ACT・9-1

  ACT・9

”起・き・ろ。”
 
 誰かが呼んでいた。身体が揺すられているのを感じる。
 眠っている自分を、誰かが起こそうとしている。
 
「う~ん、・・・もうちょっと眠らせてよ・・・」
 ムニャムニャいいながら弥生は答えた。ここのところ締切りに追われていて、寝不足なのだ。
 
”起きろ、起きないとこうだっ!”
 
 遠いところで、そんな声が聞こえたような気がした。と、同時に突然足の裏をくすぐられたので、弥生はエビのように跳ね上がって飛び起きた。
 
「何さらすかっ、このくされ外道がっ!」
 目を開けるや、足を押さえつけている男に蹴りを叩き込んだ。
「んがっ」
 と、鼻血を出してのけ反ったのは陽平だった。
 
「あん?」
 ふー、ふー、と息づかいも荒く、弥生は辺りを見回した。
 ほぼ立方体の、コンクリ-トで固められた部屋の中に、見たような顔ぶれが揃っていた。
 
 一郎以外の突入部隊が、全員弥生の周りに座り込んでいる。
 
「そっか、捕まっちゃったんだっけ」
 目をこすりながら、弥生つぶやく。
 ばりばり頭を掻いてじろりと一同を眺めると、ふくれっ面になって腕を組む。
「何よ、あんたたちまで捕まっちゃったの? 確か『現代最高の忍者』と、『七つの秘技を持つ男』の無敵コンビじゃなかったっけ?」
 口をとがらせて、陽平と明郎をにらみつける。
 
「とほほ」
「面目ない──」
 ぐさりと弥生にイヤミを言われて、ふたりは小さくなってしまった。
 
「全く、頼り無いんだから」
 鼻の頭にしわを寄せて、弥生はなおもブツブツ言っている。
「まあまあ、それぐらいにしておいて下さいよ。プロであるオレだって、貴女を守れずあっさり捕まってしまったんですから」
 部屋の隅で、すまなそうに省吾が鼻の頭を掻いている。
 壁にもたれて、片膝を立てた姿勢でため息をもらす。
 自分をプロと称するのが、とことん恥ずかしくなったのだろう。
 
「とりあえず、その場で殺されずにすんで良かったと言うしかないですね」
 これは、ほっとすると同時に、歴然たる力の差を見せつけられてしまったことを意味している。
 つまり、FOS側には我々を生かしたまま、無傷で捕らえるだけの余裕があるということだ。
 
 手加減された、と言ってもいい。
 
 侵入者がどうしても手強く、手に余るようであるならば、有無を言わさず殺して、おとなしくさせるしか方法はないと判断されるはずだからである。
 やはり、無謀な作戦であったことが悔やまれる。
 今更のように省吾は思う。
 そして、その行動について、GOサインを出してしまった自分の未熟さと、その結果、まだ高校生である彼らを危険な目に合わせている事に対する責任を感じて、さらに省吾はやるせなくなる。
 
 だが、その沈んだ表情を見て、弥生がちっちっちっと舌を鳴らした。
「なーに暗い顔してんのよ、別にあんただけの責任じゃないわよ。それにね、捕まったからと言って“負け”じゃないわ。まだ皆ピンピンしてるんだから、こっから抜け出してもうひと暴れしようじゃないの!」
 屈託のない口調で、弥生は言い切った。
 どきりとして、省吾は弥生の顔を見つめる。
 
「あなたたち、・・・本当にただの高校生なんですか?」
 
 そう言われて、三人は顔を見合わせた。
「何言ってんの、当たり前じゃない」
「──そんなに、オレたちヘンでござるか?」
「学校に帰れば、もっと変わった奴らはごろごろいるよ、オレたち平凡な方だよなあ」
 ぬけぬけと三人は言う。
 
 それを見て、省吾は苦笑してしまった。
 やはり、こいつらはただ者じゃないことを実感したのだ。思えばそこを感じ取ったからこそ、こんな危ない問題に首を突っ込み、チ-ムとして共に行動することを認めたのだ。
 
「斎木学園──か」
 彼らの通う高校の名を、説明しがたい感情を込めて省吾は口にした。
 
「ん?」
 弥生がのぞき込む。
 
 省吾は吹っ切れたように、顔を上げた。
「そうですね、こうなったら次の行動を考えなくては・・・。今までは闇雲に動いていただけですが、それでもビルの中を見て回ることができただけ情報を得ることができたと言えます。まず、それを整理しましょう。行動に移るのはそれからです」
「それはいいんだけど──」
 その時、弥生が口を挟んだ。
「この中に、一人見慣れない人が混じってるんだけど、誰か説明してくれない?」
そう言って、ちらりと横目で明郎を・・・
 
 明郎の腕に、ダッコちゃんのようにへばりついている少女をにらんだ。
「ははは・・・」
 なぜか、パチパチと静電気のような音をひっきりなしにさせながら、明郎が苦笑する。
 
 その横で陽平が、
「判ったでござる、では我々のコンビが捕まるまでに目にした状況を先に説明するでござるよ」
 そう言って、話を始めた。

    ☆         ☆         ☆

「やっと見つけたわ!我的愛人──私の大事な人」
 そう叫んでしがみついてくる中国娘に対して、目を白黒させながら明郎がわめく。
 
「だから、何だってんだよォ!」
 頬を赤らめ、つぶらな瞳を潤ませながら、ホウランは明郎の顔を見上げている。
 
「探してたの」
「?」
「ずっと、あなたのような人を探してたのよォ」
 
 その言葉に、明郎は胸が高鳴るのを覚えた。
 思いがけないシチュエ-ションではあるが、これが恋の始まりなのだろうか?
 
 今、明郎の全身を駆けめぐっている衝撃は、ひとめぼれのときめきか、それともホウランの放つ電撃か。
 
 そう、こうしている間にも、明郎にしがみついたホウランの全身からは、ぴりぴりと電気が放たれ続けているのだ。一瞬たりとも、その放電が止むことはないように思われる。
 
 彼女、フウ・ホウランは、生まれつきの帯電体質なのであった。
 意思に関わらず、彼女は触れるもの全てに強弱の程度はあるものの、常に電撃を与え続けてきた。
 そんなホウランが、小さな頃から憧れ続けてきたもの、それは、「他人との何気ない触れ合い」であった。
 
 裕福な華僑であった両親は、ホウランを愛し何でも与えてくれたが、唯一いくら欲しがっても得ることのできなかったものである。 こんな身体であるため、両親でも絶縁性の布ごしでなければ幼いホウランを抱くことができなかったのだ。
 年頃になったホウランは悩んだ。
 人と手をつなぐこともできない。
 少女らしい恋もできない。
 誰もが憧れる、花嫁に一生なれない。
 このままでは生きる意味がない、とさえ思った。
 
 そんな時、FOSのスカウトに出会ったのだった。
 FOSに誘われ、両親の元を離れたのは、組織の思想に賛同したわけでもなんでもない。
 要するに、この広い世界のどこかにいるはずの、『対電体質の男(ただし選り好みあり)』を探すためであった。
 そして、とうとう出会うことができたのだ。
 
『宮前 明郎』
 
 手をつないでも、
 しがみついても、
 抱きついて頬ずりしても、大丈夫な彼。
 
 生まれて始めてじっくりと、人の肌の温もりというものを満喫したホウランは、すっかり明郎に参ってしまったようだ。
 
            ☆           ☆         ☆
 
「夢のファ-ストキスもできたしね、へへっ」
 そう言って、ホウランは恥ずかしげに頬を赤らめた。
 
「まああ」
 聞いてる弥生まで、顔が赤くなるような話だ。
 
「と、いった訳で、我々が途方にくれているうちに捕まってしまったんでござる」
「あ──頭いたい、一体ど-ゆう殺し屋よ?」
 こめかみを押さえた弥生に対して、ホウランが口をとがらせる。
 
「ちょっとォ失礼ね、誰が殺し屋よ!」
 その言葉に、今度は弥生がきょとんとする。
 
「え?殺し屋じゃない? だってあんた、FOSのエスパ-な訳でしょ?」
 どういうことだろうか。
 
「その辺が、どうも複雑なんだよ」
 ぷうっ、とふくれっ面になったホウランの放つ静電気に顔をしかめながら、明郎が口を開く。
 
 つまり、どうやらFOSの中でもその組織本来の目的を知らされていない者がほとんどであるらしいのだ。
 Aという人物とBという人物がいたとして、それぞれ別の理想を持ってFOSの一員として行動していることも珍しくない。いや、それどころか自分が何のためにFOSに所属しているのかすら知らないまま、その活動に手を貸している者もいるといった状況であるらしい。
 例えば、そいつ個人の利益や目的のために行動しながら、要請があった時にのみ、FOSの命令に従う自由契約のような人員が多数いるというのだ。
 
 ホウランが正にそれである。
 
「つまり、彼女自身は別に殺し屋やってるつもりはないようだよ。ただ、FOSを困らせる奴に対して触るだけの仕事さ、相手は死にはしないし、もしその電撃攻撃に耐える者がいたら、恋人候補として認めればいいという一石二鳥的な考えで行動してたという訳さ」 そのように、明郎が説明するのを聞いて。
「何よそれ、訳わかんない。それで組織として成り立つの?一体、FOSってどんな連中なのよ!段々判らなくなっちゃったわよ」
 キ-ッ、と興奮して弥生がわめく。
 
 その横で、陽平が省吾に顔を向けた。
 
「省吾どの、あなたなら説明できるでござろう?もう少し、オレたちの敵について教えてもらいたいでござるよ」
 陽平の言葉により、全員の視線が省吾に集まる。
 見えない目で、省吾はそれぞれの顔を見回した。
「そうですね、うまく説明できるか判りませんが──」
 そう前置きして、省吾は語りはじめた。

 省吾の知る範囲で、そもそも、FOSという組織の基礎集団が構成されたきっかけはこうである。
 また、奴らが誰かをスカウトしようという時、必ず最初に口にする理屈でもある。
 
 彼らはこう言う。
 
 今では冷戦も終わり、表向きは超大国同志がまともにぶつかり合う危険はなくなったと考える者が増えているが、それは大きな間違いである。
 例えば、国連がいくら平和な世界づくりを提唱してみても、彼らに賛同しない国は依然存在し、にらみあいは続けられている。
 また、正義を唱える国連自身も「平和を守る」という大義名分のために行使するのは、結局強大な軍事力である。
 自分たちの意に沿わない奴らに対しては、「力」でねじ伏せるというのが、彼らの手段だといえよう。
 彼らは、
 
「世界平和のため」
「社会ル-ルの保持」
「国家間の協調と一致団結」
 
 を呪文のように唱えて、歯向かう敵に牙をむく。そして、そうした自分たちを「正義」であると信じて疑わない。
 武力行使した後の彼らは、勝利の笑みを浮かべる。
 
「世界平和を乱す奴ら」を「仕方なく」やっつけた。これは「正当防衛」である。と、
 
────果して、彼らは本当の意味で「正義」だろうか?
 
 そう、疑問を持ったものがいた。
 彼らの、「敵を何人やっつけた」とさわやかに語る胸の中に、人間という生物の持つ重大な欠陥があるのではないか?
 そう言うと、別のものがさらに感想を述べた。
 
「正義」という、視点や立場が変わればくるりと入れ替わる曖昧なものを振りかざしたとき、人間はとてつもなく傲慢な存在になる。それがよくない。
 
 しかも、さらによくない事がある。
 肉体的能力において、他の生物より劣っている人間は、身分不相応な力を持ってしまった。
 いうなれば、「その力」を手にしたことで、さらに人間は傲慢に育ったのかもしれない。
 
『核兵器』
 
 一撃で、国そのものを吹き飛ばす程の、強力な兵器。
 神話における「神の雷」にも似たその威力に裏付けられて、世界の指導者たちは勘違いしているのではないか。
「この世に、自分たちの思いどおりにならないものはない」
 この思い上がりは、何より危険である。
 ボタンを押すだけで、世界を滅びに導く核戦争が起こる恐怖は日常的にささやかれているが、けして夢物語ではないし、他人事でもない。
それが起これば、全人類・・・いや、地球上のあらゆる生物が滅亡するのだから・・・。
 
 それを承知で、大国たちは核兵器の保有をやめようとはしない。
 世界の頂点に立つ連中が、このありさまなのだ。いわば、自ら滅びようとしていると言ってもいいだろう。
 
 このような愚かな連中に、世界の動向を任せておいて良いはずがない。すぐにでも、大国に代わる優れた新しいリ-ダ-が必要なのだ。
 
『この世に、かつてない革命を引き起こすこと。』

 省吾の知るかぎり、それがFOSの根本にある思想であった。

 しかし、ここに矛盾がある。
 
「革命?それって結局力ずくで現在の体制を覆すってことでしょ、それじゃFOSが否定するやり方を、自分たちでやろうとしているわけ?結局奴らも自分を正義だと定義付けしてるんじゃないの」
 弥生が指摘した。すると、
「ちょっと待ちたまえ」
 どこからともなく、耳慣れない声が響いたのはその時だった。
 
 はっとして、全員に緊張が走る。
「支部長?」
 小さくホウランがつぶやいた。
 
 低いモ-タ-音とともに、壁の一部が上へスライドし始める。
 その先に現れた小部屋に、田崎が一人で立っていた。
「笑い猫の今の説明には、我々FOSに対する偏見がかなりあるようだ」
 皮肉っぽい口調でそう言い、田崎は肩を揺すった。

    ☆          ☆         ☆

「偏見?」
 突然姿を現したこの中年男に対し、弥生が眉をひそめる。
 
「あんた、一体誰でござる?」
 陽平がたずねた。
「田崎 進──FOSの極東支部長、すなわち日本における活動の総責任者さ」
 答えたのは省吾であった。
 それを聞いて、田崎がいやらしい笑みを浮かべる。
 
「おお、これはわざわざご紹介いただきありがとう。さすが笑い猫、元FOSに所属していただけのことはある。私の名前を知っていてくれたとはね」
 そんな田崎の言葉に対し、珍しく省吾の口調が荒っぽくなっていた。
 
「その話は、口にしないでもらいたいね」
 その一瞬、「笑い猫」の愛称の元である笑顔が、彼の顔から消えていた。
 田崎がわざとらしく両手をあげる。
「これは失礼した。まあ、怒らないで聞いてくれたまえ」
 捕らわれの者たちを前にして、自分が優位にいることを確信しているためか、この男にしては不遜な態度で、冷笑と嘲りが感じられた。
 
「で?このFOSの裏切り者を殺しもせず、生け捕りにしたのはどういう訳だい」
 不快感をあらわにしながら省吾がたずねると、田崎は芝居がかった表情で目を閉じた。
 
「『笑い猫』沖田省吾と、『一人軍隊』の沢村 瞬・・・、この優秀なふたりの人材が、なぜある日突然我々に反発し、立ち去っていったのか長い間疑問に思っていたが、今の君の話を聞いて判ったよ、つまり、君らはFOSを誤解している訳だ」
「誤解だと?」
 はっきり、省吾の口調が強いものになっている。
 
「そうとも、君らはあのテロリスト集団『黒い風』、つまり相沢乱十郎の口車に乗せられた、いわば被害者だと私は思っている。我々は今でも君に戻ってきて欲しいと願っているのだよ?」
 その時、ふたりのやりとりを聞いていた弥生が口をはさむ。
 
「よく判んないわねえ、あんたたち、和美ちゃんをさらうのにあれだけの騒ぎをやらかしておいて、他人をテロリスト呼ばわりするわけ?」
 次いで明郎が、
「聞かせてもらおうじゃないか、あんたが主張するFOSの本当の姿ってやつをさ」
 さらに陽平が続く。
「偏見だの、誤解だのというんでござるなら、その点をはっきりさせておきたいでござるな」
 三人の視線を受け、田崎はにやにやと愛想笑いを浮かべながら、つるりと顔をなでこすると口を開いた。
 
「君たちはまだ高校生のようだが、どうだね、恋愛や受験勉強の事以外に真剣に考えることがあるだろうか。例えば、そう、我々が住むこの社会について──いや、もっと具体的に言うならば、世界の行く末について、だ。君たちのような未来を担っていく若者たちはどう考えているのか、私に教えてくれないかね?」
 予想外の田崎の質問に、学生三人は顔を見合わせた。
 
「世界の未来・・・ねえ」
 
「ピンとこないなら、少し質問を変えてみよう。君たち、第二次世界大戦のように大きな戦争はこれからも起きると思うかね?」
 この質問に対しては、即答ができた。
「はっきりとは判らないでござる」
 と、陽平。
「皆が平和を望んでいれば、もう起きないんじゃないかなあ」
 と、明郎。
「いいえ、絶対起きないとは言い切れないわね」
 と、弥生。
 三人三様の回答を聞いてから、田崎は人差し指を立てた。
 
「そうか、ではもうひとつ。人類はこれからも発展をし続けていくと思うかね?」
「それは間違いないでしょう」
 と、今度は三人とも同意見であった。
 
「昔の人たちの生活に比べれば、ずいぶん便利な世の中になったもんなあ」
「今問題になってる環境問題だって、これから先もっと科学が発達すればなんとかなるんじゃない?」
 その時、田崎の目がぎらりと光った。
 
「それが、人間の愚かさだというのだっ!」
 目つきが変わっていた。
 
「お前たちの言う便利さ豊さとは、多くのモノに囲まれたモノ中心の生活を指しているのだろう。確かに産業革命以来、人間の持つ技術力は飛躍的な進歩を遂げてきた。SFの世界の絵空事でしかなかった事物ですら、人の力によってどんどんこの世界に現実化されていく。それこそ、人間の科学力には限界はないかのようにな──。 しかし、ここで発展を続ける技術に伴って、人間自体は変化しただろうか?何か生物として進化したと言えることがあるだろうか?答えはNOだ。人間自身は古から何も変わってきてはいないのだ。己の欲望を満たすことについて、貪欲に活動するという点は特に変化していない。
 そして、人間の生産活動を支えているものは何か。別に人間が無から有を作りだしているわけではない。全てこの母なる地球──自然界に存在する原料を使い、工夫することによって人間の技術は進歩してきたのである。だが、問題はその量がハンパではなかった事だ。人間も生物の一種にすぎないことを思い出してほしい。 自然界は、巨大ではあっても閉じられたシステムだ。限界があり、実にもろいバランスの上に成立しているのだ。草を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べ、動物が死ぬと肉体は土へ還り草の養分となる。
 この循環の流れが自然界のバランスだ。水も蒸発して空気中へ発散していく。しかし、空気中の水分が多くなれば、雨となってまた地表へ戻ってくる。
 全て、バランスを保とうとして起こるのだ。
 それが自然のル-ルだと言える。
 だが、人間はたかが生物の一種でありながらその枠を飛び越えて、自然界の持つ資源を自分の欲望のためにのみ、むさぼり尽くそうとしているのだ。
 何が知恵ある生物だというのか? 万物の霊長だと? 事態の深刻さについて知っていながら、見て見ぬ振りをする輩を愚か者と言わずして何と呼べばよいのか!
 生物誕生の歴史のうち、人類の歴史などほんのわずかだ。話にもならない新人なのだ。だが、そのわずかな時間のうちに、すさまじい勢いでこの生態系を破壊し尽くそうとしている。
 この大いなるタイムスケ-ルの中で、ようやく構築された大自然である。とてつもなく精密で、複雑で、微妙なバランスの上に成り立っていたこのシステムが受けたダメ-ジを、たかが、人間如きに癒すことが可能だと、本当に君たちは思うのかね?」
 
 そこまで一気にしゃべって、田崎は一同を見回した。
 
 それぞれ、無言である。
 とりつかれたような田崎の熱弁に、圧倒された感じである。
 
「そ、それはそれとして、じゃ、なんで和美ちゃんさらうのよ? ESPが何か関係あるわけ? それに兵藤やジョニ-みたいな物騒な連中がいるのはどういう訳なのよ!」
 じろりと、田崎はにらんでから、
「世界は統一されなければならない」
 と言った。
 
「?」
 出し抜けに話が飛んだような気がして、弥生はきょとんとしてしまう。田崎もそれに気づいたのか、咳払いをひとつして、
「失礼、今の質問に答えるためだ、しばらく聞いてほしい」
 再び話を始めた。
 
「先程の戦争についての問いを思い出してほしい。そう、今後大戦争が起こらないという保証はない。それというのも、それぞれの国や人種などに人間がこだわっているためだ。真に地球人として、この星の未来を考えるなら、このこだわりは非常に邪魔であり、取り除かなくてはならない。でなければ、全人類が一丸となった行動は永遠に不可能だろう。そして、人類が真の意味でひとつにならなければ、我々に未来はないのだ!
 ずばり、言おう。
 我々FOSの理想とは、全世界国家の統一、そしてその上で地球の保護についての全人類に対する思想の統一を現実化することなのだ」
 
「!?」
 
 夢だ。
 
 到底実現できそうもない目標である。
 だが、さらに田崎は演説を続けた。
 
「人類が統一せざるを得ない状況さえ作れれば、それはわりと自然に成されるはずである」
「どういう状況でござる?」
 気持ち、肩をすくめながら陽平が聞く。
「極端な話では、宇宙からエイリアンが攻めてくるのに対し、力を合わせて戦うといったものだな」
 
 それを聞いて、明郎がふんと鼻を鳴らした。
「そこでFOSが自らその『敵』になって、戦争を起こして世界がまとまるための捨て石になろうってのかい」
 
「それは違うとさっきも言ったはずだ。それに戦争を起こすためなら、ESPなどという特殊なものを扱うより、兵器の開発に力を注いだ方が手っとり早いし、確実だ。いいか、目先の事だけではなく、FOSは人類を統一した後に何をするべきか、その点まで考慮して計画を進めているのだ」
 
 人類を統合し、思想すら同一のものとすること。
 それだけでも、気の遠くなるほど大規模なプロジェクトである。だが、田崎は──いや、FOSはそれすらも“目先の事”と言い切っているのであった。
 では、世界統一の後人類がするべきこととは?
 
 田崎が口を開いた。
「宇宙への進出、だ」
 
「宇宙!」
 学生たちが声をそろえる。
 
 田崎は唇のはしをつり上げた。
「実は、先程の話のようにFOSが自ら手を下し、全世界を相手に戦争を仕掛ける事も、最もシンプルな案として検討されたことがある。しかし、血塗られた歴史よりも希望の明るさに満ちた無血革命こそが理想の姿だと結論づけたのだ。具体的にどのように話を進めるかというと、全人類に共通のテ-マ──ロマンと言ってもいいかもしれん──それを与えるのだ。頭上に広がる無限の宇宙。それに対して人々の目を向けさせるのだ。
 そもそも、地球は人間の行動力を受け止めきれない状態になっている。たかが一生物でありながら、己を育んできた生態系の枠からはみ出してしまうのであれば、いっそ自らその外へ飛び出してしまうことが、現状を打破する唯一の方法に違いあるまい。狭い地球を飛び出さねば、自らが助かる術は無いことを知らしめ、行動させるのだ。
 そうして、人類に再認識させる。
 宇宙という圧倒的なまでに巨大なスケ-ルの空間の中に存在する、たった一つしかない母なる星のことを。
 そして、その上で活動する人類の、なんと矮小なことかを。
 そこまで行って、ようやく人類は考えを改めるだろう。
 今までの歴史を振り返り、数々の愚かな行為に赤面するだろう。 この世の運命を左右するほど重大だと思っていた地球人同志の小競り合いが、いかに無意味なものであったか気づくであろう。
 その時、
 やっと、人類はまとまるのだ。一人前になる、と言ってもいい。そこまで到達できたとき、今度こそ人類の歴史は永遠のものとなるのだ──」
 
 うっとりと、遠くを見るような表情で、田崎は言葉を切った。
 
 宇宙。
 
 彼は演説していくうちに、自分自身が昂ってしまったらしい。
 その広大なイメ-ジにどっぷりと浸ってしまい、感動の涙すら流しかねない雰囲気である。
 
 その熱狂ぶりに圧倒されていた弥生たちだったが、今度は逆に寒気すら覚え始めていた。
 そこまででかいスケ-ルの話を計画し、実行しようとするFOSという組織の思想と、底知れぬ不気味さにである。
 
 常人の感覚を持った人間では、こんな話を実行しようとは考えまい。一種の宗教めいたニオイのする集団であった。
一体、このように壮大な構想を支えているバック──後ろ楯にはどのような存在があるのか?
 
 あまりにもケタの違う話に、正直学生たちは思考がついていけない。ただ単純に、世界征服を企んでいるぐらいにしか思っていなかったからだ。
 
 ぞくっ。
 
 思わず、身震いをしていた。
 
「ESPは、その時本当に役に立つようになる」
 再び、田崎は語り始めた。
「宇宙というところは、実に過酷な環境であることは承知のとおりだ。超高熱、超低温、真空、そして無重力──これらに対応して、宇宙という大海原へ足を踏み入れるには、残念ながら我々の肉体は脆すぎるのだ。
 そこで研究を始めた。
 どのような過酷な状況でも生きていけるように、人間自身を強化することをな──」
 
 そう言って今度語ったのは、FOSの人間改造の経緯である。
「人間の肉体的な強化」
 まずこれが出発点であった。
薬物──筋肉増強剤による強化や、肉体の一部分、あるいはほぼ全てを人工的な物で置き換えることでの強化。
 人工強化人間とか、サイボ-グとか呼ばれるものがそれである。
 
 また、昔から伝説によって語られてきた存在にも、貪欲にFOSは目をつけた。
獣と人の中間存在──ヨ-ロッパの狼男、アマゾンのヘビ人間、中国では虎男────。
 いわゆる怪物と呼ばれ、人々から恐れられてきた極めて不死身性の強い生物たちである。
 人間の目を逃れて生きている彼らを、FOSは見つけ出し、不死身の秘密追求のためにスカウトした。
 
 兵藤などがそうである。
 彼ら獣人は、人間と姿はそっくりであっても、肉体的な構造はまるで違ったものだった。筋肉などの質が違うので、あれほど強力なパワ-が得られるのである。
 彼らから得たサンプルによって、肉体強化薬は飛躍的に進歩した。ただし、精神崩壊などの副作用の問題が解決されていないため、完全な製品とはいえず、実用段階には至っていない。
 実験的に、一部の志願者に投与して効果を確かめてみたりするが、ほとんどの者が後遺症を訴えているので、使用は無理だろう。
 
 また、宇宙の無重力というのは思っているより厄介なシロモノである。というのは、人間の身体を長い間無重力にさらしておくと、骨のカルシウムが溶け出してしまい、ぐずぐずの骨粗しょう症になってしまう上に、筋肉も退化する。
 宇宙飛行士が地上に帰ってきた時、自分の足で立たずに多くの人に抱えられているのは、そういう理由からだ。別に、祝福のために胴上げされている訳ではないのだ。
 そのため、単純に筋力だけ増強すれば良いという話ではないため、研究もなかなかはかどってはいない。
 
 そこで期待されるのが、並行して研究が進められているESPである。
 サイコキネシス、念じるだけで物を動かす能力。
 テレパシ-、言葉ではなく、頭の中で直接イメ-ジをやりとりする意志伝達能力。
 テレポ-テ-ション、念じることで空間を飛び越え、瞬間的に他の場所へ移動する能力。
 
 主にこの三つが有名なESPであるが、宇宙において人類の常識では理解できない事態や、存在に出会った時に最後の頼みの綱になるはずである。
 例えば、異星人と出会った時を想像してみよう。
 言葉が通じないのはもちろん、人型をしているとは限らない。
 地球の感覚では石っころにすぎないものが、意志と知性を持った知的生命体であるかもしれない。
 また、ガス状の気体の姿を持っていたり、単なる炎のゆらめきの形をしているだけであるかもしれない。
 
 しかし、そんな彼らでも文明を築いている種族なのだ。
 宇宙に出ていく以上は、そんな連中とも渡り合っていかなければならない。言葉も価値観も、モノの考え方の概念すら全く共通しない連中とでも、意志のやりとりをしなくてはならないのだ。それを無視するのだったら、何のために宇宙へ進出するのか判らなくなってしまう。
 
 ESPだけが、それを可能にしてくれる。
 
 テレパシ-で会話すれば言葉はいらない。必要なのは、互いのイメ-ジだけだ。
 長い宇宙生活で肉体がもろくなっても大丈夫、サイコキネシスで力仕事もこなせるし危険から身を守ることもできる。
 乗り物がなくても、テレポ-テ-ションで遠くへ移動ができる。 もはや多くの道具など使わなくとも、人間がその身に備えた能力だけで暮らしていけるのだ。
 究極の理想は、強靱な肉体と強力なESPを兼ね備えた人間を生み出すこと。それこそが、厳しい宇宙において人間が発展し、生き延びていくための条件である。
 
 そしてその理想をかなえるため、未だ謎の多いESPについて研究し、万人がESPを使えるようになる事が可能かどうかをつきとめるのが、現在のFOSの研究班の急務であり最大の課題なのである。
 もしこの可能性が解明されれば、もう革命は終わったも同然であろう。
 後は、実際に行動するだけである。我々の手によって世界を統合し、新しい宇宙時代の扉を開くのだ。
 
 ぐっ、と拳を握りしめて田崎は話を終えた。
 
 彼の熱狂ぶりが、余韻となって部屋の中に残っているようであった。
 声を出す者はいない。
 沈黙が、続いた。
 
「どうかね?」
 最初に口を開いたのは、またも田崎であった。
「我々FOS──Future of Stupidity──が人類という名の愚か者の未来を真剣に考え、救おうとしている集まりだということが理解できたかね?」
 まだ呆然としている学生たちを、田崎はゆっくり見回した。
 
「我々のこの理想は、確かにあまりに壮大だ。しかし緻密な計画と大胆な行動力、確実な実行性をもってすれば必ず成功する。また、成功させねばならないことだ。だが、それにはまだまだ優秀な人材が必要だ。そこで──、ここに正式に依頼したい。君たち、FOSに力を貸してもらえないだろうか? 共に、素晴らしい未来を目指し、進んでいこうではないか」
 そう言って、芝居がかった仕草で両手を広げた。
 田崎の言葉の語尾が、ゆっくり時間をかけて部屋の空気に溶けて広がっていく・・・

 そんな緊張感で、この場が満たされていた。
 
「・・・・・・」
 
 意表をつく田崎のこの申し出に対し、学生たちは何と答えたものか口ごもった。
 その時、省吾が口を開いた。
 
「田崎、ずいぶんきれいごとをならべたじゃないか──」
 その眉が、不愉快そうにしかめられている。
「まさかそんな事を並べ立てて、本当に騙しきれると思っているんじゃないだろうな?」
 その言葉に、田崎の目じりがぴくぴくとひきつる。
 
「騙すとは人聞きの悪い、私はただFOSの真の理想を説明しようとしたまでだ」
「何が真の理想だ、研究のためと称してお前らが行ってきたむごい行為を正当化して、キレイなイメ-ジだけを売り込もうとしてもそれは無理だよ」
「・・・・・・」
 今度は田崎が黙る番であった。
 さらに、省吾は言葉を続ける。
 
「FOSが今言った通りの集団なら、あの時、オレも沢村さんも黒い風に加勢したりはしなかったさ──」
 その時のことを思い浮かべているのか、省吾は強く唇を噛む。
「いかに貴様らが卑怯な集団か、判りやすく証明してやろうかい?田崎、一郎くんは今どうしている? 和美さんもだ。それが上手く説明できるようなら、何より信頼を得るための証拠になると思うけどね」
 
 一郎。
 
 和美。
 
 そのふたつの名前を出された途端、学生たちの目に生気が戻る。
 田崎の、熱に浮かされたような夢心地の話により、呆然としていた頭の中が一瞬にしてしゃきっ、としていた。
 
「そうよ!」
「こんな、のんびりと話を聞いてる場合じゃなかったでござる」
「一郎は、今何してるんだい?」
 三人は口々に叫んでいた。
 
 田崎は小さく舌打ちしたが、その口元には、演説を始める前の冷やかな笑みが浮かんでいた。
「ふん、素直に騙されていれば、もう少し長生きできたものを」
 嘲りの態度も、もはや隠そうともせずに田崎は言った。
 
「黒い風が攻めてきた場合、奴の息子と娘、それにその友人たちとなれば人質として有効利用できると思ったのだがな」
 ぱちり、と指を鳴らすと彼の背後の壁が、また上へスライドし始めた。
 
 その奥にもう一つ小部屋が現れ、そこに三人の人間がいた。
 無表情に立っている兵藤と、ニヤニヤ笑みを浮かべるジョニ-、それから、両手を太い鎖によって壁につながれ、気を失っている一郎が、いた。
 
「一郎っ!」
 ぼろぼろの一郎の姿に、弥生が悲鳴をあげる。
 とっさに駆け寄ろうとした陽平が、突然、がつんと音をさせてひっくり返った。
 
「防弾ガラスか・・・」
 ちっ、と省吾が舌打ちする。
 
 くく、と田崎はのどの奥で笑い。
「じたばたしてもムダだ」
 と、つぶやく。
 
「どうかな?」
 答えて、省吾の姿が一瞬消えた。
 
 テレポ-トだ! だが、
 
 ごつん、と大きな音をたてて、省吾の身体がガラスにはね返される。
「!」
 それを見て、田崎は大きく笑い声をあげた。
 
「言うのを忘れたが、その部屋はESPシ-ルドで囲んである。いかに笑い猫といえど、テレポ-トで逃げ出すことはできんぞ」
 そう言って、身をのけ反らせて笑う。カンに触る耳障りな笑い声であった。
「もはや君たちには、手も足も出せまい。ティンカ-ベルを取り戻しに来たらしいが、飛んで火に入る夏の虫というやつだったな」
 すっかり田崎は勝ち誇っていた。嫌な声で笑いつづける。
 
「へっ、どうやら本性を現し始めたみたいじゃねえか」
 口内の血を吐き捨てながら、一郎が目を覚ました。
 
「一郎っ!」
「大丈夫かい?」
 全身に走る激痛に顔をしかめながら、一郎は牙をむいてみせた。
「さっきからオレにも聞こえていたけどよ、ずいぶん言いたい放題だったじゃねえか。聞いてる方が恥ずかしかったぜ」
 その小馬鹿にした口調に、田崎のこめかみに青スジが立つ。
 
「生意気な所は実に父親ゆずりだな、へらず口までそっくりだ」
 ごほん、と軽く咳払いする。
「それにしても、こうして君を手中にできたのは実に愉快だ。いくら相沢乱十郎の息子とは言え、まさかあのアルコンを倒すとは思わなかったからな、その点については素直に敬意を表するとしよう」 両手を後ろに回し、背筋を正して田崎は一郎を見下ろした。
 鎖につながれた一郎は、彼を見上げることになる。
 
「あの化け物のことか?あれはオレ一人でやったことじゃねえよ」
 
 和美。
 
 彼女が、目に見えない力で一郎のピンチを救ったのだと、何となく感じ取っていた。
 
「それでも君の実力は充分証明された。同時に利用価値の高さも、な」
「そらきた」
 と、明郎。
 
「言うと思ったわ、人質? 実験体?」
「どうせ、ロクな事考えちゃいないんでござろう」
 口々に言う学生たちを横目に、田崎は優位な立場にいることが嬉しくてしょうがなさそうであった。
 
「オレのことはどうでもいいんだよ」
 不意に、凄味を帯びた声で一郎がつぶやいた。
「あいつは、和美はどうしてる?」
 
 そう問いかける一郎の迫力に、つながって自由を奪われている事も忘れて、思わず田崎は後ずさっていた。
 すぐに怯えた自分の姿に気づき、かっと頭に血を上らせた。
「知りたいかね?」
 わざと声を高くしたが、それがいかにも虚勢を張っているようで逆にみっともない。
 
「ティ、ティンカ-ベルは今、ダニ-の手によってある調査を受けておる」
「ダニ-だと? 奴がここにいるのか!」
 叫んだのは省吾であった。
「まさか、和美さんを強制洗脳するつもりか!」
 
 田崎は首を振った。
「いいや、安心したまえ、ティンカーベルは優秀なエスパーではあるが、力の大きさの割に不安定でもある。強制洗脳によってESPに影響が出てしまっては元も子もないからな、今のところ洗脳する予定はない」
 ハンカチで、脂ぎった額を押さえつつ答える。
 それに対して、一郎が牙をむく。
 
「調査と言ったな、てめえら和美におかしなマネしやがったらぶち殺してやるぞ」
 そう言った一郎の顔面に、横にいた兵藤の回し蹴りがぶち込まれた。
 鼻血を吹いてへたり込むのを、兵藤は一郎の髪をつかみ無理矢理顔を上げさせる。
「自分のおかれた状況をよく考えて、言葉を選べ」
 無感情な声で言う。
 
 ジョニ-は、それをニヤニヤしながら黙って見ている。
「貴様らを生かすも殺すも思いのままなんだぞ」
 冷たい目で見下す兵藤を、下から一郎はにらみ返した。
「へっ、兵藤、てめえ自身が言ってたなあ。息の根を止めないうちに勝った気になってるんじゃねえよ」
 血のからんだ前歯を見せて、ふてぶてしく笑ってみせる。
 
「なるほど──」
 髪の毛をつかんだままそう言った兵藤の口調には、何の感情も感じられなかったが、その身にまとっている雰囲気とでもいったものが冷たさを増した。
「そうだったな、今、ここで殺しておくべきだ」
 ふたりを中心に、部屋の空気が張りつめていく。
 ガラスのように固まっていき、緊張感ではじけそうになった時、
 
「待てい」
 声をかけて、ダニ-が部屋に入ってきた。
 その、しわだらけの顔をした小柄な黒人も、なぜか全身にぴりぴりした雰囲気をまとわりつかせている。
 
「ヘイ、ダニー。探し物は見つかったのでスか?」
 ヘラヘラと、からかうような口調でジョニーが声をかけた。
 ダニーが、音をたてて奥歯を噛みしめる。
 
「どうした、ダニー?」
 オドオドしながら、田崎がダニーの顔色をうかがう。
 それに答えるでもなく、一人言のようにダニーはつぶやいた。
 
「途中までは順調だった。わしはティンカーベルの頭の中、深層心理をのぞき込み、目指すものの手掛かりを見つけたつもりじゃった──」
「つもりだった?」
「そうじゃ!アンナめ、あの魔女めが!このわしですら解除できない強力なプロテクトをティンカーベルの精神にかけておったのじゃ──ええい、いまいましい!他の能力ならともかく、こと精神操作関連の力についてまでもわし以上の能力を持つというのかっ」
 叫びながら、自分のこめかみを片手でわしづかみにして、爪を食い込ませる。
 
 よく判らないが、世界一を自負するプライドを傷つけられて、自分を見失っているようだ。
 
「キーワードさえ見つければ」
 焦点の合っていないにごった目で、ブツブツ言いながらしきりにうろうろする。
 
「何だあ、このいっちまったジジイは?」
 首を振って兵藤の手から髪の毛をもぎ取りながら、一郎は眉をしかめた。
 ふと、こめかみに爪を食い込ませたダニーと目が合う。
「貴様、ティンカーベルの兄だそうだな・・・」
 何かを思いついたように、みるみるうちにダニーの目に焦点が合ってくる。
 爬虫類のような、不気味な瞳であった。
「ははあ──」
 
 今にも舌なめずりしそうないやらしい笑みを浮かべて、一郎に近づいていく。
 殺気ともまた違う気味の悪さを感じて、一郎は身を強ばらせる。
 じろじろ眺める無遠慮なダニーの視線が、まるで皮膚の上を無数のミミズやナメクジがはいずっているような錯覚を覚えるほどである。
 
「貴様も、どうやら精神操作を施されておるようじゃ、の」
 一郎はぞっとした。
 
 見ただけで相手の心理を探るテレパシストは、時に、強力な念動能力者よりも不気味で恐ろしさを感じる存在である。
 力でどうこういう相手ではないのだ。
 自分の心の中にだけ秘めてある事を、洗いざらい暴き出される恐怖は、肉体的な暴力よりもある意味ではプレッシャーとなる。
「もしかしたら、貴様の内部に隠されたヒントがあるかもしれん。だとしたら、生け捕りにできたのは正に神が我らに与えた最高のチャンスじゃ」
 
「待てよ、てめえ和美から何を探そうとしてるんだ?あいつの超能力を利用するのが目的じゃねえのかよ」
 ダニーが片方の眉をつり上げた。
「とぼけているのか? まあいい、このわしに隠し事は無意味じゃ」
 そう言って上から見下ろすダニーの顔が、生臭い息のかかる距離まで下がってきていた。
 
「相沢、そいつの目を見るな!」
 ガラスの中で、省吾が叫ぶ。
「そいつの能力は、強力なテレパシーで心を読んだり自由に操ることなんだ!」
 
「催眠術ヤロウか!」
 あわてて一郎、目を閉じる。
 
 それを見て、ダニーはニタニタと歯をむいて笑った。
「目をつぶってもムダじゃ、そんなチャチな能力ではないわ」
 
 ウソではなかった。一郎の目は閉じているのに、ダニーの視線が直接頭の中をのぞき込んでいる感覚を、生々しく感じる。
 それは、体中の産毛が一斉に逆立つような気色悪さだ。食いしばった歯の間から、うめき声となって息がもれる。
 
「一郎、どうしたの!」
 弥生が声をかけても、もう一郎には聞こえていない。
 全身を汗まみれにしながら、自分の内部に侵入してきた異物に対抗しているのだ。
 はた目には、何の動きも無く、じっとしているように見えるふたりの姿だが、一郎の精神世界において、激しいやりとりが行われているのであった。
 
 ふたりの動きが止まって、どれほどの時がたったか。
 
 実際には、ほんの二~三分というところだったが、やけに長い時間に感じられる。
いつまでこの状態が続くのか、と思い始めた時────
 
「むううっ」
 苦しげなうめき声をあげて、膝をついたのはダニーだった。
 両手で頭を押さえる。
 
「そういうことか、アンナめ・・・相沢乱十郎めえ! こんな方法で隠し続けておったとは!」
 つばを飛び散らせながらわめく。
 その足元で、頭の中の侵入者を追い払った一郎は、またも気を失ってしまったようだ。彼のような超人でも、精神を直接叩かれては無理もない。
 
 ダニーの目付きが変わった。
「田崎よ、大至急ティンカーベルをここへ、彼女用のESP検査機器ごと運んでくるように指示せい」
 ふらつきながら、ダニーは素早く命じた。
 田崎は、意味が判らずに戸惑った。
 
「な、何をする気だね?」
 この期に及んでまだもたつく田崎を、ダニーの赤く光る目がにらみつけた。
「言われたとおりにせんかっ!」
 有無を言わさぬ迫力で一喝され、田崎がインカムへ手を伸ばそうとした。その時、
 
「その必要はないわ」
 自動ドアが開いて、白い病院服に身を包んだ女性が姿を現した。 包帯だらけの女性だった。
 
「エレナ!」
 ぎょっとして、田崎は手を引っ込める。そのまま、その手は頭上へ上げられていた。
 エレナは、腰だめにマシンガンを構えていたのである。
 
「な、何のつもりだ!」
 どっと、田崎の汗の量が増した。
「私が本人をここへ連れてきたからよ」
 マシンガンを構えたままエレナが横へ身をずらすと、その背後にぽつんとうつむきかげんの和美が立っていた。
 
「和美ちゃん!」
 ガラスの中で、学生たちが声を揃える。
 エレナはそちらへ目線をやった。
 
「久しぶりね、ショーゴ、何年ぶりかしら?」
「さあ、忘れたよ、もう」
 省吾の答えは、そっけないほどシンプルである。
 
「・・・あの人は元気?」
「さて、ね」
 顔見知りだったのか、軽いやりとりの後、エレナは視線を戻した。両手を上げて、膝を細かく震わせている田崎と、その後ろにいるダニー、兵藤、ジョニーを改めて見やる。
 
「エレナ、突然どうしたというのだ」
 もう一度、田崎が問い直す。
 ぎりっ、とエレナは奥歯を噛んだ。
 
「局長、今すぐこの子たちを解放して下さい」
 強い光を備えた目でにらみつける。
 
「ばかな、FOSにはティンカーベルの力が必要なことは君も知っているだろう」
 そこでエレナがぐい、と銃口を突き出したので田崎は口ごもる。
「FOSのため、ひいてはそれが全人類のためになることだと私は思ってました。たとえ多くの血が流れることになったとしても、結末にあるのは輝かしい未来であると」
 その時エレナの目から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。
 
「ショーゴ・・・私もばかだったわ、あの時、あなたたちと行くべきだったと今になって後悔してる──」
「なぜ急にそんなことを言いだすのだ、エレナ!」
 なんとかこの場をしのごうと、田崎は震える声で時間を稼ぐ。
 だが、女の細腕でありながら、田崎の胸にポイントされたマシンガンの銃口は、しっかりと狙いを定めている。
 
「私の中に、その黒人の思考が飛び込んできたからです」
 汚らわしいものを見るように、エレナはダニ-を見た。
 ダニ-が、眉をしかめる。
 
「貴様、テレパシ-が使えるのか、ヒ-ラ-・・・治療能力者のはずだったろう?」
 そうつぶやいて、何かに気づいたらしく目を見開いた。
「まさか!」
 目は、和美を追っていた。
 
「私にも理由は判りません。ただ、突然テレパシ-が使えてダニ-の思考が飛び込んできたのです。すぐにぷっつりと途絶えたけれどそれで充分、──本部が何を考えているかもすっかり判ったわ」
 そう言うエレナを、省吾は哀しげな瞳でガラスごしに見つめた。
「当初FOSを創始した人々は、確かにその理想を持っていたかもしれない。でも、今組織を牛耳っているのは、己の欲望のために動くエゴイストたちなんだわ! ・・・ごめんなさい、あなたたち」
 そう言って、学生たちに謝る。
「危ない目にあったわね、でも大丈夫、私がここから逃がしてあげるわ」
 
「そんな勝手な真似は許さんぞ、この裏切り者めが!」
「黙りなさい!」
 ダニ-の言葉に、エレナは即座に叫んだ。
 その途端、
 
 何かが、その場の全員の中に弾けた!

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