短期間で家庭教師を辞める
私が家庭教師をしたのは15歳の少女を教えた2ヶ月だけでしたが、その時の私の立場は非常に微妙でした。少女本人やその両親の、私を金で雇ったという思いが私に伝わってきます。また契約によってラフな服装をしてはいけないことになっていましたので、安手のセールスマンのような格好をしていました。この服装によって私はその金持ちの使用人になったという気持ちにさせられました。またその家で働いている使用人も「わが同僚」という目で見ます。その一方で公式の私の立場は、その娘の「先生」なのです。両親も娘も私をジョージと呼ぶのではなく、ミスター○○なのです。こういう経験は19歳には非常につらいと言うのは読者の方々も理解していただけると思います。当時の私は色々な小説を読んでいて、その中にスタンダールの「赤と黒」もありました。貧しいきこりの息子であるジュリアン・ソレルが金持ちのレナール家の家庭教師になるところからその小説は始まります。村の司祭からジュリアンがラテン語をマスターしたことを聞いたレナール氏は、彼を子供達の家庭教師にしようとして、ジュリアンの父親と話をつけます。父親から家庭教師になれと命令されたジュリアンは、召使になるのはいやだと反抗します。父親は「誰が召使になれと云った。お前は先生になるのだ」と説得しますが、ジュリアンは「では誰と食事をするのか?」と反論します。そこで父親はレナール氏と再交渉して息子が主人の家族と一緒に食事をすることを認めさせます。こういう具合に家庭教師のつらさがこの小説には書かれています。私はジュリアンと私を重ね合わせてしまいました。実際は遥かに私の立場のほうが良かったのですが、当時の私はこのように深刻に考えてしまったのです。そして、ジュリアンのように奥方の寝室に忍び込んでやろうかとも考えてしまいました。奥さんはなかなか美人だったのです。そういうわけで私は契約延長のオファーを断ったのです。娘は私は契約を断ったことがどうにも理解できなかったようです。「貴方はお金が必要なのでしょう」というのです。そこで私は彼女に「赤と黒」を読んでご覧といいました。