2012年08月14日

中山道、東京・板橋区志村坂上に残る「一里塚」

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カテゴリ:チョットひと旅

中山道の板橋区志村に残る、3番目の一里塚

東京・板橋区志村に「一里塚」が残っています。
当方の職場の近くなんですが、
中山道の志村坂上のすぐ近くに、その「一里塚」はあります。

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活発に車が行き来する中山道です。右方向が日本橋に通じています。
かなり大きな土盛りですが、中山道の両側に、一里塚はあります。

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現在の国道17号線、その所々に昔の中山道が残っています。
その旧道の道幅は、だいたい5メートルくらいです。

この一里塚は、場所は多少移動しているそうですが、
土台の石は、昔のままとのことです。
昔の一里塚の姿を、今に伝えているそうです。

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当時としては、ずいぶん立派なものだったことがわかります。
おそらく、中山道を行く旅人たちも、ここでひと休みしていったのではないでしょうか。
右へ20分くらい歩くと板橋宿、左へ30分くらい歩くと戸田の渡場にでます。

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実用性が無くなると、すぐに壊してしまいがちな中で、
よくぞ、これだけのものを、これまで残してきたものですね。

ところで、国道の中山道は、今や自動車の行来する大幹線ですが、
それは国道ですから、国が責任をもって維持管理しています。
いや、管理することになっています。

しかし、そもそもこの中山道と一里塚が出来たのは、江戸時代の初期ですよ。
幹線とはいえ、5メートルくらいの道幅の中山道に対して、
残された一里塚は、なんとも立派なつくりではないでしょうか。

現在の拡張された道路の脇にあっても、まったく見劣りはしません。
なんとも、当時の江戸幕府が、幹線道路をどれだけ重視していたか、
中山道に対する位置づけが、いかに大きかったかを、
この残された志村一里塚は、今日につたえてくれています。







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Last updated  2012年08月14日 20時34分43秒
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