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ヘーゲル『大論理学』21概念論・概念一般について2 今回も、『大論理学』第三巻概念論、「一般概念について」です。 今回の『大論理学』第三巻でも、冒頭に「概念一般について」がかかれています。
1.そもそも概念の本性とはなにか、それはどの様に発生してきたのか。2.スピノザやカントの功績と問題点をどんな点で前進させたのか。3.経験的素材は現れるままで真理をもつのではなく、概念のとの同一性の中ではじめて真理をもつこと。4.論理学と他の諸科学との関係について。 しかしアドバイスだったとしても、この序論も私などにとっては難物なんですが。
二、そもそも「概念」とは何なのか。 第一に、私などはせっかちですから、この「概念とは何か」から、最初の問題を探ろうとするんですが、ヘーゲルは冒頭のところでそれに対して釘を刺しています。
第二に、これを詳しく見れば、実体から概念が現れてくるけれど、それは因果性と交互作用を通じての実体の運動(第二巻第三篇「現実性」)をつうじて概念の生成が叙述された。実体の運動は必然性の関係なんだけど、概念の自由というのは、実体の必然性の真理だからだ。
第三に、さらに概念の規定として
三、カントの批評について この「概念一般について」は全体で27節あるんですが、そのうち「カント批評」は半分の13節もしめています。それだけ重視してヘーゲルはカントの分析と評価を行っています。どの様な点でカントを評価し、またどのような点で前進させたのか。 ここもその意味を読み取るのは、やはりやっかいだったんですが。
レーニンは、私流に数えるとカント部分に関して、全集第38巻のP137-145で、全部で16か所の書き抜きをしていました。すべての節で書き抜きをしているし、なかにはほぼ全文を書き抜いている節もあります。その中で自分の意見や評価を書き加えているんです。エンゲルスの『フォイエルバッハ論』が理解するヒントになっていることがうかがえます。とにかく、大変な努力をしたもので、身を入れた学習だったことがうかがえます。この弁証法を理解しようとの努力ですが、どうしてあの忙しい人が、そこまでこだわりぬいたのか、それが必要だったのか。とにかくそのあとが残されています。 私などは、そのおかげで、このヘーゲルのカント批評の部分を理解するのに、レーニンの論評が大変参考になりました。これがなければ、この難所に踏み込めなかったかもしれません。
四、『小論理学』では、この問題がどうあつかわれているのか。 前回も紹介しましたが、ヘーゲルは『論理学』を長年にわたって講義しているんですね。 その経過をみると、 1、『大論理学』第三巻「概念一般について」は、「1816年7月21日 ニュールンベルグ」の著者の序言がついています。『大論理学』第一巻と第二巻は「1812年3月22日 ニュールンベルグ」がついていますし、第一巻については「1831年11月7日 ベルリン」の第二版の序文がついています。 2、他方、『小論理学』は第三版が「1830年9月19日 ベルリン」で刊行されています。
同じ主題を語っていても、ヘーゲル自身にもこれだけの時の積み重ねがあるわけで、さらに刊行された書籍と口頭での講義とでは、また性格が違ってきます。 とにかく、この険しい『大論理学』の山に挑戦して、あれこれの道・方法を探って接近しようとしているわけですが、今回の「概念論一般について」に関しては、レーニンの『哲学ノート』ですが、これがヘーゲルのカント批評を理解する上でたいへん参考になった次第です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2021年07月25日 14時57分52秒
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