1550365 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

西條剛央のブログ:構造構成主義

◆『質的研究法とは何か』(新曜社)




はじめに

 こんにちは、西條です。中身をちらっとでも見てもらえればわかるように、本書では質的研究法をはじめて学ぶ学生のためのライブ講義が展開されています。そのため、「質的研究とは何だろう?」という基礎の基礎から知りたい初学者にお薦めです。

 特に、本書の特色としては、僕と学生とのやりとりをもとに話が進んでいくため、読者はそれを追体験する形で少しずつ理解を深めていくことができます。しかも、実践演習形式の講義ですから、問いをたてるところから、データ収集、分析、モデル構築、プレゼンテーション、論文執筆に至るまで、ひととおりのイメージをつかむことができるでしょう。

 僕は、ここで完成度の高い質的研究の見本を披露したいのではありません。そうしたものは専門の学術誌などをみればたくさん載っています。しかし初学者にとって必要なのは、そうしたスタティックな標本ではなく、迷い、決断し、修正しながら手探りで研究を進めていくダイナミックな過程そのものだと考えています。これまでの入門書で捨象されてきた、そうしたプロセスの細部にこそ、初学者が研究を進める上で役立つ暗黙知が宿っていると言えるためです。

 したがって、「自分ならどうするだろう?」「自分の研究に使えそうなところはないかな?」と自分の身に引きつけながら読み進めても良いでしょうし、「自分ならもっとこうするのに」と批判的に吟味しながら読むのもよいでしょう。そのように能動的に読んでいただくことによって、質的研究の実践力を養っていただければと思います。

 それでは、これまで質的研究を実践してきた研究者にとっては意味がないのかと言えば、そんなことはありません。たしかに、質的研究に関する著書は数多く公刊されていますが、だからこそさまざまな混乱が生じており、かえって「本質」が見えにくくなっているのではないでしょうか?

 初学者が抱く「質的研究(法)とは何か?」という問いは本質的な問いでもあり、じつは相当な難問なのです。ですから、あなたがすでに何らかの研究法に習熟していたとしても、たとえばもし、「あらゆる質的研究法に通底することは何か」という問いに対して原理的な(という意味は、論理的に考える限り誰もが了解できるようなということですが)答えをもっていないようであれば、この本は自信をもってお薦めできます。

 本書では、質的研究の本質をお伝えしようと思っているからです。

 「本質」と聞くと難しそうだと思われる人は多いでしょうが、本質とは「エッセンス」のことであり、本来シンプルなものです。難しいのは、本質を見極めて、誰もが了解できる形でそれを抽出し、わかりやすく提示することなのです。

 では、多くの関連書籍を読み、特定の技法に習熟し、たくさんの研究を積み重ねることによってエッセンスをつかめるかと言ったら、そんなことはありません。むしろ、そうした経験によって見えなくなることも少なくないのです。そこがやっかいなところです。では、どうすればよいのでしょうか?

 結論を言ってしまえば、全体をメタレベルで俯瞰する視点と、徹底した原理的な思考の双方を駆使することで、エッセンスを抽出することが可能となります。そして、このやっかいな作業を行うためには、それに特化したツールが必要なのです。え、そんなものどこにあるかですって?

 じつは、それこそが本書の理論的基盤となる「構造構成主義」なのです。これは現代思想の文脈から言えば、客観主義や科学主義といったモダニズムと、その反省から台頭した相対主義よりのポストモダニズム双方の限界と対立を超克、補完すべく体系化された超メタ理論なのです。

 そのターゲットのポテンシャルを最大限に発揮させるツール力によって、『構造構成主義とは何か』が公刊されてからわずか二年あまりで、医学、哲学、歴史学、政治学、看護学、統計学、社会学、教育学、発達心理学、社会心理学、知覚研究法、発達研究法、リハビリテーション、障害論、芸術論、QOL理論、心理療法、作業療法、理学療法、認知症アプローチ、古武術、介護など、さまざまな領域に応用されています。

 この超メタ理論を駆使すれば、質的研究に対して投げかけられるあらゆる批判の矢を無効化し、その特性をいかんなく発揮することが可能になります。そして、その原理力が、枝葉末節に囚われることなく、質的研究法のエッセンスを伝えることをも可能にしているのです。本書の最大の特徴はそこにあると言ってよいでしょう。

 そう、本書は入門書でありながら、新次元の研究法である「構造構成的質的研究法」を体系的にまとめた、世界初の専門書でもあるのです。なお本書では、構造構成的質的研究法は便宜上、SCQRM(Structure-Construction Qualitative Research Method)と略記することにします。

 本当かなあという訝しむ声が聞こえてきたので、その一端を示してみましょう。質的研究法には多種多様な枠組みがありますが、それに通底することは何でしょうか?

 まず現象をうまく言い当てる「コトバ」を作ります。そして「コトバ」と「コトバ」の関係を考えます。そのようにして、「特定のコトバ(事象)」を、「他のコトバとコトバの関係形式」である「構造」へと変換するわけです。

 そう、言ってみれば質的研究とは、「現象」を「構造化」するゲームの一種なのです。その構造化されたものが「モデル」と呼ばれたり、「理論」と呼ばれたり、「仮説」と呼ばれたりするというだけのことなのです。枠組み(流派)によって、そうした呼び名や、構造化するまでの筋道(方法)は違いますが、煎じ詰めれば、いずれもそのようにシンプルに言うことができます。

 なぜ、そう言い得るのでしょうか? これは決して思いつきや研究実践上の経験のみから述べているのではなく、原理的な理路から導き出した帰結であるという点が重要です。構造構成主義の科学論として重要な位置を占める「構造主義科学論」によれば、科学とは、現象を上手に説明できる構造(同一性)を追求する営みにほかなりません。

 たとえば、「水は酸素と水素から構成される」というのは、「A+B⊇C」という形式において、Aに酸素、Bに水素、Cに水というコトバを代入した構造ということができます。「水」を構造化したわけです。そして現象をコードする構造をよりうまく構成することができれば、それだけ現象を理解しやすくなり、ひいては予測したり、再現したり、制御したりできるようにもなります。

 厳密科学か、非厳密科学かの違いはありますが、質的研究法も科学的営為として捉える限り、この言語ゲームに包摂されることになるのです。

 したがって、質的研究とは、現象をうまく言い当てる(構造化する)言語ゲームの一種であり、質的研究法とは、研究者の関心に応じて現場に入ったり、観察したり、インタビューしたり、分析したり、解釈したりするために体系化されたツールということになります。そして、方法が手段である以上、いかなる研究法もその有効性は研究者の関心や目的に応じて(相関的に)判断されることになるため、多様な技法を目的によって使い分ければよい、というのが構造構成主義の(つまり本書の)立場になります。

 「質的研究法」という名の下には、KJ法、グラウンデッド・セオリー・アプローチ、ナラティブ・アプローチ、
フィールドワーク、エスノグラフィー、アクションリサーチ、ライフコース分析、状況論、解釈学的現象学等々多くの枠組みがありますが、どれを使うにしても、そうした「基本中の基本」となるエッセンスを押さえておくだけで、格段に研究しやすくなるでしょう。中でも本書では修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを採用しているため、関心のある人には特にお薦めです。

 こうしたエッセンスを知ることは、未開の地を探索するときにコンパスを手に入れるようなものなのです。もちろん、あらゆる探索がそうであるように、コンパスを持っているからといって、簡単に目的地に行ける(質の高い研究ができる)というわけではありませんが、深淵な森の中で迷うことなく、着実に歩みを進めるための心強いツールになってくれるに違いありません。SCQRMは、その枠組みに閉じることなく、あらゆる質的研究法の理論性・実践力をバージョンアップさせることができる新次元の研究法なのです。

 本書では、そうした原理的な話だけではなく、――じつはそうした原理に支えられているからこそ言える部分もあるのですが――、先行研究を最初から調べなくてもいいとか、関心が生まれる前に教科書で勉強してもしょうがないとか、テキトウに名前を付けてもいいとか、最初にざっと理論を作ってしまえばいいとか、定義は後づけでいいとか、一例でもかまわないとか、研究法は自分で修正してしまっていいとか、一見非常識とも思える主張を随所で展開しています。

 でも、常識に染まったガッコウの先生は本当のことを教えてくれないと、相場は決まっていますよね。この本では変な正論を言っていない分、まっとうなことを言っていると自分では思っています。

 え、本当かですって? そればかりは読んで判断していただくほかなさそうです。では、本論の講義でお会いしましょう。

西條剛央  


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

   *1 本書は、講義をベースとしながらも、多くの学生、後輩から受けた研究に関する相談や、学会・研究会でのやり取り、関連する研究論文や著書を読んで考えたことなどをまとめたものです。したがって、この本は僕のさまざまな経験を材料として「質的研究法のエッセンスを分かりやすく伝える」という関心のもとで編纂された作品と言えます。そのため当然のことながら、本書中の研究、文章、資料等の全責任は筆者にあります。

   *1 西條剛央 2005『構造構成主義とは何か』北大路書房

   *2 西條剛央・京極真・池田清彦 2007『構造構成主義の展開――21世紀の思想のあり方』(現代のエスプリ)至文堂
      西條剛央・京極真・池田清彦 2007『現代思想のレボリューション――構造構成主義研究1』北大路書房
      養老孟司・京極真・斎藤清二・高木廣文 2007「特集 医療現場でわかりあうための原理――構造構成主義の可能性」『看護学雑誌』71(8)、692―704

   *3 池田清彦 1998『構造主義科学論の冒険』講談社



© Rakuten Group, Inc.