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2021年04月20日
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カテゴリ:生き方

​叔母の三回忌で想ったこと​

人は誰でも一度は死ぬんだけど、当人は喜怒哀楽一切なくなるから何も心配することはないんだけど、
しかし周りの人たちには、その生き様をとおして、様々なみやげを置いていきます。



内田京子さんが亡くなったのは、2019年4月19日、78歳でした。
私とは10歳違いの姉であり、叔母さんだったんですが。

その最後の日々に、私にもこれまで知らなかった現実が分かってきました。

一、京子さんは1940年に生まれて、戦争の始まる前の年に、乳飲み子で我が家の家族となったんです。
どういう事情であったかは、皆あの世にいってますから、聞きようがないのですが。
私は1950年生れですから、生まれたときから姉としていたわけです。

二、高校を卒業するときに、「卒業証書に橘田京子とはかけない」と先生から聞かされて、『どうしてなのか?、私は誰なんだ?』と、私などには一切語りませんでしたが、もがき苦しみだしたようです。橘田家を出たんだろうと、私などはつい最近になった気がついた次第ですが。

三、再びの出会いは、当時、箱根の教員の保養施設で、支配人をするようになっていた内田さんから『家族で遊びにいらっしゃい』とのたよりがあった時から。もはやそのときには、家族の主な人は無くなってましたから、京子叔母さんの存在があるだけで十分で、それ以外に何の問題もなかったんで、大事な問題に気がつかなかったんですね。どうして内田京子なのか?また、聞く必要もなかったんです。

四、時は過ぎて、京子さんが亡くなって、49日に法要がが済んだ後で、詰問されたんです。

「どうして、橘田家は京子さんを籍に入れてくれなかったのか!」と。

それは、私も漠然とながらも感じだしていた疑問だったんですが、ズバリと問いただされちゃいました。
私の記憶の旅が、事情を探る旅が、宿題としても問われたんですね。

五、その結論は、

1、事情は分かりませんが、おじいちゃんとおばあちゃんが、1940年に乳飲み子を家族とすることに決めた。その時、16歳くらいかと思いますが、私の母が「いっさい、過去のことはふせること」を条件にしたというんです。

2、しかし、先の事情で、小学生くらいだった私などの知らないところで、バトルがあったんだろうことが、今にしてなんとなく想いあたるものがあります。いつからかわかりませんが、京子さんは橘田家を出た。

今から思うと、1も2も、京子さんも家族も大変だっただろうと想像できます。どう考えても、どう努力したとしても解決しえない問題だったわけですから。

私は思うんですよ、普通なら、やけを起こして、ぐれたっておかしくないんですよ。

だけどその京子さんから、当時箱根湯本の旅館で働いていた京子さんから、「夏休みに掃除のアルバイトにこないか」とさそわれて、風呂洗いや布団の片づけなどをしたこともありましたが。やがて、1970年代の半ばでしたが、『家族で遊びにいらっしゃい』しなった経過ですから。その間に何があり、何を考えたか、恨み言を一切語ってないから、私などには問題をまったく感じることはなかったんですね。

3、京子さんは退職してから、最近までですが、「樹木葬」のカタログを手に『どこがよいか?』なんて聞くものですから、私などには現実感もなくて『どうだっていいよ、そんなことは』と、取り合わなかったんです。

4、今回の葬儀の様子は、積年の悩みが、そのすべてが心の底から解決したことを示してくれました。
葬儀自体は、もちろん不幸なことですが。しかし、それだけじゃないんです。
もはや、二世代の関係者は、一人の伯母を除いて、みな悩みをかかえつつあの世に行っちゃっているんです。そうした中でのことですから、今さら解決するなんてことは普通ではありえないことです。
しかし、葬儀にいたる最後の形は、京子さんにとってはもちろんですが、すべてこれまで努力したひとたちにとっても、奇跡的な喜ばしい解決が展開したものと私などはみえてきます。

三回忌は、コロナの関係で、人が集まること自体を控えることを要請されていますから、私の恨み節は、他人にはどうでもよいざれごとですが、こうした形で発散させていただきます。







Last updated  2021年04月20日 06時50分05秒
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