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つれづれなるままに―日本一学歴の高い掃除夫だった不具のブログ―

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障害のことなど

2019.04.29
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カテゴリ:障害のことなど
これは知的障碍をもつ生徒と長年かかわってきた経験から思うことで、それ以上の根拠はありませんが、知的障害をもつ子どもには大きく2種類あるように思います。

ひとつは、左脳の働きが弱い生徒。
もうひとつは、左脳の働きも右脳の働きも弱い生徒。

勘のいい方はお分かりでしょうが、左脳は言語脳です。
言語脳による概念理解が年齢相応に発達していかないと、知能検査にひっかかる。
しかしそれ以外の常識的な判断力などはノーマルなタイプ。

もうひとつは、左脳にも右脳にも問題があって、勉強ができないだけでなく、人間関係や情緒的な発達など、いろいろなところで「問題」が生じるタイプ。

学校でお目にかかる知的障害の大多数は後者です。
しかし、そういう子でも、言語が苦手な分、非言語的なメッセージが有効だったりします。

考えてみれば、人間だれでも、生まれた時から言葉のシャワーを浴びていながら、それを習得するのにはそれなりの時間がかかるわけです。

時間をかけても、なかなか習得できない子もいます。
言葉の運用に課題が残る子もいます。
まして脳全体の発達に問題があればなおさらです。

がしかし。
幼児だって言葉の習得は不十分だけれど、ジェスチャーは通じる。
何も相手が「ことば」を話すからといって、それにお付き合いする必要もないわけです。
こちらがなるだけしゃべらない。
簡潔に言う。
余計なことは言わない。

その方が有効なんだ、ということをどっかで読んだと思うのですが、なかなか実感としてわかなかった。
ようやく最近分かるようになってきました。

子どもたちはいろんなことを教えてくれますね。
自戒を込めて。






Last updated  2019.05.17 20:40:24
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2018.06.30
カテゴリ:障害のことなど
映画​の冒頭、劇場を間違ったのではないかと思った。これはSF作品だ。だがしばらく見ているとそれが少年の空想によるものであることがわかる。彼こそこの物語の主人公、オギーである。

構成は四部。本人、姉、本人の友達、姉の友達がそれぞれの語り手になっている。未読だが、これはおそらく小説の構造をなぞったものだろう。そうすることで、複眼的に物事を見ることができ、障害をもつきょうだいをもつ子どもの気持ちなども分かる仕組みになっている。

子どもは正直だ。子どもは素直だ。子どもは偏見を持っている。子どもには人を正しく評価する力がある。子どもは意地悪だ。

何のことはない、どれも大人に当てはまることではないか。子ども社会は、大人社会の縮図なのだ。そして、それ以上のものでもある。疑うものはこの映画を観よ。

全世界の​トリーチャーコリンズ症候群​の関係者の方必見。実話でないのが残念だけれど、この症状を一種の「暗喩」であると考えれば、より多くの人たちに当てはまるのではないかと思う。そう、あなたの隣人にも。


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Last updated  2018.07.14 21:19:45
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2018.04.14
カテゴリ:障害のことなど
シンガポールに住んでいる、一つ年上のいとこが日本に遊びにやってくる! 小学生の美奈子はとても楽しみだった。友達にも自慢した。けれど、再会したいとこは知的障碍者だった…

道徳や総合的な学習の時間に使うテキストとしておすすめの​動画​。わざとらしさも含めて、よくできている。思わず、泣いてしまった。






Last updated  2018.06.09 09:47:58
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2018.03.23
カテゴリ:障害のことなど
本作を観たのは、今の仕事に就く、ずっと前だった。確か映画館だったと思う。
あれから20年以上経って今再びDVDで観ると、感慨深いものがある。

それまで『典子は、今』など障害者を主人公にした映画はあったし、最近では『だいじょうぶ3組』なんてのもあったけれど、ハンディキャップをテーマにした純然たるフィクションで、本作を超える邦画はまだないと思う。

「まずその子の気持ちに寄り添うことが大事なんだよ」
「答えなんかないよ。見つけるんだよ」
「あの子たちに学んだことを、あの子たちに返すのが僕らの仕事だよ」
「自分たちにも母校があるんだ、という思い出を残してあげたいの」
「世の中に偏見と差別がなくならない間は、泣きべそなんかかくな(本人が泣く)」

支援のノウハウは或る程度進んだけれど、オーダーメイドでうまくいかないのがこの世界の常識。上記の金言は今でもそのとおりだと思うし、障害児教育を取り巻く状況が、あの頃と基本的に変わっていないのも寂しく思う。

「あの子たちが普通高校に行って何が悪いんだ。天使みたいなあの子たちから学ぶことはたくさんあるはずなんだよ」

リュ―先生(西田敏行)のこの言葉だけ抜き出すと、何が天使だ、と反発する向きもあるかもしれない。障碍者を理想化するな、と。実は不具もそうだった。そのときは言葉だけにとらわれて、気づいていなかったのだ。その「天使」なるものを、人並みに悩むし、ウンコをもらすし、ボッキもする存在として監督が描いていることに。つまり彼らは、タカシもユウヤも、人間なのだ。人間だけど「天使」。言い換えればそれは「純粋」ということだ。

では、「純粋」な彼らは、「不純」な私たちとはかけ離れた存在なのか。監督は、ここでもNOと言っている。物語は、リュー先生と先生の娘の会話から始まる。先生は奥さんと別れて親権は向こうにあるのだが、「大学に行け」という母親に反発して、修学旅行で雪の北海道に来た好機をとらえて、父親に相談しているのだ。

その時のリュー先生の答えは、思いやりにあふれていたが、母親の言うこととあまり変わらないように娘の耳には響いた。リュー先生はリュー先生で、家出した生徒を同僚の先生とともに追っていたから、いつもより心に余裕がなかったのかもしれない。先生はあとで別れた妻に手紙を書く。「娘にあまり多くのことを期待しない方がいいかもしれません。自分自身の花を咲かせるのは、あの子なのですから

教師にしろ親にしろ、子どもに何かを「してあげよう」と思うのは、おこがましいのかもしれない。…


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なお、向健一君と大原資子(ダウン症)さんは実際の生徒、久保祐矢は脳性麻痺の俳優、緒方高志(パニック障害だが自閉が入っていると思う)は『ちいさいおうち』​で板倉を演じた、若き日の吉岡秀隆である。






Last updated  2018.09.01 23:42:44
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2018.03.11
カテゴリ:障害のことなど
ドイツ映画​。インド系のサリーは網膜剥離で視力が通常の5%しかない。いわゆる弱視である。しかし夢はホテルマン。それも5つ星ホテルで働きたい。

目の障害のことを最初から黙っていたわけではなかった。だが正直に言うと、どのホテルも研修のチャンスすら与えてくれない。だから言わずに面接したら、とりあえず見習いに採用された。闘いは、そこから始まった。

独りで、ではない。どのみち周りの人にはすぐにばれてしまう。だが彼の熱意は伝染した。協力者が一人、また一人と増えていった。挫折もあった。苦悩もあった。泣いたこともあった。とうとう試験官にもばれてしまう。果たしてサリーは、最終試験を突破できるのか?

久しぶりに映画館で泣いた。
ヒューマンドラマは、やはり実話がいい。






Last updated  2018.04.02 03:36:12
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2017.11.12
カテゴリ:障害のことなど
みなさん、こんにちは。
今日は〇〇特別支援学校OB懇親会に来ていただき、誠にありがとうございます。
早いもので、本校も××歳になりました。私とほとんど同じ年です。

OB懇親会も、今回で△△回目になります。第1回は、ちょうど私が本校の中学部を卒業して、□□高校に入学した年です。そう思うと感慨深いものがありますが、来年度の本校創立××周年を機に、同窓会として生まれ変わることになりました。

私が会長になって今年でちょうど×0年になります。この間、職責を全うできたとは思いません。至らなかった点も多々ありました。しかしとにかく、次の時代への道筋をつけることはできたかな、と考えております。そこでこの×0年を区切りとして、私は懇親会の会長を辞したいと思います。ここにいらっしゃる大方の皆さんにとっては初めて聞くことかもしれませんが、新しい時代には新しい会長さんがふさわしい、と考えます。

会長としての話を終える前に、昔話と夢物語に少し、おつきあいください。

××年前、〇〇養護学校ができた当時、本校はまだ義務制でなく、地元の小学校、中学校に行けなかった子どもたちが来るところでした。私もその一人です。
それが昭和54年の養護学校義務化とともに、それまで就学すら免除されていた子どもたちが本校に来るようになり、通学できない子どもたちのための訪問学級もできました。

今では建物の外観もすっかり様変わりし、廊下や校舎の位置と場所、そしてこの体育館だけが、昔ながらの養護学校の面影を今に伝えています。
何より時代の流れを感じるのは、学校に看護師さんがいらっしゃることです。医学的ケアが必要な子どもたちの教育を保証するためですが、設立当時、いや昭和の常識や感覚では、とても考えられないことです。

何が言いたいかと申しますと、障害をもつ子どもの教育にとって、時代の流れはいい方向に向かっているということです。そしてもうひとつ、先のことは誰にも分らない、ということです。

​どんな障害をもつ子どもにも教育を保証する、本校設立以来、時代の流れは確実にそういう方向に進んできました。しかし、これをさらにもう一歩進めて、どんな障害をもつ子どもたちも、障害をもたない子どもたちと同じスペースで教育を受けることができる、そういう時代に向かって次の時代は進んでいくのではないか、いや進んでいってほしいと、私は願っています。​

夢物語。まさに夢物語です。しかし、ここがゴールなのでしょうか。​障害の軽いこどもは地元の義務制の学校に行く。そうでない子どもは特別支援学校に行く。それが最終的な答えなのでしょうか。私はこっち側の学校に行くからこっち側の人間、あの人たちはあっち側の学校に行くからあっち側の人間。そうやって知らず知らずのうちに生まれた世の中の差別意識が、あの相模原の事件、やまゆり園の悲劇を生んだのではないでしょうか。​

私は恐いのです。小学校、中学校でもっともっと健常児と障害児がともに学び合う環境を作っていかなければ、いつか再び、あの相模原事件のような悲劇が繰り返されるのではないかと恐れています。これは、私の思い過ごしでしょうか。

​私はあるいは、先走りすぎているのかもしれません。しかし、新しい理念が語られなければ、何事も現状維持のままで終わってしまいます。新しい理念が語られなければ、養護学校が義務化されることも、特別支援学校に変わることもなかったでしょう。

時代は変わります。私が今ここで申し上げた夢物語も、今でこそただのほら話ですけれども、10年後、20年後の教育現場では、また違った受けとめられ方がされるかもしれません。

もちろんそうなれば、今の特別支援学校の規模はかなり小さくなるでしょう。小学部、中学部の児童生徒や先生たちがみんな地元の義務教育の学校に行ってしまって、本校も、たとえば〇〇「高等特別支援学校」と名前が変わっているかもしれません。

くどいようですが、これは夢物語です。夢が実現するとは限りません。しかし、語られなかった夢は、結局は夢のままで終わってしまいます。​もし夢に実現する可能性があるとすれば、それは、その夢がみんなに向かって語られたからです。​

アメリカの南北戦争で奴隷が解放された後も、黒人は長く差別されてきました。その差別は今も続いていますが、昔と同じではありません。黒人牧師マーチン・ルーサー・キングが語った夢は21世紀になって実を結び、アメリカではじめての黒人大統領が生まれました。

時代は変わります。みなさん、私の夢が実現するかどうかはわかりません。しかし、それは問題ではありません。お互いのもっている夢を、明日のために、お互いに語り合おうではありませんか。​

私は今年度をもって懇親会の会長を辞しますが、この学校が将来どうなろうとも、本校の卒業生であったことを、誇りに思います。

ご清聴ありがとうございました。






Last updated  2017.11.12 23:38:27
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2017.09.19
カテゴリ:障害のことなど
昭和の本である。今は入手も難しかろう(と思ったらヒットした)。用語も古い。精神分裂病は今でいう統合失調症だし、躁うつ病は双極性障害だ。痴愚などという言葉も今では使わない。

変わったのは言葉だけではない。概念もだ。たとえば精神分裂病の特徴の一つとして「自閉症」とある。実際、統合失調症も​自閉症​も「社会的に望ましい自己の姿」と「病気・障害による特性ある自己の姿」の間で折り合いをつけることが難しいところは似ているが、自閉症の人は幻覚や幻聴に苦しむことはない。さらに、最近では教育の現場で自閉症に関する理解が進んだことにより、「社会」と「自我」との間で(かつてのように)苦悩することもなくなったように思う。

では読む価値がないかというとそうでもない。勿論最新の知見を踏まえた、もっと適切な類書はあるだろうが、これはこれで面白い。「姿態判別学」は毎度おなじみクレッチマーとシェルドン(内胚葉・中胚葉・外胚葉)を中心とした話。不具はこれによると「分裂性気質」だが、​それが一種の「自閉」のあらわれ​によるものであることは言うまでもない。

表現解釈学では、自分が人の表情を読み取るのが苦手なことがあらためて分かった。これは社会性の問題とも密接に関連しているので、苦笑いするしかない。
ロールシャッハテストでは「内向的」。
物語テストの結果を恣意的に判断すると、「社会に適応して人に認められたいという欲求があり、自分の自閉的傾向を抑圧している」。うん、まあ、自閉症は治らないからね、そうならざるを得ないよね。でも、自閉症のところを別の言葉に置き換えれば、結構いろんな人に当てはまるんじゃないかな。

頭の良さについて、​山下清​の食欲の例が出されているのは興味深い。「食べた?」「食べてない」「おいしかった?」「おいしかった」。子どもの知恵だが、頭の固い不具はこれを嗤えない。創造力テスト×、問題解決テスト〇、展望力テスト×、協調テスト×、感情安定性テスト×、共感性テスト〇、分析力テスト〇、計画力テスト×。共感力は職業柄後天的に身につけたもので、本来のものではないことを考えると、今でいう発達障害の傾向が色濃く出ていることは否めない。

行動解釈学はヒステリーや神経症や内田・クレペリン検査の話。
後略。



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Last updated  2017.10.14 06:42:34
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2017.08.03
カテゴリ:障害のことなど
実話に基づく映画。
邦訳の候補としては「特効薬」あるいは「破格」「奇蹟の薬」などいろいろ考えられたと思うが、英語的な題名よりもこういうやさしいネーミングの方が好きだ。

これを観るまで、「​ポンペ病​」なんて聞いたこともなかった。
筋ジストロフィーの一種らしい。
代謝異常だ。

普通の人は糖を体の中に取り込んでも、エネルギーとして分解される。
だが分解されずに筋肉にとどまったらどうなるか。
筋肉は骨格筋だけではない。
内臓も筋肉だ。

心臓は肥大し、肝臓は肥大し、肺は…

ジ・エンド。

長く生きて9年。

これは、そういう子どもを二人も持った父親が、何とか子どもたちに治療を受けさせるために奮闘した物語だ。
勿論、映画的演出のためにあえて対立構造を強調したり創作したりしたかもしれない。
ストーンヒル教授も実際はもっと穏やかな人かもしれない。
ベンチャー立ち上げやM&Aや人事や治験に至る経過も、もっと平和的だったかもしれない。
でもそんなのはどうでもいいことだ。

父親役は『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』などでお馴染みのブレンダン・フレイザー、ストーンヒル博士は『スター・ウォーズ』シリーズやインディー・ジョーンズ、『地獄の黙示録』『ナバロンの要塞『刑事ジョン・ブック 目撃者』の名優、ハリソン・フォード。このコンビのやり取りの場面だけでも、観る価値のある映画である。

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Last updated  2017.09.02 09:11:08
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2016.12.25
カテゴリ:障害のことなど
正岡子規は(近代)日本文学史上最も偉大な身障者である。子規との出会いがなければ漱石の今日の文学的地位もなかったかもしれぬ。だが世間一般は、否、どうかすると国語の教師さえ、子規をそのようには捉えていない。ひとつには彼の障害が病気による後天性のものだったためでもあろう。だがそれだけではあるまい。「女性」が「男性」の対語であるようには、「障害者」は「健常者」の社会的対語ではないのである。「聾者」「難聴者」に対する「健聴者」、「盲人」「弱視者」に対する「晴眼者」と同じように。…

  • 足たたば不尽の高嶺のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを
  • 足たたば黄河の水をから渉り崋山の蓮の花剪らましを
  • 足たたば北インヂヤのヒマラヤのエヴェレストなる雪くはましを


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Last updated  2017.01.22 19:42:09
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2016.09.21
カテゴリ:障害のことなど
自閉スペクトラム症者(ASD)の第一言語は共通語だとよく言われる。しかしそれはテレビ世代、百歩譲ってラジオ世代以降の話だ。テレビは視覚に強いASDにとっては強い味方だ、それは否定しない。しかしながら、テレビもラジオもなければ地域の方言が第一言語にならざるを得ない。なぜなら普通、言葉は文字より先に耳で聞いて覚えるものだからである。絵本の読み聞かせを体験するまですべてのASDの子が言葉を覚えなかった、などということがあろうか。したがって、むかしむかしの場合、あるいは現代においても、共通語がASDの第一言語とは限らないのである。

論より証拠、現に私、不具がそうである。もっともまだ半世紀も生きてはいないが。






Last updated  2016.09.24 07:44:36
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