2495854 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

くり坊のひとりごと(blog版)

PR

X

全67件 (67件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 7 >

カテゴリ未分類

2007/08/15
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
8月6日の「広島原爆記念日」
8月9日の「長崎原爆記念日」
8月15日の「終戦記念日」

この季節はテレビなどでも特集が数多く組まれるので、戦争について考えるには丁度いい。

世界唯一の被爆国。
第二次世界大戦の敗戦国、そして東京裁判で「加害者」として裁かれた国。

「子ども達を戦場に送りたくない」
これは日本に限らず、世界共通の「親の願い」である。

にも関わらず、世界中は戦いに溢れている。

戦争の最大の抑止力は「親の願い」ではないだろうか。
自分の子供を死なせたくない、
自分の子供に人殺しをさせたくない。

夏休み。
海や高速道路での死亡事故のニュースが増えてくる。
何人死亡で、去年より多いとか、少ないとか。
でも、一つ一つの事件や事故の犠牲になった人たちには、中断させられた人生があり、
そして、家族があり、その家族には、その悲しみを背負って生きなければならない人生がある。

戦争とは、その悲しみを国家規模で、大掛かりに発生させることである。
本当は誰も犠牲者になりたくない。
そして、加害者にもなりたくない。

世界最大の軍事大国であるアメリカ合衆国では、イラク戦争の長期化から支持率も急降下。
9.11事件で激昂した国民の圧倒的支持を受けて、アメリカはイラクに出兵した。
アメリカという国は、これまで「加害者」ではあっても、「被害者」になったことがなかった。

親にも叩かれたことのなかった頬を不意に叩かれたのでびっくりし、そして「激昂」。
怒りというのはいつでも人間から正常な判断力を奪ってしまう。
結果として、イラク出兵、核兵器も見つからず、大義名分も失い、ただただ泥沼化。
アメリカ兵の犠牲も日に日に増えるし、イラクの治安は一向によくならず内戦状態。

さすがにアメリカ人も「間違い」に気づいた。

「ヒロシマナガサキ」という映画がアメリカのケーブルテレビで上映されたというニュースがあった。
これまで、アメリカは自らの行為を常に「正義」あるとしてきたので、当然「加害者」であるということを認めるわけにはいけない。
原爆投下は戦争終結のために「しょうがない」ことであって、「正義」の行為である。

「ヒロシマナガサキ」は、その「正義」の向こう側に、瞬時に人生を奪い取られた「にんげん」がいた事をアメリカに伝える。
どれだけの人がその映画を見たかは知らないがその意義は相当大きいと思う。

オカザキ監督が言っていた言葉が印象的だった。
「9.11以降、アメリカ国民の意識は確実に変わってきた。自らも被害者になるということがあるということに気づいたのだ」

アメリカは本気で「独善」から脱却しなければならない。
そしてそのきっかけが、被害者の視点で世界を見てみるということである。
アメリカ国民が真に「民主主義」の国であるならばそれは可能だと思う。

民主主義とは詰まるところ。「親の願い」の具現化なのだ。
子供たちに残すべき将来を選択すること、
それが「民主主義」なのである。

世界平和を考えるとき、中国や北朝鮮といった独裁国家の存在が大きな障害になる。
独裁国家における「親の願い」は、権力の世襲が最優先だからだ。

それともうひとつ気になることがある。
日本人が「親」になろうとしないことだ。
フリーターとか、ニートとか、下流社会だとか、下流志向とか、ネットカフェ難民とか。
「親の願い」は究極のところ世界共通だと思うのだが、
個人の願いは千差万別である。
「親の願い」をキーワードにして「平和」を語っても、彼らの心に届かないのかもしれない。












Last updated  2007/08/15 05:20:30 PM
コメント(0) | コメントを書く


2007/08/06
カテゴリ:カテゴリ未分類
今日は原爆の日です。
広島県人にとっては、やっぱり大切な日。
本当は広島県人だけでなく、日本人にとっても、人類すべてにとって大切な日だ。

私が小学生だったころ、8月6日は「登校日」だった。
どうやら今は違うようだが、広島県下の小学校では、例外なくそうだったと思う。

夏休みの中盤、この日だけはみんな集まって教室で「平和学習」をする。

8時に登校して、
8時15分に黙祷。
それから、平和学習。

本を読んだり、話を聞いたりするのだが、一番印象に残っているのは
峠三吉の「人間をかえせ」という詩を、合唱しているレコードを聞いたことだ。

---------------------------------
峠三吉 「にんげんをかえせ」の「序」より


ちちをかえせ ははをかえせ

としよりをかえせ

こどもをかえせ

 

わたしをかえせ わたしにつながる

にんげんをかえせ

 

にんげんの にんげんのよのあるかぎり

くずれぬへいわをへいわをかえせ

--------------------------------

詩を読むだけでも小学生にとってはなにやら恐ろしいのだが、これに節がついて、合唱されるとすさまじく恐ろしい曲になる。
人間のうめき声や、恨みや、無念な思いや、いろんなものが声に乗って押し寄せてくる。

私は子供心に恐ろしくて、思わず耳を塞いで曲が終わることを祈った。

小学生の時に、学校行事で恐いと思ったものは、この「にんげんをかえせ」と講堂でみた「半魚人」の二つだけである。


うちの親戚には原爆で亡くなった人はいないが、うちの祖父は原爆の翌日、広島に救援に行ったので原爆手帳も持っていた。
当時祖父は痔を患っていたために外地には派遣されず、広島の守備隊にいたらしいのだが、丁度誰かと交代で田舎に帰った直後に原爆が落ちた。

残っていれば当然死んでいたのだろう。

祖父の家(即ち父の故郷だが)は広島市から直線で50~60キロ程度離れた吉和村という山間の農村であった。

うちの父は当時10歳であったが、原爆の落ちたときには、小学校の校庭で「朝礼中」だったという。

その時、広島の方角で空が光った。
「みんな隠れろ!」ということで、小学生達は訓練の通り裏山の防空壕に逃げ込む。
一時間も防空壕でじっとしていたがその後は何もない。

そして、しばらくして焼け焦げたものが空から降ってきた、という。

ほどなく、「広島が大変なことになっとる」
と、広島から逃げ出してきた人が村に帰ってき始める。

逃げて帰ってくる人たちと入れ違いに、祖父は広島の救援のために広島に向かっていったらしい。

祖父はその時のことをほとんど語らなかった。
既に祖父が亡くなって10年になるのだが、今にして思えば、ちゃんと聞いておくべきだった。

原爆投下直後の広島で祖父が見たもの。
祖父が感じたこと。

それは決して、軽々しく話せるようなものではなかったに違いない。

遠隔操作で戦争ができる時代になっても、被害を受けるのは常に生身の人間である。
ボタンひとつで飛んできたミサイルの先には、人間の暮らしがある。





















Last updated  2007/08/06 03:18:36 PM
コメント(0) | コメントを書く
2007/08/02
カテゴリ:カテゴリ未分類
台風が接近中です。
大雨が降ったり、風でものが飛ばされたり、
いろいろ心配なことがいっぱいありますが、
もっと大きな目で見ると、きっと必要なことなんだろうと思うのです。

家の中には埃が溜まりますが、外には溜まりません。
どうしてかというと、風や雨に吹き飛ばされ、流されるからです。
だから大自然は掃除をしなくてもきれいに保たれている。

台風や大雨というのも、大自然から見てみればちょっとした「大掃除」なのかもしれません。

大自然だって、人間をこらしめてやろうなんて意志はないと思いますが、汚れれば、その分強く掃除する必要が出てくる。
地球温暖化による異常気象、なんていってますが、
結局、大自然地球がバランスを取ろうとしているだけなのだろうと思います。
結局人間は、天に向かって唾しただけ。

やっぱり、21世紀のキーワードは「共存」「共生」ですね。
これは、自己中心主義からの脱却でもあります。
自分を成り立たせるためには、自分以外のもののことを考えねばならない。
そういう時代です。

アメリカ的独善では世界平和は生まれません。

とはいえ、台風5号は現在豊後水道に向けて北上中。
私の住む広島を直撃しそうな気配です。

できれば自分の住む方向には来て欲しくない、なんて、これもやっぱり、人間の弱さです。











Last updated  2007/08/02 12:53:36 PM
コメント(0) | コメントを書く
2007/07/31
カテゴリ:カテゴリ未分類
参議員選挙が終わりました。
下馬評の通り、自民の惨敗。
逆に言えば民主の大躍進、ということになりますが、どうみても自民のオウンゴール連発の一人相撲にしか見えないですね。

年金問題については、長年の自民党とお役所の馴れ合い行政の結果であって、自民党の責任は逃れ得ない。
が、一方で、社会保険庁の職務怠慢は、自治労との協定によるものであることも発覚。
自治労は民主党の支持母体。
しっかり、自治労の代表は民主党の比例区で当選してる。
日教組の代表も民主党。

これで本当に「行政改革」「教育改革」ができるのだろうか?
誰しも当然疑問に思います。

多くの日本国民の正直な気持ち。

・自分が投票した民主党が大勝しても素直には喜べない。
・とはいえ、自民党にもうんざりだ。

やっぱり、もっと政策的なところで、自民党と民主党をシャッフルして再編するしかないんだろうという気がする。

日本国は一体どこに行くのでしょう?
「憲法問題」「教育問題」「行政改革」「年金問題、というか社会保障全体の問題」
どれも大事な問題。
大事な問題だけに、根強い反対意見もありますね。

いけいけの小泉内閣を引き継いだ安倍内閣は、数にものをいわせた強行突破こそが使命であったようにも見えます。

郵政民営化を焦点に自民党大勝
→人気と力を残したまま小泉退陣
→小泉人気のおこぼれにあやかりつつ、安倍内閣発足。
→「憲法改正」「教育改革」「公務員改革」とかとにかく長年の懸案事項を短期間で強行突破
→年金問題・閣僚の金銭問題などで支持率急降下
→自民党大敗。

ある意味で安倍さんの仕事はここで終わったのではないでしょうか。
ここまで負けるのは予想外であったにしろ、参院選後では強行突破は困難という読みがあったのでは。
自民党の圧倒的有利な短時間、どれだけの懸案事項を可決させるか。
まさに、千載一遇のチャンスだったのでしょう。

まるで、死期の決まった人のような焦りようだという気がしてなりません。















Last updated  2007/08/01 01:02:51 PM
コメント(0) | コメントを書く
2007/07/27
カテゴリ:カテゴリ未分類
長い間ブログの更新をサボっている間に、軒先のツバメは巣立っていきました。
そしていつの間には、選挙が目前です。

今回の選挙は「自民惨敗」という予想が専らですが、さてどうでしょう?

選挙にはもちろん行きます。
誰に投票するかは決めてませんが、決められなければ白票を投じればよいと思ってます。
もちろん無効票にはなりますが、少なくとも「該当者なし」という意思表示にはなります。

私個人としては、もう一度「政界再編」が必要だと思っています。
今の政党は相当ねじれていると思うんです。
自公連立にも無理があると思うし、かといって民主はやっぱり寄せ集めでまとまりがない。
政党の枠を取り払って、もう一度各議員の主義主張を明確にしてもらったほうがいいと思うんです。
自民党もうんざりだが、民主党も信用できん。
本当はそういう人が多いのではないでしょうか?
でも、投票には行きましょう。


社会保険庁の問題だって、やっぱり、長い間の政界と官界の馴れ合いの結果であって、自民党の責任は逃れ得ない。
昨日のニュースで、広島県の山奥に作られた大規模林道のことを取り上げていました。

巾7Mの道。
1キロに及ぶ立派なトンネル。

しかし、通る車はほとんどいない。

インタビューを受けた地域の住人が言っていた言葉が印象的でした。

「こんな山にこんな道を作ったら、ゴミ捨て場になってしまう」

確かに、人も来ない山の中だから、不法投棄するにはもってこいだ。

「森林を守り、国土を守る」
といえば美しいのだが、結局天下りした役人の食い扶持に税金が使われているだけだ。

グリーンピアの問題とか、こういった無用の道路の問題とかが起こったとき、不思議なことにお役人はだれも責任を取らない。

民間企業であれば当然会社に損害を与えたということで、何らかの処分を受け、その反省によって次の損害が防がれるのだが、お役人には自浄作用はないようだ。

自分の在任中に問題が発覚することを避けようとするため、問題はどんどん先送りにされる。
結果として責任の所在も曖昧になり、

「今までのことも問題だが、これからどうするかを建設的に考える必要がある」
ということで、問題はうやむやにされてしまう。
穴埋めには税金が投入され、なにも改善されないのに税金だけが増える。


税金を払うのは国民の義務だからもちろん払う。
一部のお役人や、官庁と癒着した企業や、政治家の懐を潤すために払うのは嫌だ。
そういう単純な話です。

同じ払うなら、気持ちよく払いたい。

気持ちよく税金を払わせてくれる政党に一票を投じたいのですが・・・・。
















Last updated  2007/07/27 02:08:14 PM
コメント(0) | コメントを書く
2007/07/05
カテゴリ:カテゴリ未分類
ツバメが生まれたの見つけてから6日目の朝の写真。
前の写真を比べると、どれだけ大きくなったか分かるだろう。

この6日間というもの、親ツバメはひっきりなしにエサを運び続けてきた。

子ツバメがエサを求めてピーピー鳴く声も力強くなってきたが、それもそのはずだ。
顔全体が口になったのではないかと思うくらいに大きな口を開けて鳴く。

もうしばらくすると、子ツバメたちは飛び立つ練習をはじめる。
そしてこの巣から旅立っていく

後にはフンに汚れた壁や屋根が残り、お父さんにとって新たな試練が生まれる。













Last updated  2007/07/05 12:48:38 PM
コメント(0) | コメントを書く
2007/06/20
カテゴリ:カテゴリ未分類
今日は珍しく、仕事に近い内容です。

写真の花台は、私の自作ですが、お隣でお宅で使ってもらってました。
作ったのはおそらく3年あまり前だと思うんですが、当初、庭の角にある紅葉の木をぐるっと巻く様にして設置してありました。

それを最近、玄関先に移動されたわけですが、それを見たうちの奥様が

「おとうさん、○○さんちの花台、ぼろぼろになっとるよ、なんとかして」
と言ってきました。
ひょっとして、湿気の多い木の下で腐り果ててしまたが、私の手前捨てることもできず困っておられるのでは?
と思いつつ、見に行くと、
確かに雨に打たれ、紫外線にやかれて、塗装は劣化しているものの、木そのものはまだまだ元気。
地面に近い足元も確認してみましたが問題なし。

木の下に設置する際に、直接地面の上に置かず、レンガを敷いてから置いてあったからでしょう。

木製のガーデングッズを長持ちさせる最大のコツはこれですね。

直接地面に置かないこと。

レンガを敷くだけでぜんぜん違うんです。
きっと地面からは湿気も上がるし、いろんな雑菌が上がってくるんでしょう。
地面に直接置いた場合は、必ず、その接点から腐り始めます。

枠付きラティスでも、プランターでも、地面に直接置くと、そこからダメになりますね。
気をつけましょう。

ということで、この六角形の花台を我が家のデッキの上で塗装してみた写真はこの写真です。

かなりきれいになりました。

所要時間は30分少々。

これであと3年は使えます。







Last updated  2007/06/20 12:44:04 PM
コメント(0) | コメントを書く
2007/06/13
カテゴリ:カテゴリ未分類
尾道は、私の奥様の出身地である。
(正確には、その向かいにある島だが・・)
なので、これまで何度も行っている。
が、それでも知らないことばかりだ。

先日、大学時代からの友人の案内で「おのみちミステリーツアー」なるものに行ってきた。
ツアーとはいえ、参加者は友人夫妻と、私と奥様の4人。

その友人は中学校の教師をしているのだが、
いわゆる「岩マニア」だ。
それも、専門雑誌から記事の執筆依頼が来るぐらいのマニアだから、その筋では「先生」の部類に属する。
仕事でも趣味でも「先生」なのだからすごい。

さて、尾道の歴史は古い。

古寺があちこちに点在し、坂の石畳も情緒がある。

尾道ラーメンは最近全国的にも多少売れてきた。
大林監督の「尾道三部作」のロケ地めぐりや、
古寺散策。
千光寺から「しまなみ海道」をのぞみ、

さらに、ミステリーが盛りだくさん。


皆さんも是非一度、どうぞ。
興味のある方は、「尾道大学 産官学共同研究/ヴァ-チャル尾道プロジェクト」が制作した

「尾道・不思議と謎の古代都市」をご覧下さい。

なかなかのもんです。

















Last updated  2007/06/13 10:20:28 PM
コメント(0) | コメントを書く
2007/06/07
カテゴリ:カテゴリ未分類
この季節はどこも花盛りですね。
庭も、通りも、山も、
そこらじゅうに花が咲いて、本当にきれいです。
どうしてこんなに色とりどりなんだろうと思うくらいにいろんな花が咲き乱れてますね。

花を咲かせる、というのは、自分の種を残していこうという積極的な行為ですから、やっぱり勢いがあります。
きれいな花たちはやっぱり、虫たちにアピールしてるんでしょうか?

不思議ですよね。
花たちはきっと人間にアピールしているわけじゃない。
でも、やっぱり、花はきれいなんですよ。

それとも、自分達を一番繁殖させてくれるのは人間だということを知っているのかもしれません。

そんなことを思いながら、会社の近所で写真をとってみました。
いつもは味気ない工業団地の斜面なんですが、この時期だけは華やぎます。

この花の下に、空き缶や、ビニールゴミなんかも埋もれているんでしょうけど・・・。












Last updated  2007/06/07 12:44:11 PM
コメント(0) | コメントを書く
2007/06/02
カテゴリ:カテゴリ未分類
最近、江原啓之とか、細木数子とか、一般人にはよくわからない世界の話をする人の人気が高いね。
江原啓之は霊能者で、細木数子は占い師。
本人たちにはいろいろこだわりもあるみたいだけど、
語る内容が「見えないもの」であることは同じだ。

人間の力で川の流れも変えるし、地形も変える。
地面から資源を掘り出してがんがん燃やした挙句に、温暖化だといって騒ぎ始める。
地球の外にも飛び出してみせる。

他人のおなかで自分の子どもを育てたり、人の内臓をもらうこともできる。
クローン人間も決して夢物語ではなくなった。
神の領域への侵犯を本気で議論しなければならないくらいに人類は進歩してきた。

にもかかわらず、江原啓之や美輪明宏、細木数子のような一見怪しげで、およそ科学的でないものが人気を博す。
半分は「恐いもの見たさ」という部分もあると思うけど、不思議な現象ではある。

正直なところ、江原啓之の本も読んでないし、細木数子の本も買ってないので、彼らの詳細は不明だ。
せいぜいテレビで見聞きする程度の知識しかない。
特別彼らのファンでもなければ、彼らを尊敬しているわけではない。
逆に「怪しい」ようにも思う。

ただ、世の中には「見えないもの」を信じる人たちが増えているのは間違いない。
本屋に行ってみると良く分かる。
江原、細木両氏の本は信じられないくらいの種類置いてあるが、それ以外にも広い意味での「スピリチュアル」系の本もかなりの量だ。


私の思う「スピリチュアル」の基本は

すべてのことには意味がある、と考えることだと思う。

私が生まれてきた境遇、家族構成、
私の能力
私の性格
私の容姿
行きていく上での出来事
出合った人

地球が丸いこと
水が上から下に流れること
森がみどりであること、
花をきれいだと感じること

などなど、

そのすべては偶然でなく、必然であると考えること。
いいことも悪いことも必然。

すべては受け入れることから始まる。

そして、すべての瞬間に自分が試されているということだ。

一体誰に?

それは結局「自分自身」。

これが一番厳しい。
他人の目は欺けても、自分の目は欺けない。

厳しいといえば厳しい。
でも、これまで多くの人たちが悩んできたことだ。
人間は弱い。
弱いけども、それでも思いなおしてまた前に進むことができる。
それでいいんじゃない?

幸せも不幸も、結局自分の心の中にしかないのだから。

実際のところ
守護霊がいるのか、輪廻転生があるのか、大殺界があるのか、
風水だとか、
そんなことは分からないよね。

だって、見えないから。

でも、見えないこと、分からないことにも意味がある。

そんな中で、日々いろんなことを考えつつ生きている。

今日この頃です。









Last updated  2007/06/02 01:04:34 PM
コメント(3) | コメントを書く

全67件 (67件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 7 >


© Rakuten Group, Inc.