2005/05/16(月)13:56

第一章 「崩壊」-10

連載小説-no title-(24)

少し錆びれた扉を押すと、耳障りな音と共に視界が開けた。 薄暗い場所から、空が紅く染まった外に出た。 少年は炎に包まれた町を平然と見ながら、屋上のフェンスに身体を預けるようにもたれかかっている青年に歩み寄る。 青年は黒ずくめの格好だった。 赤い景色の中に浮いた存在は探す手間はまったくなかった。 「いたのかよ?」 「いや……」 不機嫌という仮面を被った少年は、男の返答に舌打ちする。 「この『ガッコウ』とか言うのに、いるんじゃねぇのかよ」 半ば責めるように吐き捨てれば、青年は坦々と答えた。 「『キョウシツ』とやらで見つけた暦によると、今日は『ニチヨウビ』とか言うようだ。だから、『ガッコウ』はないようだ」 「はぁ?」 「『ニチヨウビ』は休日だからのようだ」 「だから、何だよ。その訳のわからねぇ単語はッ」 「『ガッコウ』は勉学を学ぶ場。『キョウシツ』は『ガッコウ』の中にある部屋の区分。『ニチヨウビ』は暦で使われている用語の一つだ」 ある意味わかり易く的確で、ある意味極端な説明だ。 少年は眉を吊り上げる。 「何だよ、それ」 「今では使われていない言葉だ」 少年は、ぐっと自分の中で渦巻く突発性の怒りを堪えた。 そんなことが、聞きたいのではない。 何で、そんな言葉が使われているかが聞きたいのだ。 だが、起こったところで目の前の青年はそうか、と言って怒りを無視するだろう。 怒るだけ、無駄なのだ。 この青年に、感情をぶつけるだけ無駄なのだ、と。 労力の無駄遣いだ、と。 ここ数年、一緒に旅して少年が理解したことだった。 それに、何故使われていたかなど、本当はどうでもいいことだ。 ただ気になっただけなのだ。 自分達は、そんなことで時間を使っている暇はない。 少年は自身に言い聞かせた。 「どうするんだよ?それで」 自分達の手に入れた情報では、目的の人物は『ガッコウ』とやらに日中通っているということだった。 正確に言えば、それだけだった。 目的の人物の特徴は分かっているが、住居の位置までは把握できていない。 知っているのは、『この町のどこかにいる』、『ガッコウとやらに日に日に通っている』、『人物の特徴』の三つだけだ。 町を全て探している時間は、はっきりいってない。 自分達は、〈連中〉の先を越さなければならなかった。 「今、火災まで起きてさすがに混乱が生じているだろう。その隙を狙う」 「………盗聴か」 少年の確認に、青年は無表情に頷く。 だが灰色を帯びた薄い青の瞳は鋭い光を灯していた。 「今なら奴等のセキュリティーも甘くなっているだろう。無線を傍聴する」 分かった、と頷き少年はフェンスの上に無造作に腰をかけた。 その方面になるなら、青年に任せるしかないかない。 休息を兼ね、町を窺った。 深紅の炎が少年のオレンジ色の髪を染めた。 地獄絵図さながらの光景を目の前に、少年の興味は町並みにあった。 今まで見たこともないような造りをしていた。 炎で彩られる前は立派で、清潔感あふれる町だったのだろう。 (むかつく) 苛々と指を小刻みに動かし、トントンとフェンスを打った。 平穏で、何の不安も苦しみもない空間だったのだと思うと、腹が立った。 この差は、何だ。 最下区画と、何故こんなに天地ほどの差があるのか。 怒りの衝動が見えない幾多の手となり絡みついてくる。 囚われそうになるのを必死に振り払った。 俯いていたまま、瞳をそっとあける。 そして、思いもかけないものを見つけた。 少年は金色の瞳を大きく見開く。 「居場所が、分かった。シェルターに保護されているらしい」 青年からは少年の背しか見えなかった。 少年の無反応な様子に訝しげに眉を寄せる。 「………………なぁ。そいつ、シェルターにいるんだよな?」 「コントロールセンターに入った情報が虚偽がなければ、もしくは罠でなければな」 「じゃあ、さ。あれ、何?」 少年の指が下方を示す。 青年がフェンスに寄り、指し示された方向を見つめた。 「…………あれは……」 青年はそう呟いたきり、口を閉ざした。 「何でッ、あんな所、ふらふらしてんだッ!シェルターにいるなじゃねぇのかよッ!!」 「………探す手間は省けたな」 「俺達以外の連中もなッ」 少年が怒鳴るのと同時に青年は身を翻した。 少年も後に続き、出口に急ぐ。 彼らが先ほどまで見ていた場所では、一つの人影があった。 ふらふらと頼り気のない足取りで、身体を壁に預けつつ動いていた。 がくり、と膝から崩れ落ちる。 銀色の髪がふわりと舞い、地に広がった。

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