『テンペスト』池上永一:角川書店
テンペスト、といえばシェークスピア、と思っていました。しかし同じ題名の本が日本にもありました。読んでみるとなかなかの本です。しかしこれは何に分類したものでしょう?時代小説?歴史小説?大河小説?最後のカテゴリーが、一番ふさわしいように思います。時代小説というには、舞台は琉球。お侍さんのチャンバラ小説ではありません。歴史小説というには、設定が荒唐無稽。大河小説とするのが、無難でしょう。舞台は幕末ならぬ琉球(琉は龍に通じます)王朝末期。主人公は、真鶴。またの名を孫寧温。男名です。真鶴のお父さんは、真鶴が兄より漢籍に詳しくても、無視していました。女では、官吏になれないからです。しかし真鶴の才能は、誰の眼にも明らかでした。意を決した真鶴は、女であることを捨て、「宦官」孫寧温として王宮に入ることになります。そこで彼女はさまざまな政敵に出会い、打ち負かし、挫折し、復活し…荒唐無稽な設定ですが、男性のふりをして難事を解決する女性はシェークスピアの作品にも出てきます。『ヴェニスの商人』のポーシャです。ただ『ヴェニスの商人』は喜劇でしたが、本書は違います。女性でありながら、男性以上の能力を持つ女性。日本の紫式部もそうでした。代表作『源氏物語』が伝奇小説であり歌物語であったように、『テンペスト』もまた和歌の代わりに琉歌を採りいれた、かの大河小説の末裔であると言えましょう。孫寧温が八重山に流され、また王宮に戻されるまでのくだりは、光源氏が須磨に流されながら許されて朝廷に返り咲いた挿話を彷彿とさせます。朝薫(薫の君!)はさしずめ頭の中将というところでしょうか。真牛こと聞得大君は弘貴殿の女御と六条御安所を足し、さらに卑弥呼がのり移ったような存在にして真鶴の影の分身。式部と同じように、この物語の作者も、主人公を自分と異なる性を持つ人物に設定し、ほとんど全能とも思える能力を与えました。皮肉なことに、その後も光源氏は恋に生き、孫寧温は政治の世界に身を置くのですけれども。本書は上下二巻に分かれています。上巻は「若夏」。女に生まれた真鶴が孫寧温として生きることを決意し、流刑になるまでの男の世界の話。下巻「花風」の前半は女を取り戻した真鶴が王の側室として生きる女の世界、後半は真鶴と孫寧温を行ったり来たりする一人二役の世界で、ここまでくるとなんだか笑えます。しかしそんな二重生活に転機が訪れます。真鶴の妊娠でした。みなまで語ると、これから読もうとする方の妨げになるので、これくらいにします。ただ、あまりに沖縄の歴史や風俗に詳しいので、もしやと思って調べてみると、やはり作者は沖縄出身。なるほど、当時の英国人、米国人、薩摩人、いずれもよく描けている国際感覚はそこから来たものか、と妙に納得してしまいました。今日は建国記念の日。思えば、琉球は王を失って日本領になりました。しかしかつての琉球王朝が、清国と薩摩の両方に仕えながらペリー提督との頭脳戦において勝利したように、現在の日本にも米中露の大国の思惑の間で、かつてない厳しい戦いを勝ち抜く知恵が求められているのですが…。男と女の間で揺れながら、それでも自分を全うした孫寧温、いや真鶴のように、日本もまた逞しく優しく生き抜いてくれることを、今日のよき日に願ってやみません。【送料無料】テンペスト 上(若夏(うりずん)の巻)価格:1,680円(税込、送料別)【送料無料】テンペスト 下(花風の巻)価格:1,680円(税込、送料別)