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2020/10/01
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カテゴリ:ちょっとおでかけ

4連休に訪れた姫路城レポートの続きです。
天守閣に登って降りてくると、姫路城正面下の広場、備前丸に出てきます。
ここは、姫路城を見上げる撮影スポット。
お城の軒裏の様子が、しっかり見えます。
大天守の1層目の屋根には、壁から庇の支えが伸びていて、それを下から斜めに支えています。

壁から突き出した支えの半分はお城の内部にあります。
外部はしっかりと漆喰で塗り固められています。

内部に見える半分が、お城の梁を支えてますね。
昔のまま残るお城は、当然のことながら、内部と外部の構造的なつながりがあって、それを確認してみるのも面白いです。

姫路城天守の改修が終わって、瓦の漆喰が真っ白であったことから「白鷺城」ならぬ、白すぎ城」なんて言われましたが、すでにだいぶ黒ずんできて、新しく改修した屋根と比較すると、違いがはっきり分かります。

お昼も近づいてきて、観光用忍者も登場。

お菊の井戸の前で、記念撮影。
怪談「播州皿屋敷」の舞台となった井戸ですが、私はずっと「番町皿屋敷」だと思っていました。
播州とが、播磨の国のこと。
「1ま~い、2ま~い・・・・」と井戸から出てきた幽霊が皿を数えるお話ですね。

さて、狭間(さま)が並ぶ塀。
なんだか、幼児用の、形を合わせるおもちゃのようです。

壁が攻撃されたり、災害で簡単に崩れないように、「控え壁」がついています。
今でも、背の高いブロック塀には、控え壁が義務付けられていますね。

姫路城見取り図。

さて、天守閣から菱の門付近に戻ってから、西の丸へ。
西の丸からの姫路城が、姫路城の絶景撮影スポットとなっています。
剪定された松よ白いお城のコラボも美しいです。

ここには、西の丸をぐるっと囲む回廊があります。

百間廊下と言われる回廊です。

回廊には小部屋が隣接していて、人が使用人などが居住していたそうです。
いわゆる、大奥的な場所だったらしく、千姫が過ごしていたことでも有名ですね。

千姫が過ごしたといわれる広間は、百間廊下の突き当たり付近にあります。
千姫は、徳川秀忠の子ですが、政略結婚で、7才の時に豊臣秀頼に嫁しましたが、18才の時に大阪城落城の際に救出され、その後、本多忠正の子、忠刻に嫁いで、姫路城の西の丸で過ごしました。
本来であれば、そのまま家督を継ぐはずだった忠刻は、31才で病死し、その弟が本多家を継いだため、居場所がなくなって、江戸に移り、仏門に入り、天樹院となりました。
ということで、千姫が姫路の西の丸で過ごしたのは、10年ほどでした。

西の丸に上がる坂の途中から見る姫路城。
ほんとに、どこから見ても美しいですね。

これは、菱の門を出たあたりで撮ったものだったかな。
これもまた、美しい佇まいですね。

大手門あたりには、門番に扮装したボランティアの方も登場。

大手門の前の桜門橋のたもとから見るお堀もきれいです。
このお堀の向こう側に、好古園という庭園があり、姫路城から、そこに向かいます。

美しいお堀を眺めながら、好古園に向かいました。

好古園については、日を改めて・・・・。






Last updated  2020/10/01 12:34:28 PM
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