黒猫は泣かない。
黒猫は泣かない。のご紹介です。短編マンガ「三途の川アウトレットパーク」が世にも奇妙な物語で実写化された、寺田浩晃さんによる短編集です。[書籍のメール便同梱は2冊まで]/黒猫は泣かない。[本/雑誌] / 寺田浩晃/著【収録作品】黒猫は泣かない。OLのユミは、小学校時代の同級生の葬儀に参列していました。亡くなった山田タカシとはあまり話したこともなく、特に印象に残っていることもありませんでした。ですがタカシの母に呼び止められ、息子はあなたにとても感謝していたと告げられます。その時急に過去の記憶がよみがえり……人は何気ない一言で相手を救ったり死なせたりすることがあるのだなと感じました。こうしたことは多かれ少なかれ誰にでもある体験であると思います。くろいりんごときいろいそら小学生の小山田笑正(おやまだ しょうせい)は些細なことでも「なんで?」と疑問に感じて質問するので、周囲からは若干浮いていました。クラスメイトにはバカにされ先生にも叱責されて落ち込む笑正は、ある日変なおじさんと知り合いになり……多様性という言葉をよく聞くようになりました。それぞれの考え方や個性を大事にしようというのは良いことだと思います。ですが、はたして本気でそうしようと思っているのかと思うほど、多様性という言葉が軽々しく使われているような気がします。最後の「特別授業」は本当に1分で真髄を語っていると思います。個人的には1番好きなお話です。「世の中にはどうしたって他の奴とは違う風に世界が見えちまう奴がいる そんな奴の味方であってくれとは言わない どうか…そんな奴の芽を摘んでしまわないでくれ」というセリフがすごく泣けました。エレクトピア仮装世界で暮らすことができるゲームが大盛況となり、夜になると現実世界が静まり返ってしまうほど多くの人がのめり込んでいました。女子高生の杏子は何もかもうまく行かない現実世界に嫌気がさし、仮想世界での生活に頼っていました。そんな彼女にしょっちゅう話しかけてくる新辺という同級生がいました。彼を煩わしく感じて適当にあしらっていたのですが……メタバースが発展していけば、楽しい仮想世界から渋々クソみたいな現実世界に帰って来るという生活が普通になるのかもしれません。現実世界をきちんと生きようみたいな説教じみた話ではなく、ふらふらしながらそれでも生きて行くという現実的な落としどころになっているのが親近感を感じました。【新しいスタイルを感じる一冊】作者の寺田さんはYouTubeチャンネル「スタジオGARAGE」にてマンガを発信しています。自動でページをめくってくれるマンガみたいな感じですが、音声あり版もあって面白いです。本書の最後にあるQRコードからも飛べるので、紙で読んだ後動画版を見比べてみるのも楽しいですね。また、あとがきとは別に解題というコーナーがありまして、作品に対する作者さんのコメントが載っています。これも興味のある人だけが読めるよう、QRコードで飛べるようになっています。本離れと言われている昨今ですが、新しい技術を取り入れてこうした面白いレイアウトにしていくと、紙媒体の本に新しい風が吹くのかなと思いました。スタジオGARAGEのYouTubeチャンネルはこちら。【読み応えのある解題】解題も読んでみたのですが、これも面白かったです。個人的には作者の考えや想いが感じられるのでこうしたコーナーは好きです。黒猫は泣かない。に関しては「何気なく言った一言や行動が、人を救いもするし殺しもする」というのは、吾輩も同じ感想を抱きました。くろいりんごときいろいそらの解題はとても共感しました。「笑正みたいな子を温かく見守りましょうみたいなことを言いたいわけではなく、周りに迷惑をかけているのだからそれ相応の報いは受けるべきだと思っています」というコメントが激しく同意でした。いわゆる「普通の子」だって、周囲に溶け込むために苦労したり嫌な思いをしているわけです。そうして必死に普通の子をやっている人に「あの子は変わってるから大目に見てあげて」といわれても納得の行くものではないと思います。もちろん、だからといってちょっと変わった子にどんなことをしてもいいというわけではないのだけれども、普通の子に擬態して生きている人にも配慮したコメントが良いですね。こんなコメントを堂々を言ってくれたのがとても嬉しく思いました。一方で笑正みたいな子にも居場所が必要でそれが芸術だと思うというのも共感しました。さらにエンディングで友達と帰る笑正を描こうとして思いとどまったそうです。笑正はこれからも1人で生きて行き、たまにおじさんのように1人で生きている人と出会って、心の底からわかり合って、またそれぞれの闘いに帰っていくのだと述べています。まさにそうですね。笑正が友達と仲良くなってしまったら、それはそれで良い終わり方ですが作品がやや陳腐になってしまったのかもしれません。いわゆる「普通」に生まれなかった人にとって人生は闘いであり、そうした生き様が無難に生きている人の心を揺さぶるように感じました。【不思議なご縁の一作】吾輩が本作を知ったのはクラウドファンディングでした。作者の寺田さんは漫画家として実績を積んで行こうとした矢先、難病に侵されてしまいました。日常生活すら困難であらゆるものを諦めざるをえなくなった中で「マンガを描きたい」という気持ちは消えなかったそうです。寺田さんのコメントです。吾輩はひねくれた人間なので人の情けに訴えるような話は一段低く見てしまうのですが、寺田さんのまさに命がけの想いには素直に共感しました。コメントを読むと寺田さんは幼少期から学生時代は色々と苦労をされたようですが、それゆえ学校のヘドが出るような雰囲気やクソみたいな現実生活がリアルに描かれていたように思います。読んでて胃が痛くなりました。本作はどれもいわゆる「売れ筋」とは違う作品であると思います。激しいバトルもなければぶっとんだ設定があるわけでもありません。ですがそれゆえに誰の身にも起こりそうな普遍性を感じさせました。作品の帯には里中満智子先生の「19世紀イギリス文学のような普遍的な味わい」とありましたが、まさにそのとおりでした。こうした流行りや売れ筋に迎合しない、静かな美しさのある作品がもっと増えてくれたらいいなと思いました。よかったらクリックお願いします。にほんブログ村