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春ちゃんの阪本便り

十二荘の森

十二荘の森と長慶天皇

 大塔という町名の由来である後醍醐天皇の皇子 大塔宮 護良親王は知られてますが、長慶天皇伝説はあまり表舞台に出ることはありません。
阪本市場のはずれにある十二荘の森の由来も知られていませんので、時代背景も含め、まとめてみました。


十二荘新

<十二荘新2

十二荘新3


十二荘新1

追記: 長慶天皇碑

この「十二荘の森と長慶天皇」をある人を通じ、野迫川村の高田村長さんに読んでいただいたところ、弓手原の記述に目を留められ、弓手原に記念碑を検討したいということでした

2009年の秋、これが実現しました

 小さな碑が建つのかと思ってましたら、なんとになっており、その広さにビックリするやら、感動するやら~!

「陵」と言えば、天皇のお墓なんですが、最初の説明を読んでいただいても分かるように、全国に長慶天皇伝説があり、陵は20ケ所にも及びますので、もう一つぐらい出来てもいいのではないかと思います


 

長慶天皇陵

 

 長慶天皇陵3

由来とかの説明はないので、別途追加工事があるのではないかと思ってます。

場所は龍神スカイラインの箕峠の交差点を曲がり、弓手原のT字路を左折して、ほんの少し走ると道沿いにあります。

「弓手原」の由来は文中に述べてますが、別の説もありますので、紹介します。

弓手」とは弓を持つ手のことで、左手のことです。 弓手原は箕峠の左手にあり、少し開けた小さな平原だったことからくる地形地名だという説です。



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