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くり坊のひとりごと(blog版)

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今日の一枚

2020/09/17
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カテゴリ:今日の一枚

もうすぐ、秋分の日ですね。
2020年は、中国、武漢のウイルスに始まり、オリンピックも中止、世界中で移動が制限され、閉塞感に包まれた年になってしまいました。
冬、春、夏と季節は巡り、もうすぐ秋ですね。

ということで、本日は、秋らしい夕焼けの写真から。
2014年の10月に、横浜に行った際の写真ですが、ちょうど「飛鳥Ⅱ」が横浜港に寄港中ということで行ってみたら、予期せず、真っ赤な夕焼けにも出会うことができました。
大桟橋から見る、みなとみらい21地区の風景です。
ビルの間に、富士山のシルエットもはっきりと見えます。

大学卒業後に、ウッドワンという建材メーカーに就職し、営業マンとしての最初の赴任地が横浜でした。
かれこれ30年も前の話ですが、当時の横浜観光と言えば、山下公園と港の見える丘公園がメイン。
ランドマークタワー周辺の、1989年の「横浜博」というイベントの会場でした。
みなとみらい21地区が大きく変貌したのはそれからですね。

横浜ベイブリッジも、横浜博にあわせて1989年に完成しています。
私は、横浜で結婚し、そこで長男と次男が生まれて、1991年に豊橋に転勤となったので、1993年完成のランドマークタワーはありませんでした。






Last updated  2020/09/17 08:02:33 AM
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2020/09/10
カテゴリ:今日の一枚

本日は、インスタ映えスポットとして、一躍全国的に有名になった、香川県三豊市の父母が浜からの「今日の一枚」。
父母が浜は、「ちちぶがはま」と読みます。
今年の2月に行った際の写真ですが、コロナの自粛が言われ始めた2月ではありますが、道路は渋滞で、遠浅の浜にもたくさんの人が出ていました。
日本のウユニ塩湖と言われる、潮が引いた後の水たまりに映る様子が「インスタ映え」なんですね。

この浜は、ほんとに遠浅で、ずっと沖まで潮が引いていくのですが、その際に、はっきりとした砂紋が砂浜に描かれます。
砂紋を写真に撮っている人はあまりいませんでしたが、これはこれで圧巻でした。

四国に行かれたら、おすすめのスポットです。






Last updated  2020/09/10 12:21:52 PM
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2020/09/04
カテゴリ:今日の一枚

瀬戸内海沿岸に住む私にとって、「日本海」というのはロマンです。
特別な観光地でなくとも、そこに広がる海があり、打ち寄せる波があるだけでテンションも上がります。

本日は、石見畳が浦のご紹介。
2018年10月に訪れた際の写真です。

石見地方とは、島根県の西側半分の旧国名。
島根県の西半分は出雲になります。
石見地方である、島根県浜田市にあるのが、石見畳が浦。
丸く、腰掛のように突き出した岩が特徴です。
ノジュールと言われるもので、貝殻から出た炭酸カルシウムが硬く固まったもので、周囲よりも硬いため、周囲が浸食されて出てきたもの。

石見畳が浦は、二千万年前に堆積した砂岩の地層で、岩にはたくさんの化石も埋もれています。

畳が浦の名前の由来となった縦横に走る亀裂も、地殻の変動の影響とか。

山陰は見どころいっぱいですね。






Last updated  2020/09/04 05:56:55 PM
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2020/09/02
カテゴリ:今日の一枚

猛暑に続いて、台風のシーズンがやってきつつありますね。
本日は、熱海で見かけた「壁」です。

熱海と言えば、かつては、大温泉観光地として栄えてきましたが、観光、娯楽の多様化によって、昭和な観光地は各地で没落。
熱海もその例外ではなかったのですが、ここ数年、急激に若者の人気を獲得し盛り上がりを見せているようです。
熱海駅などは新しくなってしまいましたが、商店街に一歩踏み出すと、昭和の香りがプンプン。
東京から100キロほどの距離感もちょうどいいのだと思いますが、ちょっとした異世界でもあります。

そして、昭和の香り漂う熱海の商店街の一角で見つけたのが、冒頭の写真の「壁」です。

壁面に張り付いたツタのような植物は、すでに枯れ果てたのか、葉もなく、血管のように壁面に広がっています。
下の方に不規則に並ぶ室外機の群れは、まるで、生命維持装置のようにも見え、昔読んだ「諸星大二郎」の漫画を思い起しました。

ということで、熱海に行かれた際には、ぜひ、この壁もお探しください。






Last updated  2020/09/02 07:56:39 AM
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2020/08/27
カテゴリ:今日の一枚

猛暑が続きます。
この今治城で、2017年の7月に撮った写真ですが、藤堂高虎の銅像の蔭に、ヒジャーブをかぶった女性が二人。
明らかに、あまりの暑さに、日陰に逃げ込んだという風情。
私のイメージでは、バングラデシュの方。
暑いと思われる地方から来られても、なおさらに暑いのが日本の夏・・・・。
インドを挟んでいる、パキスタンとバングラデシュはイスラム教の国。
インドはヒンズー教ですが、仲が悪いのは、インドを植民地化していたイギリスが、統治するために対立するように仕組んできたからだとか。

「避暑」というのは、いったい英語でなんというのだろうと思って調べたら「summering」。
夏にing がついて「避暑」なんですね。

連日、暑い日が続きますが、もうしばらく、頑張りましょう。
この暑さの中、夏休み短縮で登校している小学生がかわいそうですね。






Last updated  2020/08/27 04:35:55 PM
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2020/08/25
カテゴリ:今日の一枚

今年は、日本全国の花火大会が軒並み中止。
それは、新型コロナの影響ではなく、本来はオリンピックのためだったのですが、オリンピックに関係なく、今年は中止になっていたのでしょう。
この写真は、2016年に撮ったもので、私が初めて見に行った際のもの。

花火はどれもきれいではありますが、いざ写真に撮るとなると、花火そのものと何を一緒に撮るかが重要になってきます。
できれば、それが、どこの花火大会であるかがはっきり分かるものがいいですね。
そういう意味では、宮島の花火大会に鳥居のシルエットが雰囲気を醸し出すように、ここでは、錦帯橋のシルエットがポイント。
手前の鵜飼船もいいアクセントになります。

来年の花火大会はどうなるのでしょう?






Last updated  2020/08/25 08:05:14 AM
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2020/07/30
カテゴリ:今日の一枚



本日は、3年前の2017年7月に訪れた、愛媛県の別子銅山の写真から。
「もう三年前?」という気がして、時間の過ぎ去るのは早いです。

別子銅山は、1691年から住友家によって採掘が開始され、1973年に閉山されました。
鉱山の標高は、1000mにもおよび、「東洋のマチュピチュ」とも言われる、東平の銅山遺構も、標高750mの場所にあります。

江戸時代にはすでに、3000人が働き、世界有数の銅山でしたが、明治以降はさらに開発が進み、標高1000mから、麓の精錬所まで、鉄道も整備され、この東平地区の人口のピークは昭和元年の、4180人だとか。

急峻な山の山腹に4000人が住んでいたのですから、すごいですね。
ここまで上がって来るには、結構道も狭くて、離合も待避スペースで行う必要がありますが、上がる価値はあります。

山のふもとには、「マイントピア別子」という観光施設も整備されていて、ここには人も多く、お子様でも楽しめます。
運転に自信のない方は、マイントピア別子から、東平地区へのバスも出ているようです。






Last updated  2020/07/30 06:31:54 PM
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2020/07/22
カテゴリ:今日の一枚

本日は、おそらく窓であったであろう場所を、同じようなレンガで埋めた、赤レンガの壁です。
なんとなく面白くて撮った一枚ですが、今では貴重な一枚となりました。

この写真は、尾道市向島にあった、向島紡績の工場の壁です。
向島紡績は、1918年に建てられ、戦時中は捕虜収容所としても利用された歴史のある建物なのですが、残念ながら現在は解体され、どこにでもある商業施設になってしまいました。

写真を撮ったのは2012年ですが、この時はまだ、工場そのものは閉鎖されていたものの、桟橋への路に面した外壁が、独特の雰囲気を醸し出していました。

残念ながら、今ではこの風景も見ることはできません。

私の家内は、この尾道市向島の出身で、義母はまさしく若いころにこの工場で働いていました。
そして、そこで、造船会社で働いていた義父と出会って結婚。
かれこれ60年も前の話となるのですが、この写真を見ていると、当時の賑わいが伝わってくるような気もします。
今でこそさびしくなった通りですが、当時はまだ造船業も盛んで、この細い通りにも商店が立ち並んでいたようです。

戦後70年あまり。
老朽化と耐震補強の問題などで、遺構を残すことのコストも膨大になり、やむなく取り壊される建物が増えています。
文化財としての価値と、それを守るための負担という問題は、難しい問題です。






Last updated  2020/07/22 08:03:12 AM
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2020/07/18
カテゴリ:今日の一枚

瀬戸内海に浮かぶ、大崎下島の御手洗港は、かつて、潮待ちの港として栄えていました。
トラック輸送以前は、大量の物産輸送は海上輸送がメイン。
瀬戸内海は、波が穏やかであるかわりに、多くの島々でできた狭隘な場所が多く、それが潮の流れを早くし、航海の難しい場所でもあったようです。
そのため、狭隘な水路を通り抜けるタイミングが大事で、その調整をしていたのが「潮待ち」の港。
「潮待ちの港」としては、鞆の浦が有名ですが、鞆の浦と、御手洗の間には、現在、西瀬戸自動車道「尾道-今治ルート」通称、しまなみ海道があります。
しまなみ海道は、かつて、村上水軍が根城としていた場所で、瀬戸内海の中でも狭隘な場所が多く、潮の流れが複雑なエリア。
だからこそ、狭隘な水道をまたいで橋がかけられているわけですね。

さて、この大崎下島の御手洗港は、現在は呉市に属しており、呉市川尻から、下蒲刈島-上蒲刈島-豊島-大崎下島へと橋で結ばれ、終点は愛媛県の岡村島。
残念ながら、四国には届いていませんが、この五つの島を結ぶエリアを「とびしま海道」といって、橋で結ばれたこともあり、観光客も増えています。

その中でも、大崎下島の御手洗地区は、戦後の発展から取り残されたことで、洋風の建物や劇場もあり、日本的な昔の風情がそのまま残っているという稀有なエリアになっています。

今、「GO-TO キャンペーン」が物議を醸しているようです。
この問題は、感染者が増えてきているからやめればいい、というほど単純な問題でもなさそうです。
「新型コロナ」の問題がいつまで続くのか、明言できる人はいません。
ワクチンができたら、という話はありますが、それもやはり、1年以上は待たなければならないし、ワクチンの効果を疑問視する専門家もいるようです。

となると、どう共存していくのか、ということが問題になってきます。
新型コロナが撲滅されるまで、観光できない、となると、日本の観光地も、旅行業者も壊滅的な被害にあうでしょう。
かといって、緩めただけ日本中にコロナが広がるのも怖い・・・。

来年のオリンピックもない可能性が高いように思われますし、あと数年は海外旅行も控えることになるでしょう。
もちろん、中国からの観光客の爆買いをあてになんかできません。
日本人が日本人の手で、日本の観光地と観光業を守らないといけない、ということですね。
そのためには、公共機関で移動する際には、どうすれば、感染リスクをなくせるのか、宿泊時には何を気を付けるべきなのか、観光地での三密をどう避けるのか、といった、コロナと共存する方法を確立することが大事ですね。

ということで、東京だけ対象から外す、というのも、いかがなものか、という気もします。
大阪の吉村知事が言っていたように、まずは、近隣県への観光活性化をしながら、様子を見るのがよさそうですよね。
公共交通機関よりも、自動車の方が感染リスクも低そうですし。

車で行けますし、近隣県の方は、ちょっとしたドライブに、大崎下島 御手洗港へいかがでしょう?










Last updated  2020/07/20 08:38:32 AM
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2020/07/14
カテゴリ:今日の一枚

今年は、華々しいオリンピックイヤーのはずが、新年早々の新型コロナのパンデミック。
オリンピックの延期も決まり、GWは外出自粛。
2020年も後半に入った7月になっても、コロナの収束は見えず、梅雨が終わる前に、西日本から中部を襲った水害・・・。
かなり大変な一年となっています。

2020年の花火大会の多くは、オリンピックの影響で、中止にしたところが多かったのですが、仮にオリンピックがなくても、とても花火大会などできる状況ではなかったですね・・・・。

さて、今日の一枚は、2017年の宮島水中花火大会。
打ちあがる花火を背景に大鳥居のシルエットが浮かび上がる風景が見どころ。
ただ、花火を背景に鳥居のシルエットが浮かび上がるところが見える範囲は限られているため、写真愛好家などは、前日から島に入って、場所取りします。
確か、当日の午前0時から場所取りが解禁されたはず。
私がこの時に島に入ったのは、当日の午前中で、すでに陸地には三脚やシートで埋め尽くされ、残るは、潮の引いた後にできる干潟スペース狙い。

ということで、何とか干潟の一角に場所を取りました。
大鳥居のシルエットの下には、スマホを掲げた群衆。
今どきの花火大会ですね。

現在、宮島の大鳥居は改修中で、このシルエットを見ることはできません。
2021年6月までなので、もしも来年花火大会が行われれば、この美しいシルエットを見ることができるはず。
それまでに、コロナが就職していることを願いますね。

もともと、花火大会は、慰霊と疫病退散を目的として、江戸時代に始まったものだとか。

実際の花火大会を見ることができないので、各自が心の中に花火を上げてみましょうか。






Last updated  2020/07/14 08:01:40 AM
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