愛染まつり木の都
大阪の夏祭のファンファーレ、愛染まつりがスタート。上六近鉄前を発った12人の愛染娘を中心としたパレード、に浴衣姿の愛染娘たちを乗せた6基の宝恵駕籠(ほえかご)、四天王寺で僧侶の出迎えを受けて、夕陽丘にある聖徳太子によって施薬院として建立された愛染堂に到着。ここで夏越のお祓いも行なわれるのだ。 艶やかな芸妓連が籠に乗っていた(見たことないが)10年前と違い、今は若いギャル達だけに元気がよいが、趣きは欠ける。 とはいえ、彼女達の写真、プロフィールはこちら。 http://www.aizendo.com/musume.htm 余輩は四天王寺手前で待ちかまえて、随行する形になったが、シルバーのカメラ愛好者が大挙して追っかけていた。ええ加減にしろ、とは自分に返す言葉。 なお、四天王寺の五重の搭の6階上段まで初めて上ったが、90段あり、下りたら脚がガクガクした。 栴檀の繁れる王寺宝恵の駕籠(淀風庵) この舞台となる上町台地、高津神社、生国魂神社、四天王寺など由緒ある社寺が存在するが、上町七坂もあって、今日は愛染堂から北側の口縄坂の石段を初めて下る。 坂の上の碑には織田作が『木の都』で書いた一文が記されている。坂の脇にあった夕陽丘女学校にほのかに気になる生徒がいたようで、純な想いでよく上り下りしたのだ。愛染まつりにも行ったことであろうな。 のぼりまひょ 口縄坂を のぼりまひょ へびには見えへん まっすぐな 石段よぉよぉ のぼったら 織田作ハンが 待ったはる (島田陽子「のぼりまひょ くだりまひょ」より) 口とぢて蛇坂(くちなわざか)を下りけり(芭蕉) 見返りて口縄坂を下りけり(淀風庵) 捨て猫や口縄坂の濡れ青葉(淀風庵)