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2022年04月10日
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​第2回『ヘーゲル法哲学』学習会​

4月10日(日)、福田静夫(日本福祉大学名誉教授)の『ヘーゲル法哲学』学習会を視聴しました。
第三期だそうですが、
第2回目の今回は、『法の哲学』第三部第三章「国家論」の第275節「君主権」の第286節までです。



「君主権」などというと、私たちとは関係ない時代錯誤のことような印象をもつかと思うんですが、
ヘーゲルの『法の哲学』は、そうじゃないんです。

今回、私などがこの学習会から学んだことを一点紹介します。

ヘーゲル『法哲学』は、戦前の美濃部達吉氏の「天皇機関説」の源流だったんだということです。

「天皇機関説」は、1935年に美濃部達吉氏が、日本の法学会・政界から追放されたことですが。
教科書にさらっと書かれていただけで、その中身が何なのかちっとも知らなかったんですが。

1889年(明治22年)に大日本帝国憲法が制定されたことは、事実として知ってましたが。
そこでは、当然ながら国民の権利、君主権と議会との関係が、問題になっていたはずじゃないですか。
そんなことがらは、「日本史」教科書では、ほとんど問題喚起はされてません。
しかし、この問題をめぐって「天皇機関説」事件がおきた。日本が戦争に傾く中でのことです。

天皇は議会で決めたことを執行する機関である、とのそれまでの憲法論の常識的解釈説でしたが、
それが力を強めた軍部やメディアの横やりで、天皇の至上にたいしてそんな学説は国体に反すると(1935年(昭和10年)、これが天皇機関説問題です。東京帝国大学元教授で法学者・貴族院の美濃部達吉氏ですが、このために公職追放され、たたかれたんです。
それは国民の権利が否定されたことだったんですね。戦争への道だったんですね。
今にしてみれば、それが分かるんですが、戦前の日本の右傾化の一つの節目だったんですね。
このことは、現在の日本学術会議の6名の任命拒否とかさなりませんか。

今回の『ヘーゲル法哲学』の学習会ですが、ここで何が問題だったのか、はっきりわかりました。
ヘーゲルというベルリン大学総長は、1821年の『法の哲学』で君主権(天皇)機関説だったんですね。ようするに、議会で決めたことを統治権者として執行するのが君主権の役割で、議会(国民)の意志を越えて勝手なことをしてはならないというのが、ヘーゲルの主張だったんです。それから60年余を経て美濃部説が、日本が憲法を学んだプロイセンにおいてそれが常識的な見解を、常識的な説として展開していたんです。

ところが、世の風向きというか、ある時期から特異な見解により攻撃されることになたわけです。
天皇の大権を犯すふとどきな説だと。日本の軍部や政治家、メディアの戦争方向への路線に捻じ曲げるために、この見解がたたかれる事態になっていたんですね。

ヘーゲルという人は、君主権を啓蒙君主の理想として持ち上げますが、その内実というのは近代の民主主義の主張に沿っていたんですね。
プーチンや安倍氏や、自民・公明・維新の政治路線とは、まったくのおお違いだったんですね。

時は隔てても、学術か野蛮か、戦争か平和か、同じような問題が問われているということです。

まぁ、これが今回、私などが学んだ、ヘーゲルのポリシーです。







Last updated  2022年04月10日 19時14分36秒
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