ACT・8-1

  ACT・8

 目の前にそびえる高層ビル。
 全体の半ばから上が二又に分かれているのが特徴的な、ツインビルだ。
 
 それを見上げるやや低めのビルの屋上に、一郎たちは陣取っていた。
 
 むっとする、熱気をはらんだ強いビル風が吹き抜けていく。
「あのツインビルのどこかに、和美さんはいます」
 風に髪をなびかせながら、省吾が口を開いた。
「残念ながら、内部の状況まで調べているヒマがなくて、まるで、迷路の中から和美さんを捜すような訳なんですけどね」
 
「なあに、いることが確かならいいさ。よく見つけ出してくれたな、省吾」
 腕組みした一郎、じっと眼前のビルを見上げている。
 雄大なコンクリ-トの塔が、鏡のような窓ガラスに、青空と白い雲を映し出している。
 その姿が、一郎たちにとっては巨大な砦のように見えた。悪い魔法使い共にさらわれたお姫様を救い出そうとする正義の騎士のような気分であった。
 
「“レボ・コ-ポレ-ション日本支社”──薬品、化粧品、医療機材、健康器具などを扱う会社か、本社はアメリカ──なるほど、玉置のバカが分析したデ-タも当たってたみたいね。たいしたもんだわ」
 出かける前に明郎にインタ-ネットで調べてもらった、目の前の会社のプロフィ-ルを記したメモを見ながら、弥生がつぶやく。
「じゃあさ、省吾はテレポ-テ-ションできるんだから、ちょっと行って、すぐに連れ帰ってくればいいじゃないの」
 修羅王で肩をぽんぽん叩きながら弥生、省吾に向き直る。
 
「あ、そ-か」
「そりゃ、楽ちんでござるな」
 
 それを聞いて、省吾は肩をすくめた。
「本当はそれができればいいんでしょうが──ESPといっても、そんなに万能じゃないんですよ」
 軽く、ため息をつく。
「あれだけ広いビルから、人一人を捜し出すだけでも一苦労ですよね。その上、相手は高校生相手にさえ戦車やヘリコプタ-を持ち出すような、頭のブッ飛んだ連中ですからね。どうしても、一人の力で済ませられるような仕事ではないんですよ」
 自分の力不足を嘆くように、省吾、唇をかむ。
「一度失敗すれば、もう二度と助け出すことはできないでしょう。せめて沢村さんがいてくれさえすれば、囮になってもらって時間をかせげるんですが──」
 
 だが、今、沢村はいない。
 バイクで戦車とやり合った後、一体どうなったのか、生死すらも判らない。
 
「いいぜ、囮の役はオレが引き受ける」
 ニヤリと、ふてぶてしく笑って振り返った一郎は、足元の大きなザックを広げた。
「何よ、それ?」
 のぞき込んだ弥生が、ぽかんと口を開ける。
 
 無視して、一郎はザックの中身をせっせと身につけていく。
 いつの間に、こんなアイテムを準備したのか。
 ベルトには、手榴弾が五個ぶら下がり、ショルダ-ホルスタ-にはグリズリ-四五マグナムが収まる。
 弾帯は袈裟がけにしょい込み、腰にウ-ジ-サブマシンガンと刃渡り三十センチはあるでっかいサバイバルナイフ。
 額にぎゅっと白のハチマキを締め、右手にM60、左手にはグレネ-ドが取り付けられたM16ライフルを握りしめた。
 それだけではない、さらに一郎の背には対空ミサイルランチャ-が背負われていた。
 
「あ、あのなあ──」
 誰ともなくつぶやく。
 両手に持ったM60とM16の感触を味わい、満足気な一郎に、省吾あきれつつ、
「どうでもいいけど──ね。どっからそんなもん手に入れたんだい?」
「ふっ、企業秘密だ」
 うれしそうに、一郎うそぶく。
 
「いや、オレも人殺しをするつもりはねえからよ、弾丸には特殊なもんを使ってるから、当たっても死にはしねえさ」
「そのミサイルや手榴弾は?」
「こいつらも火薬の量を減らしたり、ベアリングを抜いてるから大丈夫だろ、多分」
 
 改めて、一郎の無茶な一面を発見した弥生・陽平・明郎は、う~ん、と頭を抱え込んでしまった。
「──まあそれはともかく、オレの考えでは、君たちには普通の高校生として正面玄関に入り、大声で騒いでもらっていればいいと思っているんだけどね。
 FOSの連中だって、表向きは一般企業として振る舞っている訳だから、高校生が騒いでいるだけならあまり荒っぽい真似はできないだろうし──」
 
 と、省吾が気を取り直して、簡単に救出作戦のシナリオを説明し始めたのだが、

「よし、正面玄関で騒ぎを起こせばいいんだな?」
 頭に血が上っている一郎は、ろくに話を聞いていない。
 それどころか、ライフルを抱えて屋上の鉄柵をひょいっと乗り越えた。
「それじゃ-な、先に行くぜ」
 軽くピ-スサインをするのを見て、あわてて省吾が止めようとする。
 
「ちょ、ちょっと待った。先に行くって・・・あ────っ!」
 目の前で一郎、無造作に飛び降りた。
 
「おりゃあああああっ!」
 一郎の秘技”壁走り”。
 重力を無視して、建物の壁を走り回るという常識外れの荒ワザであるが、ビルの屋上からというのは一郎にしても無謀な挑戦であろう。
 
 一郎の耳元で風がごおごおとうなり、見る見るうちに地面が近づいてくる。
 その途中で、一郎の髪がざわざわっと逆立った。パワ-全開の証拠である。
「やってやるぜ!」
 
 どごおおおんっ!
 
 着地、というにはあまりにも壮絶であった。
 近くにいた通行人たちは、爆弾でも落ちたのかと思った。
 コンクリ-トの道路に、直径四mもの窪みができ、ヒビが放射状に走っている。
 
その中心にいるのは人だ。人──らしい。
 おそるおそる、ヤジ馬たちがのぞき込む。
 
「はら-、こりゃまた一郎らしいでござるな」
「何もそんなに慌てることないと思うけどねえ」
 などと、のんびり会話する陽平と明郎は、屋上からオペラグラスで地上の様子を観察していた。
 
「あのね、いくら一郎でもあれはちょっとやりすぎじゃないの?」
 さすがの弥生も心配になる。
「大丈夫でござるよ、三十秒もすれば──」
「あ、動いた!生きてる生きてる!」
 
 地上の通行人の悲鳴とどよめきが、ここまで聞こえてきた。相当パニックに陥っているようである。一般人には、宇宙人にでも見えたのだろう。
 また、省吾はというと、平然と立ち上がった地上の一郎を見て、これ以上は無いというぐらいに、口を大きく広げてしまっていた。
 まだ、彼は一郎をよく判っていないようだ。
 その肩を、ぽんぽんと弥生が叩く。
 
「あまり、考え込まない方がいいわよ。身がもたないから」
 黙ったまま、省吾はうなずいた。

 ヒビ割れたアスファルトから、タ-ミネ-タ-のごとくむくりと起き上がった一郎は、真っすぐFOSのビルを見据えた。
「和美・・・」
 気の弱そうな少女の顔が、脳裏に浮かぶ。
 一郎は走りだした。
 
「今行くぞっ!」
 咆哮しつつ、全身に武器をまとった高校生が突っ込んでいく。
 
 ビルの入口には、ガ-ドマンが二名立っていたが、一郎を止める事はできなかった。
 自動ドアが開くのも待たずに、彼はぶ厚いガラスを蹴破って突入した。
 ロビ-になっている。
 さっき省吾に言われたとおり、内部の見取り図など手に入らなかったから、まさに迷路である。
 一体このばかでかいビルのどこに、和美はいるのか?
 一郎は、素早くエレベ-タ-の表示を読み取った。
 B2から五〇階までの数字が示されている。
 
「地下か、上か・・・よし、こっちだ!」
 考えたのは一瞬であった。一郎は階段を駆け上がり出す。
 騒ぎに気づいたガ-ドマンの集団が、ぞろぞろ廊下に出てきた。
「どけ-っ!」
 叫びつつ、片手撃ちでM60をぶっ放す。腹に響く低い連射音とともに、ザコは吹っ飛び、進路を開けた。
 
 突然の襲撃に、FOSは対応できない。
 一郎を止めることのできる者はいなかった。

    ☆         ☆         ☆

「どうした、何の騒ぎだ」
 非常事態を告げる警報が鳴り響くのを聞き、メディカルル-ムにいた田崎はインタ-カムに叫んだ。
『申し訳ございません、正体不明の高校生らしき少年が内部に進入して暴れています』
 雑音が交じり聞き取りずらい音声がスピ-カ-から届いてきた。
「何をやっとるのだ? 保安部は高校生ごとき捕らえられんのか!」
 田崎が怒鳴る。
「今こちらの部屋ではティンカ-ベルの精神治療中なのだ、デリケ-トな作業を行っているのに騒ぎ立てて邪魔をするんじゃない!」
 
 そういう田崎の背後には様々な計測機器や医療機材、パソコンのディスプレイなどが、和美のベッドの周囲にごちゃごちゃと設置されている。
 さらにそのセットの方法と取扱いについて、ダニ-が中心になって指示しているらしい。
『それが、どういう訳かマシンガンなどで武装していまして、我々では取り押さえることができ──』
 ブツッ、という音がして会話が途切れる。
「?」
 田崎は眉を寄せた。高校生が完全武装で攻撃をかけている?
「何だというのだ、上で何が起きているというのだ?」

    ☆          ☆         ☆

「う~ん、何かドンパチ始まったようだね」
 屋上でオペラグラスを覗く明郎がのんびりとつぶやいた。
 一郎が突入した正面玄関から銃声がかすかに聞こえてくる。
「あれだけの装備をした一郎じゃ、ひょっとすると一個大隊並の戦力があるかもなあ」
「FOSの冥福を祈るでござる」
 
 なんまんだぶ、なんまんだぶと明郎と陽平はやり出した。
 
「ねえ、あたしたちも早くいこうよ」
 と、弥生。戦いたくてうずうずしながら省吾のそでを引っ張る。
「そうですね・・・しかし、まさか正面から突っ込むなんて・・・」
「一郎のこと?まあいいじゃないの、あれがあいつのやり方なんだから。それに、ちょうど陽動作戦にもなってることだし」
「陽動作戦ですか、それは言えますね」
 攻め込む前からあれだけ目立つ行動をした一郎である。ビルの中でもさぞ派手に暴れていることだろう。
 
「よし、オレたちも行きましょう。皆さん捕まってください」
「?」
 言われるままに三人は省吾にしがみついた。
「では行きます」
 次の瞬間、三人は意識が飛んだ。
 ぱっ、と目の前が暗くなり、重力がふっ、と消失するような実に奇妙な感覚であった。
 と思うと、目の前に今までと全く別の光景が現れた。
 
「さあ着きましたよ」
「え?」
「ありゃ、ここひょっとすると──」
「FOSのビル!いつの間に?」
 きょろきょろと周りを見回す三人に対し、省吾はにっこり笑いかけた。
 
「これが、テレポ-テ-ションですよ」
 省吾の説明に、三人はああ、とうなずいた。
 頭では理解したつもりでも、やはり一瞬のうちに数百メ-トルも移動してしまうというのは感覚がついてこない。
 
「今、我々は最上階にいます。和美さんがどの階にいるか判りませんので各階を見て回るしかありません。気をつけてくださいよ、いくら相沢が注意を引いてくれているとはいえ、ここは敵のど真ん中なんですからね」
 と省吾が言ってるそばから、廊下を曲がって男が一人やってきた。四人とばっちり目が合う。
 
「あ・・・」
 男は廊下の真ん中に立つ四人を見ていぶかしげな表情になって、少ししてやっと状況が飲み込めたらしかった。指をさしてわめきだす。
「な、何だお前たちは!どうやってここへ入り込んだ?」
 ホルスタ-の銃を抜こうとしたのを見て、省吾の身体がすっと前に出る。
 抜きかけた拳銃を押さえ、省吾のにこやかな顔はすでに男の目の前にいた。
 
「まあまあ、笑い猫って聞いたことないかい?」
 くすくす笑う省吾を見て、男の顔がすっと青ざめた。
「まさか、お前があの──」
「おやすみ」
 省吾は膝蹴りを男の腹にめりこませ、首に手刀を叩き込んだ。
 白目をむいて気を失った男を床に横たえて、省吾は振り返った。
 
「さ、皆さん、このようにいつ敵に出会うか判りません。充分周囲に気を配りながら行動してください」
 と、省吾は肩をすくめる。
「さ、行きましょうか」
 と言った後、少しもたたないうちに今度は逆の角から人の気配がした。しかも複数。
 今度は省吾も動く間がなかった。
 まず一人が倒れている男に気づいた。四人と男を見比べて、目つきが変わる。
 
「貴様ら、侵入者か?どこから入り込んだっ!」
「動くな、撃つぞ!」
 五人の男が一斉に拳銃を構えた。この距離では、まず外さないだろう。学生たち四人は動けなかった。
 
「ど、どうする?」
 パニックに陥った明郎がわめく。
「思いどおりにはいかないって訳ね。現実ってきびしいわ──」
 忍び込んだ途端に見つかってしまい、絶体絶命のピンチである。 その時、動いたのは陽平であった。
「オレにまかせるでござる」
「どうするの?」
「こうするでござる!」
 叫ぶなり、陽平はふところから黒い玉を取り出し、男たちの足元へ投げつけた。
 
 BOMB!
 
 閃光とともに、おびただしい煙が視界を覆い尽くした。
「うおおっ?」
「それ、逃げるでござる!」
「どっちーっ!?」
「こっちかい?」
「そっちだ!!」
「いや、あっちだ!!」
 一面煙幕に覆われているので、右も左も判らない。
 
「侵入者め、動くな!」
「ばか! オレだっ!」
「逃げられんぞっ!」
「落ちつけっバカども!」
 五里霧中の状態で、けたたましい騒ぎになってしまった。
 
 敵味方の区別もなく、隣の人間の顔すら判らぬまま、FOSの男たちは銃を発砲することもできずに怒鳴るのみであった。
 だが、エアコンが煙を吸い出す頃には、その騒ぎも収まった。
 四人の姿はすでに無かったのである。

    ☆         ☆         ☆

 一方、一郎は快調な進撃を続けていた。
 現在位置は、二十階。
 ただしツインビルの、省吾たちとはちょうど反対側のビルの方へ入り込んでいた。
 
「ええい、撃て!敵は一人だぞっ」
 保安部の分隊長が叫んだ。その周りで五人ほどの保安部員が、サブマシンガンを撃ちまくっている。
 一郎がここまで上がってくる間に、どれだけの人数がやられたことか──。
 それに対して一郎は無傷。化け物みたいな奴だ。
 その思いが、保安部員たちの銃撃に激しさを加えた。
 狂ったように、連射する。
 
 その勢いに、さすがの一郎も前進することができず、廊下の角で機会を伺っていた。
 ふと、腰にぶら下げた手榴弾に目を落とす。
「よし」
 ライフルを足元に置き、銃声が途絶えた一瞬にその一つを投げつけた。
 しかし、使い慣れていないため。
「やば、撃針ピン抜くの忘れた──」
 大ボケ。それでは爆発しない。
 
 しかし、チャンスはできた。
 興奮した男たちは、手榴弾が投げ込まれただけでパニックになり、そんな事を確認する余裕もなくなっていた。
 気がそれた。
 すかさず一郎は床のM16を拾い、その先に取り付けられたグレネ-ドランチャ-を撃ち込んだ。
 
 吹っ飛ぶ瞬間、ようやく男たちは気づいた。手榴弾に撃針ピンが差し込んだままなのを───
 だからといって今更どうにもならず、ただ自分のマヌケぶりを悔やむのであった。
 血だらけの保安部分隊長は、それでも最後の力を振り絞って上司に報告をした。
「二十階も、突破されまし・・・た」

    ☆         ☆         ☆

「何という奴だ!FOSの保安部を子供扱いしとる」
 メディカルル-ムにおいて、田崎は頭を抱えた。
 
 そこでまた、インタ-カムが鳴った。
「私だ・・・何っ、第二ビルタワ-にも侵入者だと? 何とか押さえろ! 全員でかかれ、これ以上好き勝手にさせるな!」
 はあはあ言って、田崎は受話器を叩きつける。それを横で見ていたダニ-が、
「一体どうしたのじゃ?」
 と訊ねる。
 
「判らん、第一ビルタワ-には武装高校生、第二ビルタワ-には笑い猫やニンジャが現れて暴れまわっているそうだ」
 それを聞いて、ダニ-の目がぎらりと光る。
「笑い猫、だと?」
 ちろり、と舌なめずりして、いやらしい笑い声をたてた。
 
「面白い、よし、この日本支部にいるDセクションの連中を全員出すがよい。黒い風のエスパ-かFOSか、勝負じゃよ」
 田崎の顔が引きつった。
「奴らを・・・全員出すというのか? 侵入者ぐらいで? ジョニ-と兵藤で充分だろう」
 そういう田崎の表情には、かすかに嫌悪の色が浮かんでいる。
 
────Dセクション。
 
FOSの非合法作戦・・・すなわち暗殺、テロ、特殊調査活動などを専門に受け持つ、特殊な能力の持ち主で構成された集団であり、兵藤やジョニ-もこれに所属している。
 一郎の暗殺作戦の打合せ時におけるトラブルからも判るが、このDセクションに属するメンバ-は、F0Sの本部直属の実戦部隊であり、支部レベルで行動している非合法工作員たちとは一線を画しており、能力的にも格段の差がある。
 また本部直属であることから、組織内においては特別扱いであり、意見力もあるかなり自由な身分なのであった。
 
 今現在、この日本支部には兵藤とジョニ-の他に二名のメンバ-がいる。ダニ-はその四人を総動員して、侵入者にぶつけろというのだ。
 
「その通りじゃ、第一ビルの方に兵藤とアルコン、第二ビルの方にはジョニ-とホウランをそれぞれ送り込む」
 きっぱりと、ダニ-は言った。
「しかし、奴らは暴走する恐れがあるという理由で、部屋に閉じ込めてある欠陥品だぞ」
「保安部の連中を全滅させられてからでは遅いのじゃぞ?」
 ぎらりと底冷えのする視線で、ダニ-はにらみつけた。
 
「貴様も言っておったろうが、あれはまさしく相沢乱十郎の息子よ、あの化け物の再来じゃぞ!」
 ダニ-の言葉に、田崎は苦虫を噛みつぶしたような顔になり、気乗りしない感じでインタ-カムに手を伸ばした。
「私だ、Dセクションの連中を使う。アルコンとフウ・ホウランを部屋から起こせ──」

    ☆         ☆         ☆

「そらよっ、くらいやがれ!」
 そう言って、一郎は最後のグレネ-ドランチャ-を廊下に築いてあるバリケ-ドの奥に撃ち込んだ。
 爆発とともに二、三人が吹き飛ぶのが見える。
 バリケ-ドの奥に誰も動くものがいないのを確かめて、一郎は弾丸切れになったM16を放り投げ、右手に持ちかえたM60に、肩にかけていた弾帯を差し込む。
 
「今、四十階か」
 つぶやいて一郎は天井を見た。確かこのビルは五十階建てだから、もう少しで第一ビルタワ-の屋上になる。
 
 実際には、和美は地下に閉じ込められているのだが、一郎は根拠もなく最上階にいると信じて疑わなかった。
 囚われのお姫様は、高い塔のてっぺんにいるに決まっている、という強い固定観念があるらしい。
「もう少しだ、待ってろよ和美ィ」

    ☆         ☆         ☆

 ぴく。
 
「む!」
 ダニ-は不意に振り返った。厳しい目つきで、ベッドに横たわった和美を見つめる。
「どうしたのだ?」
 ぎょっとして、田崎も振り返った。
 
 ダニ-はしばらく和美を凝視していた。
 すると、周囲の機械類につながった、得体の知れないセンサ-などをのぞきこんでいたオペレ-タ-の一人が顔を上げる。
「ティンカ-ベルの脳波に、変化が見られます」
 
「おお、やっと──」
 田崎がつぶやくと、ダニ-の唇のはしがつり上がり邪悪な笑みを浮かべた。
 
「ティンカ-ベルが目覚めるぞ」
 自我の殻の中にもぐり込むように、深く眠りつづけてきた和美が、ようやく現実世界へ戻ってきつつあるのが、脳波のパタ-ンからも判る。
 ダニ-は、ちらりと一郎を写す監視モニタ-の映像を見やり、
「ふん、寝ボケた状態でも家族が近くにいることを感じおった」
 と、つぶやいた。
 
「どうするのだダニ-? 眠りつづけるティンカ-ベルの精神内部に君のESPでアクセスして作業する予定だったが──」
 田崎が、脂ぎった顔にハンカチを押しつけて聞く。
 
「かまわん、眠っていようが目覚めようが、わしには関係ないわ。ちょいと人の頭の中に入り込んで探しものをしてくるだけじゃから、の」
 そう言って、自分のはげ上がった頭をぴしゃぴしゃ叩き、ひひ、と笑う。
「その代わり、ごちゃごちゃうるさい奴らに作業のジャマをさせるな、そのためのDセクションの連中じゃ、よいな?」
 もはやダニ-の口調は、はっきり命令形になりつつあった。
 
 この黒人の小男は、田崎をはっきりと格下としてとらえているのである。
 さすがの田崎も、その雰囲気にかちんときた。
 仮にもFOS日本支部の責任者を任されている自分である。いくらダニ-が本部直属のエスパ-だとしても、そうなめられる訳にはいかない。この部屋にいるオペレ-タ-や医師たちも、全て自分の部下なのだ。
 
「ダニ-、ひとつ聞いていいかね?」
 田崎は背筋を正して切り出した。
「何をそこまで急ぐ必要があるのだね、いや、別に邪魔をしようというのではない。このとおり君の指示に従って必要な人員と機材を用意したし、いざ本番という段階で作業開始を引き延ばしたくない気持ちは判る。ただ、私にはこの作業の目的すら知らされていないのだよ。ぜひ教えてもらえないかね、侵入者を排除する手間さえ惜しんで、君は何をこの少女から探し出そうとしているのだ?──精神治療が目的ではなかったのか?」
 ダニ-の背中に向かって、田崎は問いかけた。
 
 少しの間、ダニ-は無言のまま振り向こうとしなかった。
 そのわずかな時間に、ぞっとする緊張を感じて、田崎は身を強張らせた。
 部屋の中にいるオペレ-タ-や医師たちも、無言で成り行きを見守っている。
 
「田崎よ・・・」
 背中ごしに、ダニ-が答える。
「わしは最良の成果を得るために来た。と言ったはずじゃぞ」
 こちらを向かずに言った。
 
“しかし──”と反論しようとして、田崎は言葉を飲み込んだ。
『言われたことだけを忠実にやっていればよい』
 その背中が、はっきりそう語っているためもあったが、向こう側のガラス窓に写るダニ-の目を見てしまったのだ。
 
 禍々しく、赤い光を放っていた。
 
 しん、と静まり返った部屋の中で、和美の唇がかすかに震え、何かをつぶやいている。
 非常にかすかな動きで言葉になっていないが、優れた読心術者ならばこう読み取ったろう。
「危ない・・・お兄ちゃんが、危ない・・・怖いものが──」
 深い眠りの中で和美は何を感じたのか。今、目覚めつつあるようだ。

    ☆         ☆         ☆

 一郎は、四十七階まで上がったところで、少し不安になった。
 さっきまで激しかったFOSの攻撃がぴたり、と止み、一人の保安部員とも出会わないのである。
 こうなると逆に緊張してくる。
 何か策を練っているのかもしれない。
 
──ワナ?
 
 もっとも、一郎はその緊張感を楽しんでいるようでもあった。
 一郎の内部に、力がたわむ。
「そろそろ、だな」
 
 つぶやくと同時に、左右のドアが開き、黒い影がふたつ飛び出してきた。
 ぶん、と風がうなる。
 左右のふたりから同時に回し蹴りが放たれ、一郎の後頭部にまともにヒットした。
 並の人間なら、首の骨が折れてもおかしくないパワ-とタイミングだった。
 
 だが、一郎は別だ。
 前につんのめりかけたが、しっかりと踏みとどまり、M60の台尻を思い切り振り回した。
 
 空を切った。
 
 襲ってきたふたりの男の体術は、素晴らしいものだった。
 一人はスウェ-バックして、もう一人はダッキングで一郎の攻撃をかわし、すぐさまふたりの身体は宙に浮いた。
 一郎に向かわず壁へ飛び、双方の両足が壁に触れた瞬間、ふたりの身体は横へ跳ね返った。
 今度こそ一郎へ向かい、必殺の飛び蹴りがうなる。
 空手の秘技、三角蹴りだ。しかも、それがふたり同時に襲いかかるエックス攻撃であった。
 
 一郎は、左からの攻撃はなんとか腕を曲げてブロックしたが、右からの飛び蹴りを防げず、まともに食らってしまった。
 体重の乗った攻撃に、一郎の身体が吹き飛ばされる。
 
「くっ」
 床に転がった一郎は、次に来るであろう追撃に備えて全身を緊張させた。
「?」
 
 しかし、スキだらけのその身に攻撃はされなかった。
 一郎は目を疑った。ふたりは止めを刺しにこないばかりか、無表情に立てと手招きしているのである。
 
「ふざけやがって、余裕のつもりかよ」
 一郎は立ち上がってふたりをにらみつけた。
 ふたりはすっと腰を落とし、身構える。
 その動作は、まるで双子のように息が合っていた。同時に攻撃してくるコンビネ-ションの鋭さやタイミングの絶妙さは、実にやっかいな相手であった。
「へっ、ここへ来てようやく骨のある奴らが出てきたかよ」
 そう言って一郎は、身体の動きを制限している背中に背負った武器を外そうとした。
 その時、
 
「待て、ふたりとも」
 不意に、男たちの背後から声がした。
「そいつは貴様らの獲物じゃない」
 兵藤であった。
 
「何だ山猫、お前の出る幕じゃないぞ」
 片方が低い声で言った。それでいて注意は一郎に向いている。
 兵藤の唇のはしが、きゅっとつり上がった。
 
「オレじゃない、アルコンがそいつの相手をする──」
 ふたりの身体が、びくっと震えた。
 
「何で、何であいつを出したんだ! 局長は──」
「いや、それより誰が奴を止めるんだ!」
 怯えたように叫ぶふたりに、兵藤は無表情で答えた。
 
「さあな、上の連中がそいつをアルコン並の化け物と判断したということだろう」
 言われて、ふたりは一郎の顔を見た。
 当の本人は、何が起こりつつあるのかまるで判らない。
 
「さて、どうやら来たようだぞ。オレは下がらせてもらおう」
 そうつぶやくと、兵藤は音もなく歩み去っていった。
 無視されて話が進むので、一郎には全く事情がつかめない。
 
「おいてめえら、人を無視してるんじゃねえよ。やらないんだったら先へ進ませてもらうぜ」
 こちらを見て、ふたりの顔がひきつった。
 
 いや、その視線は一郎ではなく、一郎の背後の空間を見つめていた。
 異様な気配に、一郎は振り返った。
 何かぞっとするものが背中を駆けめぐり、首筋の産毛がそそけ立つ。頭の中で、誰かが「危険」と叫んだ気がした。
 
「ア・・・アルコン」
 怯えた声で、ふたりがつぶやく。
 
 そこには、一人の黒人が立っていた。
 でかい。
 第一印象はそれであった。身長は二メ-トルを越しており、体重も百三十キロはあるのではなかろうか。
 素肌につけたランニングが、はちきれそうなほどグロテスクに筋肉が発達しており、体型は見事な逆三角形であった。
 そして何より、一郎の目を引いたものは、彼の右手にぶら下げられた物──チェ-ン・ソウである。
 
 何に使うつもりなのか、あまり考えたくない問題であった。
 
 その黒い巨人が、ゆっくりと廊下を歩いてくる。
 一歩、また一歩と距離が縮まるたびに、彼の巨体からは、一郎がこれまで出会ったどんな敵よりも強い、ケタ外れな圧迫感が感じられる。
 息苦しいほどのプレッシャ-。
 アルコンは立ち止まった。そして分厚い唇が動く。
 
「テキ、ハ、ダレダ?」
 この時、一郎の頭に変なユ-モアが浮かんだ。自らの緊張をほぐそうと、わざとトボけた返事をしてみせたのだ。
 
「敵か?敵はあいつらだ、やっつけろ!」
 そう言いながら、ふたり組を指さした。それを聞いて、ふたり組の顔から血の気がなくなる。
 
「何を言う!アルコン、敵はそいつだ、そいつだよ!」
 男たちはみっともないほどわめいた。
 しかし、この黒人は一郎の言葉を優先したらしい。ふたりに向かって、
 
「キル、ユ-」
 とつぶやき、手にしたチェ-ン・ソウのエンジンを始動させた。テェ-ン・ソウの始動にはコツが必要だが、一発でかけたところを見ると、だいぶ扱いに慣れているようだ。
 その意味を考えて、一郎はおええ、と舌を出した。
 2サイクルエンジン、33CCが唸り、マフラ-が排気ガスを吹き出す。
 
 アルコンは、べろりと舌なめずりしながらスロットルトリガ-のアクセルを調整してエンジンをウォ-ムアップした。
 獲物を襲う前の、獣の唸り声である。
 
「やめろ!やめてくれっ」
 男たちは金縛りになったようだった。
 全身が汗だくになっている。
 
 アルコンはアクセルを引いた。カッタ-チェ-ンが勢い良く回転を始める。
 そして、ゆっくりとふたりに歩み寄っていった。
 じりじりとふたりは後ずさっていき、壁が背に触れる。
 一郎とやりあった時の余裕は跡形もなく吹き飛んでいた。
 恐怖に顔を歪めて、迫り来るアルコンを見つめる。
 
 もはや、逃げ場がないと観念したのか、ふたりは死に物狂いの反撃に出た。
 右の男が、いきなり中段前蹴りを繰り出す。
 強烈だった。鍛えていない者の腹筋なら、あっさりと内臓を破裂させることのできる威力を秘めていた。
 
 ただし、命中すれば。
 ぎゅわん!
 という音と、男の絶叫がそれにかぶさった。
 離れた所に立っていた一郎の頬に、生ぬるいものが触れる。
「?」
 手の甲で拭ってみると、赤いものがついた。
 
 視線を戻すと、男の片足がなくなっており、その足元には赤黒い血溜まりができていた。
 その顔は紙のように白く、涙でくしゃくしゃになりながらアルコンを見上げていた。
 ニタニタと不気味な薄笑いを浮かべながら、アルコンはゆっくりとチェ-ン・ソウを頭上に振り上げ、男の顔が恐怖に歪むのを見て楽しんでいるらしい。
 振り下ろす。
 チ-ズにナイフを入れるようにあっさりと、チェ-ン・ソウの刃が男の肩にめりこんでいた。
 
 ずばばばば。
 
 音をたててカッタ-チェ-ンが肉を裂いていく。
 日本刀のように鋭い刃物できれいに切られるならば、一瞬痛みは感じない。しかしこの傷は───
 
 肉片が飛ぶ。血しぶきが吹き上がる。断末魔の叫びが響き渡る。
 
「ひィいいいいっ」
 その様子を見ていた左の男は、一目散に逃げようとした。
 それに気づいて、アルコンは既に腰までめりこんでいたチェ-ン・ソウを引っこ抜き、こと切れている男の身体を蹴り飛ばした。
 ものすごい足腰の力である。
 
 一人の人間の身体が、まるでゴムボ-ルのように吹っ飛んでいき、逃げようとした男の背中にぶち当たる。
 男はミサイルの直撃を食らったようなものだった。低くうめいて立ち上がることができない。
 後ろにアルコンが迫る。
 
「うわ、うわわっ!」
 どうやら倒れた時に足を折ったらしく、四つんばいのまま逃げようとするが、黒い巨人はすぐに追いついた。
手にしたチェ-ン・ソウを、男の背中に振り下ろす寸前────。 一郎のM60が吼えた。
 
 チェ-ン・ソウを振りかぶったアルコンの背中に、雨のように弾丸が撃ち込まれる。
 
 巨体がぐらりと揺れ、地を震わせて倒れた。
 その時起こった風に、むっと濃密な血臭が漂い、さすがに一郎も顔をしかめた。
 
「まったく、とんでもねえヤロウだな」
 鼻の頭にしわを寄せて、つぶやく。
「おい、大丈夫か?」
 血だらけの死体をまとわりつかせて、へたり込んでいる男に声をかける。
 
「何なんだこいつは?FOSじゃ敵味方の区別もつかねえキチガイをのさばらせているのかよ」
 冗談のつもりで言った一郎の一言で、ここまでやるとは普通ではない。
 アルコンという名前だけで、このふたりが慌て、怯えたのも判る気がする。
 
 見境なく暴れる味方というのは、戦いの場においてある意味、敵よりもよほど恐ろしい存在である。
 自分を助けてくれるはずの仲間が、逆に襲いかかってきたら、無防備な瞬間をさらけ出すことになってしまう。
 何より裏切られた精神的ショックが大きい。
 信じられない仲間などというものは、心理的不安を生み出し、チ-ムワ-クを乱す。その結果、コンビネ-ションがうまくいかず、円滑な作戦行動ができなくなってしまう。
 何十人もの兵隊を揃えても、しょせん個人の集団であるならば、スキだらけのハリボテ軍隊となるであろう。
 
 FOSが、そんな作戦部隊しか持っていないとしたら、そこにつけいるスキがありそうであった。
 
「ぐ──、アルコンは死んだのか?」
 折れた足を押さえながら、男がうめく。
 その上に重なっている死体が、ずるっと床に滑り落ちた。
 
「いや、かなりの数の弾丸をぶち込んでやったけどよ、こいつは特製のスタン弾使っているから、せいぜい骨折して失神してるだけだろうさ」
「何ィ?実弾じゃないのかっ!」
「当たり前だ、オレは人殺しになるつもりはねえよ」
 一郎がそう答えると、男の目にまた怯えた光が浮かぶ。
 
「そうはいっても、身体の弱い奴や当たり所が悪ければ死ぬかもしれん威力は持っているんだぜ。現にここに来るまで、てめえらを蹴散らして来たんだしな。撃たれた奴ら、二・三日はまともに動けねえはずだ」
「同じことだ、頼む!オレを連れて早くここから離れてくれ!」
 目をむき、追い詰められた表情で男は一郎にすがりつこうとするが、一郎はその手を払った。
 
「悪いがこんなことしてるヒマはねえ、一刻も早く最上階に行って和美を助けなけりゃならねえからな」
 そう言って、階段の方へ歩きだそうとした途端に、背後の空気が動いた。
「ぐあっ!」
 
 左肩に激痛を感じて、一郎は前へ飛んだ。前転して体勢を建て直す。
 ひいい、と男が悲鳴を上げた。
 目の前には、今、M60の連射を食らったはずの黒い巨人が立っていた。

    ☆         ☆         ☆

 一方、一郎のいるのとは別棟の第二ビルタワ-では、さっきの騒ぎの中で「陽平・明郎」組と、「弥生・省吾」組にメンバ-が別れてしまっていた。
 
 こちらは「陽平・明郎」組。
 忍者と電気工作男というこの奇妙なコンビは、ひたすら目立たぬように廊下を歩いていた。
 
「はてさて、ここはどこでござろう」
「う~ん、すっかり迷っちゃったなあ」
 どこまでも続く同じような光景に、ふたりはやるせなさを感じ始めた。
 
「さっきここ通らなかったっけ?」
「いや、確かに別の場所なんでごるが、つくりに変化がまるでないでござる」
 忍者である陽平の方向感覚とカンだけに頼って、明郎がその後をついていく。
 一郎が大騒ぎしているおかげで、大分人員が回されたらしく、このふたりに対するマ-クはほとんどないようだ。
 
「しかし、こうしてると思い出すなあ、一郎と知り合ったばかりの時」
 ぽつりと明郎がつぶやく。
「あの時のことでござるか?」
 足を止めて、陽平は振り向いた。
 互いの顔を眺めた一瞬に、ふたりの脳裏には同じ光景がフラッシュバックしていた。
 
「あの時も、えらい騒ぎだったでござるな」
「ん、ひどい目にあった」
 ふうう、とふたり深いため息をついて、再び歩き始める。
 
「あれは、やっぱり一郎が原因・・・だよなあ」
「オレもそう思うでござるよ、転校してきたと思ったら、大騒ぎの連続。しかも、引っ越す前の土地からヤクザやら暴走族やらのお礼参りが主だったでござるからな」
「霧原の由紀ちゃんがさらわれた時は、どうしようかと思ったよ。丁度あの時もこんな風にヤクザのビルに忍び込んだんだったっけ」「そうそう」
「こんなどでかいビルじゃなくても、刃物やら拳銃やらも持ってたっけなあ・・・」
「そう、タチの悪いチンピラがぞろぞろ向かってきたでござる」
「そうそう、丁度あんな具合に・・・」
 明郎が指さす先に、廊下の角から複数の保安部員が姿を現した。
 
「全くあの時と同じだ、ワンパタ-ンだねえ」
「冗談言ってる場合じゃないでござる!こっちに気づいたでござるぞ!」
 くるりと回れ右をして、陽平と明郎は同時に逃げだした。が、前からも別の男たちが現れ、ふたりはたたらを踏んで立ち止まった。
 キョトキョトと、前後の男たちを見比べる。
 
「・・・ちょっと、逃げられそうもないでござるな」
 そう言って、懐に手を入れようとするのを、明郎が制する。
「こらこら、もうケムリは止めにしてくれよ。またはぐれたら今度は独りぼっちになるんだからさ」
「それじゃ、ここらで一発やるでござるか?」
 ちら、と意味ありげに陽平が目配せする。
 
「ん、一郎すら知らない、オレのもう一つの隠し芸を披露するとしようか」
 ポケットからトランプを出しながら、明郎はどこか嬉しそうに言った。
「オレが、電気製品いじりだけじゃないところをお見せするよ」
 
 その間に、走り寄ってきた男たちが足を止めた。
 明郎と陽平が、背中合わせになって身構えたからである。
 男たちは、手にしたごつい金属製の警棒を握りしめた。
 
 どうやら銃を使うつもりはないらしい。たかがガキを相手にするのにムダ弾丸を使うこともない、と考えているらしかった。
 ボコボコに殴りつけ、おしおきを食らわせてやるつもりだった。
 乱闘の直前の、重い空気がその場を流れていく。
 
「じゃ、オレから先にやるよ」
「半分コでござるぞ」
 短く言い合うと、明郎は前後の男たちに気障な仕草で一礼した。
「では、始めましょう。天才『手品師』宮前明郎の、特別マジックショ-!」
 ぱちぱちぱち、と陽平が拍手をする。
 
 はあ?
 と、男たちは、この不可解な行動にぽかんと口を開いた。
 
「まずは、『カ-ド』!」
 明郎は、持っていたトランプを素早くシャッフルし始めた。
 目にも止まらぬ早さで手が動き、次に右手と左手の間を少し開け、その間の空間を右から左へカ-ドが舞っていく。
 見事だった。
 これだけのカ-ドさばきができれば、ラスベガスのディ-ラ-にも引けはとるまい。
 
 カ-ドが全て左手に移った。くいっと手首を返すと、カ-ドが扇のように広がる。
 右手を添えて、それを元のようにまとめ、また広げた。
 
 男たちが驚きの表情を浮かべる。
 突然カ-ドが倍の大きさになったのだ。
 
「for you」
 明るくいいつつ、明郎はそのカ-ドを飛ばした。
「ぎゃっ!」
「うわっ」
 武器を持った男たちの手に、そのカ-ドは深々と刺さった。
 しかし、なぜか手に刺さっているカードは、元のサイズに戻っている。
 その困惑が、男たちの動きを止めた。
 それを小馬鹿にするかのように、明郎は気障にウインクしてみせた。
 
「次は、オレの番でござるな」
 言って、陽平が懐から巻物を一本出した。
「見よ、忍法『自在布』!」
 叫びつつ右手を振ると、しゅるると巻物が伸び、前方の男の顔面を痛打した。
 端は陽平の右手に握られているが、何か特殊な力の加え方でもあるのだろうか、それはすぐに巻き戻されて陽平の手中に収まった。
 
「貴様ッ!」
 鼻血を出して吹っ飛んだ仲間を見て、激怒した男たちは陽平に殺到した。
 
「むん!」
 気合とともに、陽平は再度『自在布』をふるった。
 
 男たちはまた驚かねばならなかった。
 巻物は直線で攻撃せず、蛇のごとく空中で角度を自在に変化させ、男たちを殴り倒したのだった。
 迫り来る布をナイフで切り裂こうとした男は、いきなりホップしたそれにアゴを砕かれ、掴みかかった奴の腕には逆に絡みつき、骨をへし折り大きく投げ飛ばした。
 
『自在布』
 
 本来ならば布を使用する術だが、陽平は巻物で代用した。
 長い布の端におもりをつけて操る技であり、陽平の得意技なのである。
 一見ゆるやかな攻撃が、空中でうねうねと角度を変え、敵をからめとり打ちのめし、また自らを防御する楯ともなる変幻自在さから『自在布』の名がついた。
 
 ともあれ、このように奇妙な技を立て続けに見せつけられて、男たちから余裕が消し飛んだ。
 だが、手品にしろ、忍術にしろ、拳銃には勝てまい!
 そう考えた時には、残った男たちは迷わずホルスタ-から銃を抜いていた。
 
「動くな!」
 一人が重みのある声で叫んだ。脅すにはぴったりの声である。
 加えて、各々の銃口はしっかり明郎と陽平の胸にポイントされている。
 
「むむっ」
 と陽平は、巻物を握りしめたまま動きを止めた。
「宮前明郎、沖陽平。最大のピンチ!ふたりの運命やいかに?」
 他人ごとのように明郎が言った。
 
 この状況下でとぼけることのできる度胸は、さすが斎木学園の生徒である。
 
 明郎は、ぱちりと指を鳴らして、何もなかったはずの胸ポケットから赤いバラを抜き取り口元へ持っていった。
「時間のムダだね──はっきり言って」
「そーでござるな、一気に勝負をつけるでござるか」
「よし!」
 陽平のセリフが終わるか終わらないかのうちに、明郎はバラに強く息を吹きつけた。
 
 これも手品だろうか?バラの花びらが、全て宙に舞った。
 いや、一輪の花にこれほど大量の花びらはない。
 明郎は、ただ一本のバラから、数十本分の花びらを宙に舞わせたのである。それにより視界が奪われ、男たちは動揺した。
 
「畜生っ、小僧ども!どこだっ」
「撃つな!同士討ちになるぞっ」
「そうだ、撃つな!撃つんじゃないでござるぞ!」
 叫ぶ声も誰のものか判らない状態である。
 
 拳銃を構えた男たちは身動きしなかった。花びらの乱舞が収まるまで、不用意に動かない方がいいと判断したのだ。
 しかし、驚愕に男たちの目が見開かれた。
 突然、彼らの目の前に人影が立ったのである。
 不思議なことに、六人の男たち一人一人の目前に、である。
 
「何だ!敵はふたりのはずだ。いつの間に六人に増えた?」
 六人同時に打ち倒され、六人同時に失神していく中で、六人同時に同じことを考えつつ、六人同時に床に伏した。
 乱舞していた花びらが、小春日和の日差しにはかなく溶ける淡雪のように消えていくと、後には失神している保安部員たちと勝ち誇って立っている明郎と陽平がいた。
 
「ふっふっふっ、見たか!マジックと忍術の合体秘術、名付けて『影分身花弁乱舞』!」
「うーむ、ネーミングが今いちでござるな」
「──まあ、後でじっくり考えよう」
 ふたりがそういいながら、鼻の頭を掻いた時、
 
「ふーん、影分身花弁乱舞かァ、すごいすごい」
 
 ぱちぱちぱち。
 拍手されたので、ふたりは振り返ってふんぞり返った。
「いやあ、それほどでも、はっはっはっ」
「ところで、君は誰でござる?」
 目の前にいつの間にか立っていたのは、チャイナ服を着た小柄な少女であった。
 くりっとした大きな瞳で、ふたりを見つめている。
 
「あたい?あたいはフウ・ホウラン、FOSのエスパーなんだァ」
 舌ったらずのしゃべり方で、にっこり笑った中国娘に対して、すっと血の気がひくのを明郎と陽平は感じた。
 
「あは、は・・・エスパーなわけ? 君」
 こくん、とホウランはうなずいた。
 
「そうなの、でね、あんたたちをやっつけに来たんだァ、けどォ、あんたたち面白いからつい保安部の連中見捨てちゃったんだよねェ、へへっ」
 ぺろっと舌を出して、自分をこづいたりする様子を見て、明郎と陽平はあっけにとられた。
 
 この娘が、一体どんな超能力を使うのか?「やっつけにきた」と言うからには、やはり和美と同じような念力だろうか、それとも念力発火とか念爆とか──とにかく物騒で破壊的な能力であろう。
 その外見からは、とても想像がつかないだけに、逆に不気味な刺客であった。
 
「んじゃ、そろそろしよっか?」
 とまどうふたりをよそに、ごく気軽にホウランは言ってトコトコと近づいてきた。
 さらにふたりが困惑したことには、
 
「はい」
「え?」
 すっ、とホウランが手を出し、握手を求めてきたからである。
 
「はじめまして、よろしくね」
「あ、こちらこそよろしくでござる」
 あまりにも自然な仕草だったため、陽平もつい握手に応じた。
 その途端、
 
「ぎゃっ!」
 突然、全身を硬直させ、白目をむいて陽平は倒れてしまった。
「陽平、どうしたっ!」
 あわてて、床に転がった陽平の身体を明郎が抱き起こすが、完全に気を失っている。
 その明郎の首筋に、ぴたりと少女の掌が触れた。
「がっ!」
 明郎もまた、叫び声を上げて陽平に折り重なるように倒れ込んでしまった。
 
「ふふっ」
 それを見て、ホウランがいたずらっ娘のように笑う。
「なァんだ、案外あっけなかったなァ、つまんないの」
 両手を腰にあてて、ふんと鼻を鳴らし、
 
「この男たちもあたいの敵じゃなかったかァ、あーあどっかにあたいにふさわしいオトコはいないのかなァ」
 そうつぶやいて、両手を後ろで組んでつまらなそうに立ち去ろうとする。
 その、ホウランの足が止まった。
 ふらつきながらも、明郎が立ち上がってきたからである。
 
「うう、効いた──クラクラするよ」
 ぶるるっと頭を振りながら、明郎がホウランに向き直る。
 
「驚いたよ、これが君の超能力かい。触っただけで相手に電撃を食らわせることができるとはね」
 まだ、目がちかちかするらしく、何度もまばたきを繰り返す。
 
 きょとんとして、そんな明郎をホウランは見つめた。
「あんた、あたいの電撃食らって平気なの?」
 
 下がってきたメガネを指で押し上げて、明郎が答える。
「かなり効いたね、並のスタンガン以上の電圧だったと思うよ。けど相手が悪かったね、昔から電気製品いじりをしてきて感電には慣れっこさ、黒コゲになるほどの電圧でなきゃオレには通じないよ」
「それ、本当?」
 ホウランが覗き込むようにして聞く。
 
「その通り、だから君の超能力もオレには無意味ということさ」
 内ポケットに手を突っ込んで、明郎は何か新しい道具を出そうと身構えた。
 しかし、ホウランの目の光が、段々変わっていくのに気づいて動きを止めた。
 
「やっと、やっと見つけたわ・・・」
 胸の前で両手を組んでつぶやくと、みるみるうちにホウランの瞳がうるうるしてきた。
 
「?」
 この不可解な態度に、明郎がとまどった瞬間、思いがけない素早さで、ホウランの身体が明郎に向かって飛びかかってきた。
「しまった!」
 よけきれない。
 明郎はそのまま押し倒され、きつく…


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