西條剛央のブログ:構造構成主義

2007/05/29(火)06:32

同じようで違うコト

雑感(366)

昨日久しぶりに(4ヶ月ぶり)竹田先生達とテニスをした。 みんなすごいうまくなっていて驚いた。運動神経がいいんだろう。 で、僕は2時間ぐらいしたら片足が軽い肉離れになってリタイヤ。 怪我をしたのは久しぶりだけど、昔さんざん怪我をしたので、医者にいかずともどういうタイプの怪我かわかる(怪我の功名?)。 両肩を支えられないと歩けなかったが、時間を経るごとに回復していき、今は(みかけ上)ふつうに歩けるようになった(走ることはできない)。歩けないと不便だなあと思った。いっとく君が荷物を持ってくれたから助かったけど。 で、今日は左足が軽い肉離れだが、右足は筋肉痛。 痛みの強度は同じぐらいだが、それは違うのだ。 右足は、今無理をして動いてもどうってことなく治っていくけど、左足は今無理して動かすと悪化の一途を辿る。 同じ強さの痛みでも、ほっといて動けば治るものと、そっとしておかないといけないものがあるんだよなあ。それは心の痛みでも何でもそうなんだろう。 似て非なるものを見分けられるかどうか。これって大事なことだよな、やっぱり。 本を仕上げるべく、執筆をしている。といっても調整の段階なので、文章を入れ替えたり、切り貼りしたりまとまりをよくしていっている。けっこう進んだ。 で、目が覚めた。気がついたら眠っていたみたいだ。 ということは、今確かにやった作業は全部夢の中の作業だった、ということか。にわかに信じられないがそういうことらしい。 夢の中の作業は保存しても保存されないという当たり前のことがよく分かった気がする。 夢も現実も立ち現れた現象という点では同じだ。 しかし、同じ事をやっても、外部実在として保存されるか、されないかという点で大きく異なる。 当たり前過ぎることだけど、やはりそれを他人から聞いてそりゃそうだと思うのと、直接経験して腑に落ちる形でわかるのは違うのだ。 同じだけど全然違うのだ。 まあ書類が消えたと思ってやり直そうっと。

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