勤労がかかっていますから、暮らしがかかってますから、
いくら道楽農夫であっても、価格破壊のダンピングするわけにはいきません。

そこが、スミス-リカード-マルクスの労働価値説を念頭におきつつ、
妥当な価格を設定しようとして、値付けを探る段階に来ているわけです。

この時期の柑橘類は、お腹をすかしたヒヨドリたちに狙われます。
これは、当方の市民園の湘南ゴールドの木ですが、



手前の方にある甘夏は果皮が厚いので、さすがのヒヨドリも手を出すことはないんですが、
湘南ゴールドの木には、防鳥ネットをかぶせておきました。
そうしないと、ヒヨドリが必ず食い荒らしにやってくるんですね。

後ろの方にある木の高枝から、いつも様子をうかがっているんです。
人がいないと緑のネットの中に入ろうとしてやってきます。
当方が近くに行くと、高枝の方に避難していきます。

12月の温州みかんの時は、高木から数十羽が襲来してきました。
なにもヒヨドリの餌をつくってるわけではないので、その恨みつらみもあって、
この間に高枝のある雑木林を伐採し、木を減らしてやりました。
これによりみかん園の果実と高枝の木との間ですが、
以前は直下にあったんですが、今はだいぶ遠く離れるようになりました。

それでも、ヒヨドリの執念は相当なもので、防鳥ネットの中に潜り込んでばたばたやってます。
もしもネットがなかったら、悲惨な状態になっていたと思いますが、
いよいよ、この争奪戦も最終段階、収穫の段階がやってきたということです。
おそらく3月22日の週から、多摩の団地でも湘南ゴールドを並べれると思います。







Last updated  2020年03月11日 10時47分37秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年03月09日
カテゴリ:ミカン畑の周辺

​雨の中の野焼き​

3月8日(日)は小田原のみかん園でも、午前7時くらいからは雨となりました。
天気予報でこの雨を知って、7日(土)に小田原へ行きました。
目的は、みかん園の隣の雑木林の野焼き、西側に入口をつくることでした。

8日午前7時、まず雑木林の西側の木を伐採し、ここで二か所目の野焼きを始めました。



畑の西側に入口となる広場をつくりたかったんですが、
なにしろ林の範囲が広く伐採した木の量が多いので、一度でかたづくものではなかった。

野焼きは午前7時から始めたものの、7時間をかけた午後2時時点でこの状況です。
広場は確保されましたが、周りには切った雑木がゴロゴロしています。



「木を切るのは比較的に簡単だけど、あとの始末の方はもっと大変だ」
先日、伐採に来てくれた方が言ってましたが、まさにその通りなんです。
伐採した木を片付けるには、あと2か所、3か所の焼却が必要だということが分かりました。

現在、みかん園として手入れしている西園の広さの、2倍くらいの雑木林だったんですね。
当初、みかん園に隣接する2メートル位の草刈りをするつもりだったんですが、
ついつい欲が出て、
「イノシシの侵入を防ぐため柵を直線にかえよう」、「ヒヨドリがかたまっているとまり木をなくそう」、「林の西端までのどのくらいあるか、通路をつくってみよう」等々、
みかんの収穫期に特に激しかったイノシシとヒヨドリたちとの縄張り争い、その恨みつらみがここにきて働きました。



手前の左右に茂る二つの木はキウイが採れますから、あえて残してあります。
右側の上の方の木々はお隣の区域になりますから、勝手には手を入れられません。
ようするに、大方の雑木林については、伐採が済んだということです。
まだ、左側に天辺に蔓が巻き付いた木が、伐採したい木が1-2本あるんですが、
これは、私などの素人には、切り倒すのは難しいんですね。
大木の伐採は完了して、ヒヨドリたちのとまり木は無くなったということです。

この結果、南側の隣のみかん園ですが、陽が当たるようになりました。
小田原の市街地もよく見えるようになりました。
昨日の雨で、酒匂川だけでなく、早川からも濁流が海に流れたようです。



これまでは、東側のみかん園から西側の雑木林を眺めるだけでしたが、
野焼きをした西側から東側を見ると、いや広さが広いのなんのって。

もともと真鶴に父の残した125坪のみかん園があるんですが、
真鶴には見ることの出来ない広いみかん園の景色です。
「もったいない」というのが、私などの動機になっています。



しかし、この草木を払った原野ですが、草木の根を取っているわけではなくて、
あくまで地上に出た部分の木と草を刈っているだけですから、
春から夏の時期には、雑草がそれこそ大量に繁茂してきます。

農家の営々とした努力というのは、この雑草との力比べなんですね。
どの様にこの原野を活用できるか、これからそこが問われているんですね。

とにかく、開拓は続きます。野焼きしての片づけも続きます。
イノシシとヒヨドリの住家としておくには「もったいない」ということから始まったことですが、
これは、小田原のみかん園だけのことではなくて、
おそらく日本の農家が一般的におかれている問題です。

「農産物の輸出量をふやす」なんて、トンチンカンな現実を見ない農政が、
農家に強いている「ノー政」何十年の結果ですが、
早く現実を改善する政治に転換しないと、衰退しつつある農家をよみがえらすのは大変です。







Last updated  2020年03月09日 17時55分51秒
コメント(0) | コメントを書く

全3948件 (3948件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.